第129話 タコといえば

 悪の組織イヴィルダークのアジト。

 その一室に、タコの怪人タッコンとなった悪道は連れてこられていた。


「タッコン。そこで大人しくしていなさい」


 蛇男がタッコンに命令する。すると、タッコンの動きがピタリと止まる。

 星川明里を助けるべく、タッコンの本体である悪道は全身全霊を振り絞った。その結果、僅かに残っている悪道の自我は更に弱くなっており、最早命令に背くことはほぼ不可能になっていた。


「本来であれば、私の命令に背き、憎きラブリーエンジェルにとどめをささなかったお前は解体するところです。ですが、その力を認め、特別に生かしてあげましょう」


 蛇男はそう言いながら、部屋の隅から毒々しい色をした薬品を持ってくる。そして、それを注射器に詰めた。


「先ほどの戦闘の様子を見る限り、恐らくまだ宿主の意思が残っていたのでしょう。であれば、もう一度この薬品を注げば今度こそあなたは私の命令に忠実な殺戮兵器と化すはずです」


 そして、蛇男は再び悪道の肉体に注射をうつ。

 僅かに残っている悪道の自我を完全に消すために。


「キエエエエ!!」


 苦しそうにタッコンが悲鳴を上げる。

 その様子を蛇男は薄ら笑みを浮かべながら見ている。

 暫くして、タッコンが大人しくなる。

 その目は憎悪に溢れており、静かに蛇男を睨みつけている。


 私に反抗的なところは気に入らないが、いい目だ。

 蛇男はそう思った。

 憎しみは大きな力を生み出す。それを蛇男は経験上知っていた。


「タッコン。そこの戦闘員を始末しなさい」


「アイ!?」


 蛇男はタッコンが自分の支配下にあるのかを確かめるべく、タッコンに命令を下す。

 その命令に応えるようにタッコンの触手が戦闘員を素早く捕らえた。


「ア……!」


 そして、一瞬で戦闘員は力なく項垂れた。

 一切の迷いなく命令を実行する姿を見て、蛇男は満足そうに頷いた。


「素晴らしい。これなら、次は失敗もないでしょう。さて、では私はボスに此度の件を報告してきます。あなたはそこで大人しくしていなさい」


 蛇男はタッコンに命令を下し、部屋を後にした。

 部屋の中には、タッコンに怯える戦闘員たちと彼らを怪しげに光る目で見つめるタッコンが残されていた。




***



 目を覚ますと真っ暗な空間にいた。

 ここはどこ? 私は悪道。

 自分の名前の確認が済んだところで、冷静に自分の記憶を掘り返す。


 俺は凡人高校生悪道善喜。

 幼馴染で同級生の星川明里と水族館に遊びに行って……キーホルダーを買った。

 夕陽が綺麗な浜辺をバックに、星川に告白しようとしていた俺は……背後から忍び寄る蛇男に気が付かなかった。

 蛇男は俺に注射を打ち込み、気が付いたら……肉体がタコと融合していた!!


 簡単に俺の身に起きたことを振り返ってみたが、中々に訳が分からなかった。

 ところで、星川は無事だろうか。正直、星川の必殺技を受けた後辺りから記憶が無い。


 一先ず、ここがどこか判断するために周りを見渡す。

 何もない。ただ真っ暗な空間が広がっている。


 ボトッ。


 そう思っていると、上から何か降って来た。

 そこに視線を向ける。すると、その降って来たものに光が当てられた。

 そこには……タコがいた。


 は? 何でタコ?

 いや、待てよ。そういえば俺の身体はタコと融合したような姿になったんだっけ?


「こ、こんにちは」


 一先ずコミュニケーションを取ることに挑戦する。


『やあ』


 驚くべきことに目の前のタコは喋った。


「し、喋ったああああ!!」


『そんなに驚かなくてもいいじゃないか』


 思わず叫び声をあげる俺とは対照的に、タコは冷静だった。


「いや、驚くだろ」


『まあ、それもそうか。ところで、君に一つ聞きたいことがあるんだ』


「聞きたいこと?」


『ああ。君は、触手をどう思う?』


 タコは本当に突拍子のない質問を投げかけてきた。


「……正直に答えていいのか?」


『勿論さ』


「うねうねしてて気持ち悪――ぶへっ!!」


 突然視界が真っ暗になった。

 慌てて顔を腕で拭う。拭った腕には黒い液体がついていた。


『言葉には気を付けるといい。さもないと、僕のブラック・マグナムが再び火を噴くよ』


 目の前のタコは、そう言うと煙突のような器官からピュッとスミを軽く出した。


 どうやら、このタコが俺にスミを吐き出したらしい。

 てか、正直に言っていいって言ったじゃん。


『さて、もう一度問おう。君は、触手をどう思う?』


「うねうねしてて、ネバついてそうで気持ち……よさそうです!」


 気持ち悪いと言いかけたところで、タコがビッグ・マグナムの銃口を向けてきたため、慌てて言い直す。


『そうだろう? 触手とは素晴らしいものだ。だが、世間の触手に対する目は冷たい』


 俺の言葉に満足したのか、タコはビッグ・マグナムの銃口を下げて語りだした。


『やれ、触手はエロいだとか、気持ち悪いだとか、酷いものさ。おまけに、触手だけに飽き足らず、触手を愛する人々までそういう目で見られる。僕はね、そんな触手たちと、触手が愛する人々の恨み、憎しみから生まれたんだ』


