愛することは難しい。
かえるさん
プロローグ
悩んでいた。
大学に入学して二年目を迎えても、朧げにも定まらぬ進路。
自分の進むべき道、適性を見極められぬことへの焦燥。
将来への漠然とした不安……。
などでは、ない。
――――右か。
――――左か。
単純な選択だ。
しかしこの選択が今後の人生にも大きく影響するかもしれない。
彼女たちのどちらかが未来の妻、なんてことも有り得るんだ。
右。
例えるのなら『森にたたずむロリータ羊系女子』
栗色のフワフワボブ、丸っこいタレ目に控えめなピンクのリップ、
白いワンピースとフリルが付いたベージュのカーディガンが良く似合っている。
女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かでできている、
なんていう言葉をどこかで聞いたことがあるが、
それを体現しているような可憐な子だ。
全体的に小さく華奢な体型は、背徳感を味わえそうな期待を煽り
逆にそそられるものがある。
妹のような愛らしさが庇護欲を、小動物のような儚さが加虐心をかき立てる。
左。
題して『都会の夜を駆けるワイルド肉食系女子』
腰近くまであるストレートの黒髪、目尻ではねるようなアイラインに強調された
切れ長で涼やかな目、不機嫌そうな赤い唇。
Vネックニットと細めのスキニーパンツというシンプルな装いは、
自身の容姿への絶対的な自信の表れだろう。
深めのネックからチラチラと見える柔らかそうな谷間、折れそうなほど細い腰に
果実のように丸くプリっとしたヒップが眩しい。
経験値高めな感じがチャレンジ精神と被虐心を刺激する。
タイプは違えど、どちらの子も可愛い。
うーん……。
いやしかし……。
あー……、やっぱ黒髪いいよなぁー。
俺は襟を正し、意を決して左の女性に声を掛けた。
「こんにちわー、ねぇ、今時間あったりする?」
黒髪美女は気だるそうに俺に顔を向けると、
少し開いたセクシーな口をさらに開くとこう言った。
「うっざ」
辛辣な第一声に全身が固まる。
その隙に美女は、無駄な動きひとつせず颯爽と去っていった。
やりとりが聞こえたらしい右の子も、
くノ一よろしく音も立てずその場から走っていった。
声……、かけただけじゃん……?
ふとあたりを見渡すと、俺から球状の波動でも出たかのように
一定の範囲から女性だけが居なくなっていた。
さっきまで雑多な声とくつろぐ人で賑わっていたはずの大学のラウンジが、
一転して自爆テロリストにでも占拠されたような緊張感で静まり返っている。
え、俺……? 俺が何をしたって言うんだ……?
異様な光景にしばし呆然と立ち尽くしていると、
前触れもなく周囲はざわつきを取り戻した。
俺を避けたままで。
「ケンスケ!」
バカにしたような笑い声に混じって俺の名前が叫ばれた。
「アーッハッハッハ、そんなことあるぅ?」
「ヒーッヒッヒ……お前マジすげーな、涙出てくるわ……」
俺を指さし笑いながら、矢継ぎ早に話しかけてくる。
同じ大学の悪友、ツトムとリュウジの二人だ。
「なにこれドッキリ……?」
ちょっと泣きそうになりながら言った。
そんな俺の様子が更に面白かったのか、再び二人からワッと笑いが起こる。
「ククク……ドッキリじゃないんだよこれが……。あー、笑い死にさす気か……ククク……」
「ププ……お前もう大学ではいくら声掛けても無駄っぽいぞ」
「は……? どゆこと?」
「いや、サークルの後輩の女の子から聞いたんだけどさ。
こんな怪文書が出回ってるって……クッ……」
堪えきれず笑いを漏らしながら、
ツトムがスマホをサッと目の前に差し出してきた。
メッセージアプリのトーク画面だった。
================================
【M大 要注意人物】経済学部 フジタ ケンスケ
女と見れば誰であろうと声を掛けてくる早漏短小のくせにヤリチンなので注意!
友達が以前付き合って、ヤリ捨てられました!
