第26話 最後の仕事
深夜1時。
俺は、とある事務所の近くの裏路地にいた。
男が出てきたのを確認すると、俺は双眼鏡で確認した。間違いない、奴だ。
最後の仕事も、害虫駆除だ。
次々と女性に結婚を持ち掛けては、新婚旅行で妻が死亡し、保険金が手に入る。……この繰り返しをする男であるが、残念ながら証拠がなく、立件できないというものだ。
最後の被害者となった女性の兄からの依頼で、ギルドの調査部が調べたところ、真っ黒の確証が見つかったとのことなので、死刑執行の命が来たという訳だ。
ちなみに、裏社会の人間が調べると、正規の捜査機関が調べるよりも、確証は得られやすい。
正規の捜査機関では、規則によって使えない手段でも使えるし、なにより、調べる側もその世界の人間だから、どういう風に相手が立ち回るかの予測もつけば、勘も働きやすい。
そして、この世界の人間なので、利害関係もないために、冷徹に結論を出すことも出来るし、手に入れた証拠の真偽も見抜くことが出来るのだ。
奴は車に乗って出発する。
赤のトヨタ86。予定通り作戦開始だ。
1分、時間をおいてこちらも追尾を開始する。
今回の駆除はそれと分かる方法での駆除は、依頼主の意向により行わない。
奴が狡猾に、病死や事故死、自殺を装っての殺害を実行しているため、当の奴にも、そんな終わりをプロデュースして欲しいとのことだった。
すでに準備は万端だ。
この準備のために、点検を装っての車の回収は行っており、俺の地獄へのプロデュースは、既にカウントダウンしている。
そして、奴は俺の張った網の中へと誘い込まれる。
すでにギルドによって、主要幹線道路へ向かう道、全てに偽の工事の迂回誘導が、奴の車にのみ行われており、奴は狙い通りに旧道へと進路を進めた。
山越えの峠道に入ったところで、メインイベント発動だ。
俺は、2速に落とすとアクセルを深く踏み込む。同時に、ブーストが正圧にかかり、ターボが急激に目を覚ます。
そして、ライトをハイビームに切り替えると、奴の車の直後にまで迫った。
この作戦は、奴を事故に見せかけて抹殺するものだ。
奴の車には、前もって車両のECU(制御コンピューター)に細工をしてある。
エンジンの回転数が4500rpmを超えると信号が送られ、後席脇の内装の裏に隠されている発火装置が作動、燃料に引火するという寸法だ。
俺は、引き金を引くだけだ。
奴を追い込んで、4500rpmを超える走りをさせる役目を担っている。旧道に追い込んだのは、目撃者が出ないよう、人気のない所にしたかったのと、峠道の方が、無謀運転による事故での車両火災、という結論に至りやすいからだ。
俺自身のシルビアでも、追い込めそうだと思ったが、ギルド所属の人間として、そんなリスクは犯さない、というのと、楽に事を進めるために、もっとパワーのある車を用意させた。
日産180SX後期型。
古いが、パワー的にもそこそこあって、コントロールもしやすい。
緒元は、レスポンス重視のタービンに交換で、ブーストアップをして、約280馬力といったところらしい。これなら、余裕で奴を追い込める。
あれ? 予想外の行動だ。奴がブレーキを踏んでる。
事前の調査だと、奴は負けず嫌いなので、後ろからプレッシャーをかけると、挑発に乗ってくるはずなんだが……。
どうも、ただの煽りと勘違いしたみたいだな。
ならばと、俺はアクセルを踏んで速度を合わせ、ほぼ同速で奴の車の後ろのバンパーを押してやる。
こうすると、互いの車には、ほぼダメージは残らないが、奴は押し出されているため、自由に運転することが出来ない。
そしてアクセルオフで少し間を開けてから、蛇行運転でパッシング。
これなら、乗って来ざるを得ない。
奴がハンズフリーでどこかに電話を掛けようとしているが、この一帯の電波は、既にこちらで乗っ取っているため、強制終了。
おいおい、警察を散々愚弄しておいて、今更110番なんてするなよ、みっともない。
よしよし、ようやく振り切ろうって気になった? じゃないとこっちも困るんだよねー、と思いながら、追走開始。
奴の車のデータロガーをWi-Fiで飛ばして、現在の状況を見るが、ようやく3000rpmを越えたあたりか……予想外にイマイチの走りだが、その方が追い込みのプレッシャーには弱そうだ。
低い山の頂上を越えて、ここからは下りだ。
最初のきつい右カーブで、想定通り、ブレーキの遅れから外へと膨らむ。そのがら空きのイン側に、180SXの鼻先を突っ込む。もう、奴のカウントダウンは一桁になってきた。
その先はちょっと長めの直線だ。
奴の下手さ加減なら、ここで勝負をかけるしかない。
インを取ったのも、そこが狙いだ。
横並びで、力一杯プレッシャーを与える。次のカーブも右なので、絶対に前に出ようと必死になる。奴の思考は、俺の中で丸裸なのだ。
2速に落としてアクセルを踏むが、敢えてハーフで開けて、ターボを効かせない。
上手くすれば、奴に、こちらはターボでなくNA(自然吸気)エンジンだと勘違いさせられるかもしれない。そうすれば、奴も必死になるに違いない。NAエンジンの設定もある後期型を選んだのには、そういう意味もあった。
直線をほぼ同じ速度で立ち上がる。
同時に“ピピッ”と、音が鳴る。先方が、4000rpmを超えた時に、こちらに分かるように、Wi-Fi設定と同時にデータロガーにしておいた警報だ。
俺は並びながら、ロガーの数字を見る。
4300、4400、4450……4750!
俺は数字を確認すると、一気にアクセルから足を離して、ブレーキと同時にギアを5→4→3と落としていく。
同時に眼前で、炎を上げながら坂を下っていく86の姿を確認した。
ブレーキ灯は点灯しているが、火災によって、配線がショートしたもので、ブレーキは踏んでいない。
それが証拠に、86は勢いを緩めずに坂を下り続けている。
眼前に右カーブが迫っているが、そのままの勢いで下っていき、ガードレールを突き破って崖下へと吸い込まれて行った。
俺は、ガードレール脇に180SXを止めると、降りてサーモカメラと、ナイトビジョンで奴の車を追った。
奴の車は100メートル以上下の崖下で、盛大に炎を吹いていた。
周囲に、サーモに反応するものは無いので、画像に収めた後、麓まで一気に下った。
麓の広場まで下ると、黒いヴォクシーの運転席から、舞韻が降りて来て、俺の方に向かってきた。
助手席の窓を開けると、舞韻は言った。
「フォックス……」
「どうだったんだ? 俺としては仕留めた手ごたえはあるんだが」
と言うと、舞韻はニコッとして無言で頷いた。
舞韻の背後の茂みから、ギルドの調査部隊の人間が3人、舞韻に向かって頷いた。
奴の絶命を確認した、ということだ。
舞韻は
「フォックス、引退です。本当に今までお疲れさまでした! 行きましょう」
と言うと、調査部隊の人間を連れて、ヴォクシーの運転席に乗り込み、先行して出発した。
俺は、その夜をもって、この稼業から引退した。
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