 タコの目には強い意志が宿っていた。

 だが、タコの話を聞いて俺には一つ気になることがあった。


「何でタコなんだ?」


『…………』


 タコは黙っていた。


「触手だったら、別にイカでもいいだろ。クラゲでもいいだろうし。何でタコなんだよ」


 俺の言葉を聞くと、深いため息をついて、「やれやれ」と言いながら頭を振った。


『どうやら、君には触手への理解が足りないと見える。君は葛飾北斎を知っているかい?』


「まあ、学校でも習うしな」


『その葛飾北斎が描いた、触手を題材とした作品に出てくるのがこの僕、タコというわけさ。分かるかい? つまり、歴史上の偉人が触手の代表として僕を選んだんだ』


 なるほど。一先ずは納得した。

 それに葛飾北斎が描いた作品のことも聞いたことはある。確か、「蛸と海女」という作品だったはずだ。

 だが、そうとなるともう一つこのタコに聞きたいことがある。


「その葛飾北斎がお前をテーマに描いた作品って、春画だよな?」


 タコの表情が固まった気がした。

 ちなみに、春画とはエロい画の江戸時代での呼び方だ。その春画にタコが描かれた。

 それは、つまり葛飾北斎もこいつをそういうエロいものだという目で見ていたということじゃないのだろうか?


『ああ。だが、それがどうしたというんだい? エロい画に僕が出てくるから、僕までエロいと君は言うのかい?』


 俺は静かに頷く。


「うわっ!?」


 頷いた俺にタコがすぐさま、スミを吐きかける。見事、スミが顔面に命中し、再び俺の顔は真っ黒になった。


『君のような偏見を持った人間が、いじめや差別をするんだ。悔い改めたまえ』


「す、すいません……」


『とにかく、僕は触手界の代表たる存在として、この世界に触手の素晴らしさを広める使命がある。それが、僕を生み出した触手たちと触手を愛する者たちの願いだ』


「なるほど。まあ、頑張ってくれ。ところで、お前はここがどこか知ってるか?」


 タコは触手の先を丸めて、堂々と宣言する。

 そんなタコを傍目に気になっていたことを問いかける。


 正直、こんなタコと会話をしている場合ではないのだ。さっさとこんなところから出て星川に会いに行かなくてはならない。


『ここかい? ここは君の精神世界。いや、今は僕と君の精神世界だね』


「は? 何をバカなことを。そんなアニメみたいなこと起きるわけないだろ」


『タコである僕が喋っている時点で十分アニメのような世界だと思うけどね』


 なるほど。

 悔しいがこのタコの言う通りだ。タコにしては高い知能を有しているじゃないか。

 だが、精神世界と分かれば話は早い。さっさと意識を現実に戻せばいいのだ。

 意識よ現実に戻れ!

 そう念じるが、何も起こらない。


「……これって、どうやったらここから抜け出せるの?」


『君は抜け出せないよ。だって、僕が君をここに閉じ込めた張本人なんだからね』


「な、何だと!?」


 タコに思わず詰め寄る。ことと次第によっては、このタコを殴ってでもここから出してもらわなくてはならない。


「どういうつもりだ?」


『そう怒るなよ。さっきも言った通り、僕は触手の素晴らしさをこの世界に広めるという使命がある。そのために暫く君の身体を借りたい、それだけのことさ』


 タコは淡々とそう告げる。

 どうやら、こいつの中で目的は常に一貫しているらしい。


「お前の言いたいことは分かった。だが、何で俺なんだ?」


『そりゃ、僕を生み出した人というか、僕が具現化するきっかけを生み出した人が君を選んだからさ。君も覚えあるだろう。蛇の頭をした奴さ』


「あいつか……」


『そう。あいつ曰く、君にうった薬は『憎悪注入薬』らしいよ。人の憎しみや恨みをよく分からない技術で、薬にし、人に打ち込む。すると、こうやってその人の人格と肉体を憎しみや恨みの集合体である僕らが奪えるようになるんだって。科学の力は凄いね』


 それは科学というよりはオカルトの類のような気がする。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「じゃあ、お前をぶっ倒せば俺の肉体は俺のものに戻るってことか?」


 俺の言葉を聞くと、タコは薄ら笑みを浮かべる。


『まあ、そうなるね』


「なら、話は早い。お目をぶっ倒せばいいだけだからな」


 拳を握り、タコに近づく。

 タコの体長は見る限り精々1メートル程度。タコにしては大きいが、俺に比べれば大したことはない。


『まあ、落ち着きなよ。どうして僕がわざわざ君に会いに来たと思う?』


「触手の素晴らしさを語るためじゃないのか?」


『それもある。だが、本当の狙いはそこじゃない』


 タコはそう言うと、一本の触手をビシッと俺の方に向ける。


『悪道。僕と契約して触手少年になってよ』


 タコは少し高めの声でそう言うと、ニコリと微笑んだ。

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