これ以上の被害拡大防止のため拡散希望。
================================
俺の名前と酷い中傷の文章とともに、
目こそ隠れているが知っていれば俺と認識できるような写真もアップされていた。
「な、なんだよコレェ?!」
こんなものが拡散されているとでも言うのか。
俺は激しく動揺した。
「お前の大学でのナンパの……
な、涙ぐましい成果じゃあないか……、プッ……ププ……」
声を震わせてリュウジが言うと、
「ギャーッハッハッハッハ」二人はまた腹を抱えて爆笑した。
「笑いごとじゃねぇ! プライバシーの侵害だ! 名誉毀損だ! 捏造だ!
俺は早漏でも短小でもないし、やり捨てなんてしてねー!!」
大声で叫んだので、より冷ややかな周囲の視線を感じたが
それを気に掛ける心理状態ではなかった。
確かに俺は、中学生の時から今まで八人の女性とお付き合いをしてきた。
交際が一年も続けば長い方、という感じであるのも確かだ。
しかしそれは俺の不誠実の結果ではない。
俺がどれだけ彼女たちを愛しても、
全員が早々に終わりを持ちかけてきただけなのだ。
俺側になにか原因があるのかと、ファッションにも気を遣い、オンナ心の研究に、
女性が好きそうなコスメなんかの情報も掴むようにして、
可能な限り紳士に接してきた。
愛を育む行為に関しても素朴な流れからハードな行いまで、
その女性に合わせて、時には要望にも応えて頑張ってきた。
俺の一体何がダメだと言うんだ?
何故こんな仕打ちを受けることになるんだ?
あまりの事に頭を抱えていると、ツトムが肩に手を置いて言ってきた、
「ハー、ごめんごめん。色々と衝撃すぎて、つい笑いがだな……」
「やり捨てなんてしてねー……」しょんぼり言った。
「うんうん、ケンスケくんの恋愛事情はオレ達がよく知っている」
リュウジが更に続けた。
「発信元ももう大体分かってるんだ。リエだよ、リエ」
「リエェ?!」俺は調子の外れた声をあげた。
リエは一年近く前に別れた俺の元彼女だ。
大学入学当初に俺から声をかけ、見事思いが通じ合い順調に愛を育んでいた――
と思っていたのは俺だけだったようで、付き合って三ヶ月ほど経ったある日……、
しかも結構濃厚な夜を過ごした翌日に、メールで『別れてほしいの』ときた。
俺にとっては寝耳に水、なんてレベルじゃなかった。
寝てる間に一千メートル上空から
ナイアガラの滝に突っ込まれたようなもんだった。
「いや、なんでアイツが……?」
振られた腹いせならまだ理解が出来る。
振ってきたのはリエなのに、その上嫌がらせをされる理由が解らない。
「アイツさぁ、多分引き止めてほしかったんだよ」
ツトムが言う。
「うんうん、愛されてる自信が持てなかったって言ってたらしいぜ」
リュウジが続く。
「ど、どういうことだよ、それ……。俺、アイツのこと本気だったんだぜ……?」
シンと沈黙が訪れる。
その時、ポケットに入れていた俺のスマホが震えた。
「お、ユキだ」幼なじみのユキから着信だった。
「もしもし」
『あ、ケンスケ今いい?』
「ああ、平気。どした?」
『あのね、これから駅前に買い物に行きたいんだけど一緒に行ってくれない?』
「おう、いいぜ。お前まだ学校か? 今日車だし迎えに行く」
『いいの? ラッキー! じゃあ校門前で待ってるね』
「おー、じゃな」
電話を切ると、椅子に置いていた自分のカバンをむんずと掴む。
「ワリ、二人とも! 俺用事できたし帰るわ」
早くユキを迎えに行かないと。
「んじゃ、また明日!!」競歩のように歩きながら手を振る。
「明日なー」「バイバーイ」
ツトムもリュウジも手を振って応えてくれた。
「……アイツ、あれで自覚ねぇんだもんな……」
「難儀なやつだぜ……。
風評の拡散すらどうでもよくなるとか、幼なじみエグイな……」
「リエに馬鹿なことはやめろって言ってやるか……」
「ああ……、徒労ってこういうことを言うんだろうしな……」
リュウジとツトムの会話は、ユキの元へ急ぐ俺の耳には届かなかった。
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