第22話 淫魔との邂逅

 それから数日の時が流れ、何気ない日常を過ごしていたルア達だったが……ある時、由良に頼まれたおつかいをこなすために出掛けたルアは町のある異変に気が付いた。


「あれ?なんか……すごい甘い匂いがする。」


 町を歩いていたときにふわりとルアの鼻腔を刺激したのは、まるで高級なお菓子のような甘い……甘い匂いだった。


 そしてそれは……ルアが歩みを進める度にどんどん濃いものになっていく。

 その匂いが濃くなるにつれて……だんだんルアの頭がぼ~っとして、思考がくらくらと曖昧になってくる。


「なんだろう……これ。すごい頭がくらくらする匂い。」


 これ以上先に進むといけない。……ということは本能的にわかっている。だが、由良に頼まれたおつかいをこなすためには、この先にある本屋へと行かねばならない。


 匂いを吸い込まないように、鼻をつまんで前に……前にと進むルア。周りには次第に人の姿が失くなっていく。

 その代わりに、甘く……濃い匂いがピンク色の霧となって辺りを漂っている。


 そしていよいよ、目的地である本屋へとたどり着くと……ルアはそこであることを確信した。


(この匂い……この本屋さんから出てる?)


 そう、この甘い匂いのもとは、目の前の本屋の扉の向こうから溢れだしてきているのだ。


 ルアはゆっくりと……その本屋の扉を開けた。


 その次の瞬間……


「~~~っ!?!?」


 閉じ込められていた濃厚な甘い匂いが一気にルアに向かって押し寄せる。

 驚きで一瞬鼻で息をしてしまったルアは、その匂いを直に嗅いでしまった。

 すると……全身が蕩けるような心地よさに襲われ、まるで……体が溶けているかのような感覚に襲われた。


「うぁ……。」


 ぺたんと床にへたりこんでしまったルア。そんな彼に奥の方からコツコツと足音を響かせて近づいてくる者がいた。


「あ、あらっ……大丈夫?あなた確か……由良さんのとこの娘さんよね?」


「こくっ……。」


 朦朧とする意識のなか、ルアはその声に頷いた。


「あちゃ~……しまった。私の発情期由良さんに教えるの忘れてたわ。これだけ私の甘い匂い嗅いじゃったら……もう意識くらくらでしょ?」


 その女性は軽々とルアのことを抱き抱えると、奥の部屋へと連れ込んで、ベッドの上に寝かせた。


「えっと~……魅力状態チャームを解除する薬は…………あった!!これだわ。」


 がさごそと、引き出しの中を漁っていた女性は、青色の液体が詰められたガラス瓶をルアのもとに持ってくる。


 そして、その蓋を開けるとルアの口へと流し込んだ。


「これを飲んで少し寝たら良くなるわ。」


 言われるがまま、液体を飲み干したルアはそのまま誘われるように眠りについてしまった。


 その様子を見て、本屋の女性はホッと胸を撫で下ろした。


「ほっ……これでひとまず安心ね。私も鎮静剤飲んどこっと。」


 再び引き出しの中を漁り始めた彼女。部屋のライトによって照らされた彼女の影には、ハートを逆さにしたような尻尾と、コウモリのような羽が映し出されていた。












「ん……んぅ……。」


 ルアがゆっくりと目を開けると……視線の先には見知らぬ天井が映っていた。


「あれ……ボク、なんで寝て……。」


 自分がなぜここにいるのか、思い出せずにいると……部屋の扉ががちゃりと開いた。


「あっ、目が覚めたのね。よかったわ~。」


 部屋に入ってきた女性は今までルアが目にしたことがない姿をした女性だった。

 悪魔のような角に、コウモリのような羽、そしてハートを逆さにしたような特徴的な尻尾がある。


「ごめんなさいね、私今日ちょうど発情期で……。由良さんに伝えるの忘れちゃってたのよ。」


 その女性はすたすたとルアのベッドの横に歩いてくると、置いてあった椅子に腰かけた。

 彼女が動く度に、ふわりと甘い匂いが辺りに漂ってくる。


「多分、さっき飲ませてあげた薬のお陰で魅力状態チャームは解けてると思うけど……体におかしなところとかない?」


「う、うん……大丈夫。」


「そう、ならよかった。それで……今日は由良さんにおつかいを頼まれたんでしょ?何の本が欲しいのかしら?」


「あ、えっと……これを見せればわかるって…………。」


 ルアはズボンのポケットから一枚の紙を取り出し、彼女に差し出した。

 その紙の内容に目を通した彼女は大きく頷く。


「あ~っ、なるほどね。ちょっと待っててもらってもいい?」


 彼女は部屋を出ると、またすぐに一冊の本を持って戻ってきた。


「はい、これ由良さんに渡してちょ~だい?」


「あ、あの……お金は?」


「お金はいいわ~。由良さんにはた~っくさん贔屓にしてもらってるからね。」


「……わかりました。」


「それと~…………。」


 本を受け取ったルアに、ずいっと顔を近づけ、彼女は言う。


「私みたいな淫魔サキュバスの発情期には迂闊に近づいちゃダメよ?あなたみたいに小さくて可愛い子だったら尚更。」


「あ、ご、ごめんなさい。」


「うんうん、わかったならいいわ。あ、そういえばあなたの名前は何て言うの?」


 ぽんぽん……とルアの頭を撫でながら、彼女は


「ルア……です。」


「ルアちゃんね、可愛い名前。私はリリルよ、何かほしい本があったらいつでも来てね?」


「あ、ありがとうございました。」


 お互いに軽く自己紹介を終えると、ルアはリリルに一言お礼を言って、本屋を後にしたのだった。


 そして、ルアがいなくなって静まり返った本屋では……。


「はぁ~っ……可愛い子だったわぁ~。鎮静剤飲んでなかったら襲っちゃってたかも。それに……なんでかしら?あの子からとっても美味しそうな匂いがしたのよね~。」


 リリルはうっとりとした表情でルアが出ていった方を見つめていた。

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