第52話 飼い主

井口君たちと遊園地から帰った後、夕食とお風呂を済ませ、寝る直前にスマホの電源を入れると、健太君と愛子からメールが来ていた。


見るのが嫌になるほどの未読メール数にうんざりしていると、スマホが震え、結衣子ちゃんからの着信。


そのまま結衣子ちゃんと話していたんだけど、結衣子ちゃんは観覧車の中で鈴本君に告白されたようで、幸せそうに声を弾ませる。


「弘樹君、最初は何とも思ってなかったんだって。 けどね、井口君の話を聞いているうちに、いつも若菜ちゃんの隣にいる私のことが気になり始めて… 気が付いたら好きになってたって言われちゃった」


「なんで私?」


「あ~… あのね、井口君、若菜ちゃん見てると楽しくて仕方ないみたい。 見てて飽きないっていうか… マルちゃん見てるみたいなんだって」


結衣子ちゃんの言葉に視線を移すと、マルはベッドの上で仰向けになり、いびきをかいている。


『…これに似てる? もしかして、こんなに太って見えてる?』


へそ天したままいびきをかくマルを見て、複雑な気持ちになっていた。



翌日、学校に行き、駐輪場に自転車を止めると、背後から何かがぶつかり、自転車にもたれかかってしまったんだけど…


私の自転車を引き金に、停めてあった自転車が音を立てて倒れてしまい、ドミノ倒し状態に。


振り返ると、校舎のに向かう愛子の姿が視界に飛び込んだ。


『出た出た。 嫌がらせ』


ため息をつきながら自転車を元に戻していると、背後から中尾君の声が聞こえてきた。


「うわぁ… 朝からやらかした?」


「うん… ちょっとね」


中尾君は自転車を停めるなり、自転車を起こす作業を手伝ってくれたんだけど、その途中で井口君が登校し、無言で自転車を起こし始める。


すべての自転車を元に戻し終えると、井口君は『何もしてません』と言わんばかりに、黙ったまま校舎のほうへ向かってしまった。


中尾君にお礼を言い、二人で教室に向かっていたんだけど、井口君にはお礼を言えないまま。


休み時間にお礼を言おうと思ったんだけど、教室移動が多かったせいで、顔を合わせることがなく、そのまま昼休みを迎えていた。


昼休みになると同時に、青山さんと磯野さんの陰に隠れ、愛子から隠れるようにお弁当を食べる。


愛子は教室の外から中を探り、慌てたようにその場を後にしていた。



『井口君、お昼抜きか… お礼言えてないし、明日、お弁当作ってこようかな…』



そんな風に思いながら1日を終え、家の前に着くと、玄関の前でマルが満足そうに顔を洗っていた。


「…おやつもらったの?」


しゃがみ込み、マルに聞いてみたんだけど、マルはせっせと顔を洗うばかり。



『もらったんだね』



マルの行動でそう確信し、自分の部屋に入った後、井口君のブロックを解除したんだけど、メッセージを考えているだけで、胸の奥がギュッと締め付けられ、鼓動が早くなっていく。


大きく深呼吸しても、胸の鼓動は落ち着いてくれず、スマホをテーブルに置いていた。



『なんだろう… 井口君はラインしようとするだけでドキドキする… あんなに嫌いだったのに、なんなんだろう…』


大きくため息をつき、ベッドの上に寝転がると、マルがすぐ隣で寝る態勢に入る。



『誰が飼い主かわかんなくなってきそう…』



そんな風に思いながら、マルのことを撫で続けていた。




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