戦場にジャンヌは旗を

フジシュウジ

第1話 盟約

 眼の前に拡がった爆光を、アスタリクは美しいと思った。

 その感覚に含まれるものは強烈な自己嫌悪だ。

 これはなにかの啓示なのか。この火の中に飛び込み、おまえも死ねと言っているのか。

 わずか数ミリセカンドの瞬前に命を散らした仲間。かつて彼が存在していた灼熱の空間へと、アスタリクは突き進んでいった。

 しかし彼の駆るUX―21《カロン》は音速でそれを追い越し、再び眼前には淡い緑の色彩を帯びた蒼穹が果てしなく拡がった。

『陛下、六時の方向です!』

 耳に入る無線の声に、アスタリクは本能的に反応する。ここは戦場だ。なぜ自分は生と死の間際に詩人であろうとしたのだろうか。すぐさま血管内をアドレナリンが駆けめぐり、割れるほどに握った操縦桿を腹に向かって引き倒す。

 起こったことを整理するのは簡単だ。

 敵機モスキートは手慣れた戦術で僚機を屠った。いつもながら恐れを知らぬ体当たり攻撃だ。そして自分の背後には、〝追い立て役〟の蚊トンボがまたひとつぴったりと張りつき、空のどこかで〝攻撃役〟が特攻体勢に入る機を窺っている。

 アスタリクはインメルマンを決めながら機種を下げ、重力に従って速度を稼いだ。レーダーに映る背後の敵機はじわりじわりと距離を拡げるが、それも地表が致命的な距離に近づくまでの数秒間しか持たない。

 アスタリクは左に旋回しながら敵機とのドッグファイトを試みる。だがその瞬間、右の視界に再び火柱が上がった。

「ロードス!」

 先ほど自分に危機を知らせてくれた航空士官(パイロット)の名前を叫びつつ、一瞬だけ気が逸れた彼の耳に、けたたましい接近警報のビープ音が響く。

 ――しまった!

 いつの間にかこちらを補足していた〝攻撃役〟の《モスキート》が、旋回による減速の隙をついて四時の方向から食いついた。敵の瞬間的な機動性はまさに昆虫だ。彼の乗る旧世代のジェット戦闘機の挙動では到底かわすことはできない。

 Gが嘔吐物混ざりの恐怖を鼻腔に焼き付けた刹那、レーダーから攻撃役の反応が消えた。

 爆音。

 機銃によって貫かれた、わずか五メートル四方の機体が爆散した。

 誰かが敵機を撃墜したのだ。と同時に、背後の〝追い立て役〟と自分の間に割り込むように、垂直に近い落下機動を決めた者がいる。

 ――なにが起こった!?

 〝追い立て役〟が自分から離れた。あまりに至近距離でのニアミスにより、敵機の方位センサーが混乱を来したのだろう。小さな旋回で姿勢を立て直すと、アスタリクの眼には見慣れぬ機体を無我夢中で追いかける《モスキート》の姿が映った。

『陛下、ご無事でしょうか?』

 驚くことにそれは女の声だった。ノイズだらけの航空無線だがそれはわかる。

 彼はその機体の正体を瞬時に悟った。だが同時にやるせなさが身体を包む。

「今日、だったのか?」

『突然の参陣をお赦しください』

 スラスターをふかし、上空へと向かいながらも《モスキート》の接近を許さぬパワー。カナード翼のついたブレンデッドウイングボディの気品ある機影が、雲ひとつない空に映える。

 と、すぐさまアスタリクの《カロン》を追い越し、もうふたつの同型機が、先行する一機を追いかけていく。

 ――三機小隊だと?

『おまえにやるよイーリー』

 無線の周波数は勝手に合わされていた。今度聞こえてきたのは男の声だ。

『撃ちなさい』

 最初に自分を助けた女性の命令によって、未確認機が〝追い立て役〟を破壊した。機銃による見事な射撃。曳光弾がまっすぐ敵機に吸い込まれていった。

「あれは!」

 アスタリクは声をあげた。先行した機体が厚い層雲を避けるように機首を返した瞬間、そこに潜んでいた〝攻撃役〟――おそらく最後の一機だろう――が、矢を射るようにその機体に襲いかかったのだ。

 アスタリクはそういう光景を何度も見ていた。そしてわずか一分も遡らない間に、ふたりもの戦友が爆炎の中に消えていったのだ。

 ――!?

 アスタリクは大きく眼を見開いた。いつもは視界のどこかに引っかかっている計器のすべてがブラックアウトしたように、その光景に瞠目した。

 旋回の最中、機体の尻を斜め下から食らおうとした《モスキート》に対して、その機はベクタードノズルを偏向させて華麗にかわした。それだけではない。まるで稲妻を描くような立体機動で〝攻撃役〟の背後に回り、機体の天地を逆にした背面飛びの状態でそれを撃ち壊したのだ。

『さすが隊長。データにない大気組成下で〝Zクランク〟を決めやがった』

 無線で男が感嘆の声を漏らす。

 気がつくと、アスタリクは右左翼を例の未確認機に挟まれていた。間もなく脚の下から例の先行機が静かに浮上し、彼の前方にぴたりとついた。四機はきれいなトライアングルを組んで基地方面へ向かっていく。

『空中にて失礼しますが、ココ=エンタール以下三名、雇用契約に基づき着陣いたします。つきましては、御国航空基地への着陸許可を――』

「あ、ああ」

 アスタリクの耳には、突然の乱入者に理性を失いわめき立てる配下たちの怒鳴り声が響いていた。管制側からしても、これでは大将の機体が未確認機に包囲されたようにしか見えないだろう。

 この状況を正しく理解できる者は、おそらくこの王国で自分ひとりだろう、とアスタリクは心中に呟く。

そして同時に、この惑星にもひとりなのだ。

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