第199話 辛勝

 ガブリエルにとどめを刺したルシファーは、地上へと落ちていくルアのことをそっと抱き止めると、ゆっくりと地上へ降りていく。

 ガブリエルを倒し終える頃には、地上にいた天使達も東雲達によって殲滅が終了していた。


 ルシファーが地上へと降り立つと、彼女のもとへ東雲達が駆け寄ってくる。

 彼女達の中でも最も不安そうな顔をしていたのは、ルアの育ての親である由良だった。


「る、ルアやっ!!ルアは無事なのかの!?」


「体には何も問題はありません。レト様のドレスがルア様の体に負担がかかる前に意識を切り離したようなので……。」


 そしてルシファーは由良へとルアの体を預ける。


「由良さん、ルア様のことをお願いしてもよろしいですか?」


「う、うむ任せるのじゃ!!」


「あ……リリィも行く。」


 ルアのことを心配したリリィも由良の後ろについていき、城の中へと入っていく。


 ルシファーは二人を見送ると、集まった東雲達に声をかけた。


「今回はルア様が傲慢のほかに、憤怒の欲を解放したお陰でなんとかガブリエルを倒すことができました。……ですが、あのような無茶をこれから先何度も重ねていると、いずれルア様はお体を壊してしまいます。」


 沈黙する面々を前にルシファーは淡々と話す。


「残る七大天使は6体……次の刺客がいつ来るのか、何人で来るのかは私にもわかりません。なので、もし仮に残る天使が全員で来たとしても対応できるように、皆様にはより一層……頑張って欲しいのです。」


「そんなことはわかっている。」


 ポツリと東雲はそう呟くと、彼女はクルリとルシファーに背を向けてどこかへと歩きだした。


「あ、東雲はん……どちらに?」


「少し試したいことができた。今日は戻らん。」


 それだけ告げると東雲は魔法でどこかへと消えてしまった。


「ありゃりゃ、あの様子だと東雲ちゃん何か掴んだのかな?」


「東雲はん天使と戦ってる時から、なんか試しとったから……それかもしれんね。」


「…………。では、皆様……私は今回ガブリエルを討伐したことをレト様に伝えて参りますので失礼致します。」


 そしてルシファーもまたどこかへと一人消えていった。












 レトへと今回の成果を伝えに行くと姿を消したルシファーが向かった先は、レトのいる天界ではなく、ロレットの城の周りを囲んでいる森の中だった。

 木々が生い茂る森の中をルシファーは迷いなくある場所へと向かって歩いている。


 しばらく森の中を歩いていると、木々の隙間から光が射している場所が彼女の前に現れた。そしてルシファーはその光の中心にあるモノを見てニヤリと笑う。


 その光の方へと近付いていくと、中心に……真っ白な一輪の百合が咲いていた。ルシファーはおもむろにその百合を摘み取ると、顔に近づけそっと香りを嗅いだ。


「フフフ、やはりこの香り……私は好きになれそうにありませんね。あなたの前の持ち主は随分気に入っていたようですが。」


 ルシファーが今手にしているのは、元はガブリエルの神器だった審判の百合。ルアによって弾き飛ばされ、主を失った百合は落とされたこの場所で根を張ろうとしていたのだ。

 

「さぁ、主を失った神器……審判の百合。私のものになりなさい。」


 ルシファーがそう口にして百合を持つ手に力を込めると、バチバチと黒い稲妻が審判の百合の周りに走り始め、徐々に真っ白だった花弁が端から黒く染まり始める。

 そして花弁が完全に白から黒へと移り変わると、ルシファーはクスリと笑った。


「フフフ、私には白は似合いません。もう天使ではありませんからね。」


 黒く染まった百合をそっと鼻に近づけると、ルシファーは大きく息を吸う。そして恍惚とした表情で、大きく息を吐き出した。


「はぁ……香りも一段と私好みに仕上がりましたね。」


 黒く染まった百合の香りを楽しんだ彼女は、そっと百合から手を離す。すると、審判の百合は彼女の胸の前で少し形を変え、まるでブローチのようにルシファーの服に張り付いた。


「さて、審判の百合は無事手に入りました。残る神器は六つ……フフフ楽しみですね。」


 妖艶に彼女は笑うと、どこかへと消えてしまう。


 そして静まり返った森の中から、とある人物が姿を現した。


「……ルシファー、神器なんて集めて何を考えてるの?良い予感はしないわね。」


 先程までルシファーが立っていた場所に姿を現したのは、女神アルテミスだった。どうやらルシファーが審判の百合を手にいれていたところを見ていたらしい。


 そしてアルテミスはおもむろにクンクンと辺りの匂いを嗅ぐと、顔をしかめる。


「うっ……なにこの匂い。この匂いが好みって言ってたわよね……冗談でしょ!?」


 とてもではないが、どうやら辺りに漂っていた匂いはアルテミスの観点から見れば良いものでは無かったらしい。彼女は鼻を摘まみながらルシファーが消えていった方角をじっと眺めていた。

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