第4話 魔法学院のキャンパスは騒がしい

 魔法科以外だったら、うちはマシなんじゃないか。

 そう思えてきたのは、入学式から三日後、魔法薬学研究科が使う農園を掃除している時だった。

「そんなんで国家魔法師になれると思っているのか。あと二十周!」

 そんな怒鳴り声で箒に乗った教師に追われ、走らされる魔法科。体力馬鹿なのは動物科だけではなかったようだ。確認すると二年生のようだが、その顔はもう死に物狂いだ。すでに五十周はキャンパス内を走らされているのだろう。

 とはいえ、奴らはエリート集団。扱かれて当然だ。魔力は体力も使うから、基礎体力アップは当然のカリキュラムである。

「うおおおおっ、誰かそれを止めて~」

 と思っていると、疾走するペガサスを追う魔法動物研究科の一団が通り過ぎる。

「騒がしいよな」

 雑草を毟り、ぱくぱくと人の腕に噛みつこうとする花の攻撃を避けながら、俺はぼやく。

「まあ、あの二つは」

 特殊でしょうと胡桃が言おうとしたら、遠くで爆発音がする。音の方を見てみると、工学研究科が使う西側エリアからもくもくと黒煙が上がっていた。

「ああ。また工学の新入生がやらかしたな」

「もはや春の名物ですね」

 そんな爆発音に対し、横の農園、医学研究科の連中が呆れた声を上げている。

 いやいや、どんな春の名物!?

 しかも医学研究科がなんで農園?

 俺はツッコミ所がありすぎる状況に悩んでしまう。薬学研究科が農園を使っているのは魔法薬草の栽培のためだけど、奴らは何を栽培しているんだ。

「あれはアンデッドの栽培だ」

 ちなみに医学研究科の謎は佳希が教えてくれた。

 へえ、アンデッドの栽培・・・・・・アンデッドの栽培!?

「あ、アンデッドって栽培するもんなの?」

「ああ。一度死体を土葬する必要がある。そこに魔法薬物を投与することにより、理想的なアンデッドが出来上がるそうだ」

「へえ」

 じゃあ、この農園の横は墓地・・・・・・いやいや、その後復活するんだから、墓地じゃない。一時保管所だ。ん? それでいいのか。いや、よくないのか。解らなくなってくる。

「何だろう。何も知らずに純粋に魔法科を目指していた頃に戻りたい」

 俺は思わず遠い目をしてしまったが、その先に佳希の胸があって、いや、知ってもいいこともあるなと思い直す。汗で透けて見えているブラの色は淡い紫色。うん、趣味がいいな。

「死ね!」

 と思っていたら、佳希が人を絞め殺すこともあるというアオツヅラフジ(毒)を投げつけてくる。

「危ねえな。しかもそれ、収穫直前のやつだぞ」

「煩い。貴様の目は常にある一点にばかり向いているぞ」

「ぐっ」

 バレていたか。いや、解っているんだったら薄い色のTシャツを着るんじゃねえ。ブラが透けないように対策しやがれ。

「みなさ~ん。雑草はこっちの籠に入れてくださいね。肥料になりますから」

 そんな騒がしい新一年生を、監督していた遠藤はのほほんと見つめ、特に注意はしないのだった。




「はあ。農園の掃除の次って何だっけ」

 無事に農園実習という名の雑草取りを終え、俺は白衣に腕を通しながら旅人に訊く。魔法薬学研究科では四年までのカリキュラムがしっかり決まっており、時間割通りに動くことになる。それは中学と同じだ。自分たちで選択する科目はない。

「実験実技Ⅰだったな。多分」

「おっ、となると、須藤先生か」

「ああ」

 グラマーな須藤の授業に、自然とテンションが上がる俺たちだ。が、失敗した時の怖さもあるので、気を引き締める必要もある。

「この間、ビーカー割った時は怖かったな」

「ああ。しかもあれ、魔法の微妙なさじ加減で割れるからな」

 道具を壊した時の制裁を思い出し、二人揃って青ざめる。

 二日前、実験実技Ⅰの授業があり、その時に揃ってビーカーを割ったのだが

「集中力が足りない!」

 須藤はそう言うと、二人に宿題として魔法植物学入門という教科書、三十ページを丸写しして来いと命じたのだ。期限は翌日昼。マジで腱鞘炎になるかと思った。しかも植物の絵まで写さなきゃならないって、どれだけ大変か。

 ちなみに旅人は僅かに間に合わず、須藤特性激マズ薬草茶の刑に処された。その後、旅人が一日使い物にならなかったのは言うまでもない。

 マジで怖い。

 容赦ない扱きだ。

 でも、須藤の見た目は俺たちにとって、素晴らしい刺激だ。

「目の保養にはなるのになあ」

「なあ」

 実験を真剣な目でやっている須藤は、それこそ一日中眺めていたいほど素晴らしいというのに。世の中、ままならないものである。

 そんなことを思いながら実験室に向うと、すでに女子二人は着席していた。その二人も当然のように白衣を纏っているのだが、須藤とは何かが違うのだ。

「やはり大人の先生って要素が大事だよな」

 俺の言葉に

「だな」

 と同意する旅人だ。うん、こいつが同じ魔法薬学研究科でよかったぜ。俺たちも丸椅子に着席すると

「よし、座ってるな。余計なことはしていないな」

 須藤がタイミングよく入ってきた。と、今日はその後ろにもう一人、白衣姿の女子がいる。科の先輩だろうか。ポニーテールが似合う、どこか勝ち気な印象のある女子だった。

「今日は補助に二年の平岡雅ひらおかみやびが入る。この間のように試薬を魔法で反応させるだけではないからな。真剣にやれよ」

 すぐに須藤が紹介してくれ、先輩の名前は解った。しかし、二回目でもう次のステップか。

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