風の囁きを探して

秋本そら

2020/12/18

いない私にさよならを

 ひたすら、私は皿を拭く。

 陶器の茶碗。

 樹脂製のお椀。

 軽いプラスチックのプレート。

 ガラス細工のコップ。

 ――どれも全部、縁遠いや。


 水滴を一粒も残さずに。

 所定の位置に戻していく。

 生みの親のものも。

 育て親のものも。

 望んで生まれた双子の姉のも。

 ――私のものだけが存在しない。


 私はこの世に存在しない。

 生まれなかったことになっている。

 出生届は姉のものだけ。

 望まない子と蔑まれた。

 捨てられなかったことが不思議だ。

 ――ただ働きの召使いにしたかったからか。


 傷ひとつないスプーンを拭く。

 顔をうつせば逆さまの私。

 金属製のスプーン、使ってみたかったな。

 そんな叶わない願いも湧き出てしまう。

 引き出しにそっと、スプーンをしまう。

 ――さよなら、さよなら、逆さまの私。


 最後に残った綺麗な包丁。

 切れ味がいいと有名なもの。

 野菜も魚も、お肉でも。

 なんでも切れるなら、これも切れるね。

 笑みを浮かべて、眺めていた。

 ――さよなら、さよなら、憎たらしい家族。


 台所には、誰もいない。

 みんなリビングで笑ってる。

 存在しない娘のことなど、知らんぷりで。

 だから、本当に消えてあげる。

 銀の刃を喉に向け、最期に見たのは紅い噴水。

 ――さよなら、さよなら、さよなら、私。

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