第24話 遠慮と携帯

 携帯ショップを出ると、舞韻は、自分の車に向かって歩きながら言った。


 「オーナーは、30分後に家に向かってください。私が先に家に行ってますから」

 「折角なんだから一緒に行けばいいじゃないか」


 俺が言うと、舞韻はやれやれ……と、いったジェスチャーをしながら、ため息をつき


 「オーナーは、本っ当に女心が分からない系ですねぇ。……私が選んだものと、オーナーが選んだものでは、燈梨の喜び方が全く違ってくる系なんです! 今日、私は、さっき起きたばかりで、ここにはいませんでした! ……いいですね!!」


 と、念を押すように、口に人差し指を当て“しぃー!”のジェスチャーをして言った。


 「ああ……分かった」

 「必ず30分以上後で、ですよ! 取り敢えず、それでも読みながら、そこで何か飲むなりして時間を潰してください!」


 と言われて、週刊誌を渡され、手を引っ張られて、近くのハンバーガーショップへ放り込まれ、舞韻は並ぶところを見届けると、去って行った。


 ……仕方なしに、ハンバーガーとポテトLとシェイクを頼んで、店の隅の方の1人席に陣取り、週刊誌を読みながら時間を潰すこととした。


 ポテトLとシェイクは、少しでも時間が稼げるように頼んだものだ。

 ハンバーガーを、ゆっくり1口かじりながら、さっきの舞韻の言葉を考えた。


 燈梨は、俺から携帯を貰った方が、舞韻から貰うより嬉しいものなのだろうか?

 ……むしろ、同性で年齢も俺よりはるかに近い、舞韻が選んだと分かった方が、変なものでないという安心感があるのではないだろうか……と、思うのだが、舞韻のその手の勘は、とても鋭いので、彼女の言ったとおりにしようとは思うのだ。


 とは言え、やはり、理解できない。

 ……舞韻に言わせると『本っ当に女心が分からない系』なんだろうが……。


 週刊誌に、適当に目を通しながら、買ったものを全て食べる頃には、50分ほどが過ぎていた。


 俺は、荷物を持つと駐車場に止まるマーチのドアノブのボタンを押してロックを解除し、エンジンを始動させて家へと向かった。

 この車は、小回りの利く便利さと、エンジンの吹け上がりの楽しさが味わえる面白い車だ。


 前のオーナーから、処分を依頼されて、引き取った数日後に、エンジンとATが同時に故障して、エンジンとMTを探してきて載せ替えた。

 俺には、前からイメージしていた仕様があったために、この車を手に入れる直前から、知り合いの解体屋に声を掛けていたのだ。


 入手したのは、追突で全損になった、マーチ12SRだ。

 K12型マーチ唯一の、スパルタンなグレードの心臓部とミッション、駆動系を移植したのだ。そして、ボディは特別仕様のボレロ。

 外観は深い小豆色で、グリルやバンパーがメッキの変わった造形のちょっとクラシック的なお洒落さが感じられるのに対し、走りがカミソリのように切れていてギャップも楽しめるのだ。


 前のオーナーに役立たずと、見捨てられていたこの車も、手間暇愛情をかければ、まだまだこんな面白い車になるんだな……と、思うと前のオーナーも勿体無いことをしたなぁ……と、可哀想に思ってしまう。


 家に帰ると、燈梨と舞韻が、店の中にいたので、俺も店の中に入った。


 「コンさん、おかえり」

 「オーナー、仕込みに来ました」


 と、迎える2人を見ると、舞韻からジェスチャーで『さっさと渡しちゃいなさい』と、せっつかれたので、舞韻が、俺の飲み物を用意している間に手提げ袋をカウンターの燈梨の前に出すと


 「これ、使いな」


 と言った。

 燈梨は、ぱちくりと、まばたきをすると、ぽかんとした表情で言った。


 「なに?」

 「まぁ、中の物を見てみなって」


 と言うと、燈梨は、中から箱を取り出して開ける。


 ……その様子を、白々しくも、興味深く眺める舞韻の姿があった。


 「あっ!!」

 「携帯だ」

 「へぇー! ……オーナー自身は随分前の機種なのに、出たての最新機種ですか」


 と舞韻が、また白々しく口を挟む。

 ……すると、燈梨が言った。


 「本当だ! コンさん。『使いな』って?」

 「燈梨がだよ。それ、買ってきたから使いな」

 「えっ!?」


 燈梨は、目を白黒させて、驚きの表情を浮かべた。


 「なんで?」

 「必要だからだ。一応、俺の裏の職業は知ってるだろう?」


 燈梨は、携帯を抱きしめながら頷いた。

 俺は続けて


 「この家のセキュリティは、万全だから大丈夫なんだが、万一という事もあるし、それになにより、連絡がつくという事が安心できるんだ」


 と言うと、燈梨はへらっと笑って、俺を妖艶な表情で見ながら


 「なるほど、大事な私のためだね。もしかすると、コンさんは私を愛しているとか?」

 「アホか!! これがあれば夕飯の時も時間が分かって安心だし、色々と調べごとも出来るしな! 俺のパソコン使っていいって言ってるが、どうせ使ってないだろ?」


 と言うと、燈梨は、俺を上目遣いで見ながら言った。


 「本当に……貰っちゃっていいの?」

 「ダメだったら、買って来ないよ。冗談でやるには、手間がかかりすぎだろ」


 と言うと、再び上目遣いで

 

 「コンさん」

 「ありがと。……大事にするね」

 「コンさん。……まずは連絡先、交換しよ」


 と、言われたところで、俺は固まった。

 

 俺は、自分のプライベートの携帯の番号をすっかり思い出せなくなっていたのだ。

 そして、スマホになって以降は自分の番号の呼び出し方を全く知らないのだ。


 ……それを見た舞韻が


 「オーナーは、デジタル機器は、初代アンドロイドでストップなの!」


 と言うと、燈梨は、それを察して、俺の携帯を受け取ると、ちゃかちゃかと連絡先を交換した。そして、メッセージアプリと、電話帳のそれぞれを開けて見せて


 「ほら、私の携帯、コンさんが一番乗りだよ!」


 と、ニコニコしながら、嬉しそうに言った。

 正直、これからいろいろと増えていくだろうに、と思って言った。


 「これから、どんどん増えていくだろ」

 「一番乗りだっていうところに意味があるの!!」


 と、ちょっと不機嫌そうに言った。

 舞韻の方を見ると、ジト目で口パクをしている。

 ……その口の動きから


 「本っ当に女心が分からない系」


 と、言っているのは、間違いないようだ。


 俺は、携帯をとても嬉しそうに操作する燈梨を見て


 「若い女の子の考えてる事なんてわからねぇなぁ」


 と、思いながら、携帯ケースを見つけて無邪気に喜ぶ姿を見て、燈梨の、こういう素直に笑い、喜ぶ姿をもっと見たいと心から湧き出てくるように思った。


 ……ふと、気付くと、そんな俺の表情を舞韻がニヤニヤしながら眺めていた。

 俺は、それを振り切るように紅茶を飲んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る