プロローグ~現代(いま)~

京香きょうか、そろそろ行くよ?」

「あ、うん。もうちょっとで支度終わる!」

 鏡の前で、上から下まで可笑しいところがないか、最終チェックする。

 ピアスが耳元で揺れる。今日は、とても気分が良い。

「京香、はやく」

「はぁい」

 電気よし、水回りよし、火の元よし。

 出掛ける前の三点チェックをする。

(あ、鍵忘れたっ)

 鞄の中にいつものキーケースがないことに気付き、部屋に戻ろうとすると、

「キーケース、持ったよ」

 彼が玄関の前で、鍵を持った手を振る。

 その揺れで鍵とキーホルダーのぶつかる音が響いた。

 彼は私よりしっかり者で、時々こうして助けてもらう。

「いつもありがとう」

「どういたしまして」

 彼はそう言って、靴を履こうとする私の足元にしゃがんだ。優しい手つきで、ヒールを履かせてくれる。まるで、本物の王子様のようだ。

「ふふふ」

 つい口元が緩んでしまう。

 今日は、至れり尽くせりの日だ。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。行こっか」

 玄関の扉を開け、先に外へ出る。太陽の光が眩しく、思わず目を閉じる。春の暖かい陽射しが自分達を祝福してくれているように感じた。彼が当たり前のように手を差し出す。

 その手には、先日一緒に作りに行ったお揃いの指輪が光っていた。いつも私を勇気づけ、時に甘やかしてくれ、守ってくれる大きな手。この手に何度、自分は救われただろうか。そして、これからもきっと何度だって、温かく優しく包み込んでくれるだろう。

 大好きな人と一緒にいれる幸せ。

 これ以上にないぐらい、私は今とても幸せだ。

「何だか、今日はご機嫌だな?」

「うん! だって、これからもずっと一緒にいれるんだなと思って」

「京香が嫌って言っても、絶対離したりしないから」

 そう言って、繋いでいる手が強く握られた。

 彼の迷いのない言葉に、また顔がにやけてしまう。

 本当に彼は、欲しい言葉をくれる。私の専属エスパーだ。

 普段は、お調子者でムードメーカー的存在の彼だが、友達や家族想いで仏のように心優しい人。

「裕に出会えて、本当によかった」

 思わず、心の声が口をついて出た。

「俺の方こそ。こんな俺を京香が受け入れてくれたから、今こうして笑っていられるんだ。ありがとう」

 顔を見上げると、大好きな笑顔がこちらに向けられていた。この笑顔を見れるなら、私はどんなことだって頑張れる。これから、色々なことが起きたとしても私たち二人なら乗り越えられるだろう。いや、乗り越えてみせる。



 マンションの駐車場に向かい、いつものように車に乗ろうとドアを開ける。すると、座席にはピンクのバラの大きな花束が置いてあった。

「えっ……?」

 思いがけない事態に、その場で立ち尽くす。彼が照れたように笑いながら、助手席に回ってきた。そして、花束を手にし、私に差し出す。

「お誕生日おめでとう、京香」

 彼の顔をちゃんと見たいのに、目から温かいものが溢れ出る。次から次へと止まらない。

「ピンクのバラ……。この花の、知ってるの?」

「もちろん。だから、用意したんだ」

「いつから、こんなお洒落なこと……」

 嬉しいのと幸せな気持ちでいっぱいになる。今まで付き合ってきて、このようなサプライズは二度目だ。こういうこともさらっとできてしまう彼は、やっぱりかっこいい。

「俺の想い、受け取ってくれる?」

「もちろん! ゆう、大好き!」

 花束とともに彼の首に抱きつく。彼は、笑いながらもしっかりと受け止めてくれ、力強く抱き締められる。


 今日は、四月十五日。

 私、桃井ももいもとい西野にしの京香きょうか、二十三歳の誕生日に彼からの最高のプレゼントをもらいました。




 ピンクのバラの花束―――『愛を誓います』

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