第128話 大切なものは
戦闘スタイルは大別すれば二つに分けられる。
敵に近接して戦う近距離型。それと、敵の間合いの外から攻撃する遠距離型だ。
どちらにも当然メリットデメリットがあるため、一概にどちらがいいとは言えない。
ただ、個人的には遠距離型の方が遠慮なく攻撃しやすいと思っている。
まあ、誰だって目の前で苦しそうにうめき声をあげる人間には攻撃しにくいものだ。特に、俺たちのような命がけの戦いも知らない子供にとっては猶更そうだ。
さて、結局のところ何が言いたかったかというと、星川明里は近距離型の戦闘スタイル。
そして、彼女が戦っている相手は俺。この状況で、星川がまともに戦えるのか、ということだ。
「きゃあああ!!」
俺の触手を受けた星川が吹き飛ばされる。
この光景が既に三度繰り返されていた。
「シャッシャッ!! 素晴らしい! ここまで圧倒するとは思いませんでした! このタッコンが入れば、この私がこの世界の頂点に立つことですら夢ではない! シャーッシャッシャッ!」
高笑いする蛇男。
その声を聞きながら俺は歯ぎしりをする。
何も出来ない。
最初こそ多少の抵抗が出来たが、それさえももう殆ど出来ない。
ちくしょう……!
頼む! 星川、攻撃してくれ!!
心の中で願うが、星川は攻撃をしない。否、攻撃することを恐れているのだろう。
星川がタッコンの肉体を始めて殴り飛ばした時、タッコンは悲鳴を上げた。
「ああ。言い忘れていましたが、タッコンが受けたダメージは本体の人間にも反映されますよ。可哀そうに、あれだけ悲痛な叫びをするなんて。さぞかし痛くて苦しいでしょうねぇ」
蛇男のその一言が星川から攻撃するという選択肢を奪い取った。
もちろん、星川自身も俺を倒すことが俺を救う唯一の手立てというとこに察しはついているだろう。
そうだとしても、年頃の女の子が、しかも知り合いを痛めつける行為を出来るかといえば無理があるというものだ。
くそ! せめて俺が星川に痛めつけられて喜ぶ変態だったら良かったのに!
後悔するがもう遅い。
残念ながら俺は大好きな星川からの攻撃でも、ちゃんと痛いものを痛いと感じる一般人であった。
「はあ……はあ……ま、負けない……!」
吹き飛ばされた星川がフラフラになりながらも立ち上がる。
美しく輝いていた衣装は何度も砂浜に叩きつけられたせいか薄汚れており、その顔にも疲労が見て取れた。
このままでは紛れもなく先に星川が倒れる。
「……あっくんを傷つけたくない。だから、一撃で決める!!」
そう思っていると星川が覚悟を決めた表情で俺を見る。
それと共に星川が持つステッキによく分からない光が集まっていく。
こ、これは必殺技!
流石星川だ! 一撃で決めればダメージも一瞬!
任せろ! 必ず受け止めてみせる!
しかし、俺の心とは裏腹に触手は星川に襲いかかる。
バカ野郎! 必殺技は正々堂々受け止める! 変身中は攻撃しない! 相手が何か話しているときは黙って待つ!
悪に身を堕とそうとも、いや、悪に身を堕としたからこそそれだけは守らなくちゃダメだろうが!!
俺の一喝が効いたのか、それとも触手なりに思うところがあったのか、触手は大人しく動きを止めた。
それでよし!
「シャイニーヒーリングシャワー!!」
星川のステッキから大量の星と供に、黄色の光が放たれる。
そして、タコの怪人と化した俺の肉体を光の奔流が包み込む。
ふおおおおお!!
すげえええええ!!
***<side 星川>***
「はあ……はあ……やったの?」
その場に膝をつく。全身全霊で放った私の必殺技。
今まで、どんな敵だってこれで倒してきた。だから、今回もあっくんを倒して止めることが出来たはず……だった。
「キエエエエエエ!!」
「……うそ」
私の目の前には怒り狂い天に向け咆哮をあげる変わり果てたあっくんの姿があった。
ステッキが手から零れ落ちる。
戦わなくちゃいけない。
心でそう思ってるのに、身体が動かない。いや、本当はもう心も折れかけていた。
「シャーッシャッシャッ!! これぞ私の科学力! さあ、タッコン! 目の前の小娘を倒し、私に勝利を献上するのです!」
「キエエエエ!」
あっくんの触手が私目掛けて放たれる。
躱さなきゃ。
でも、躱しても意味あるの?
あっくんを助けなきゃ。
必殺技も通用しなかった私に、これ以上何が出来るの?
そのまま動くことが出来ず、呆然と私に迫る触手を見つめる。
あっくん、ごめんなさい……。
あっくんに心の中で謝り、目を瞑った。
だけど、いつまで経ってもあっくんの触手は私に当たらない。
恐る恐る目を開けると、そこには涙を流しながら震える
「……ホシ……カ……ワ……マモ……ル……」
あっくんは確かにそう言った。
「ええい! 何をしているのです! 早くとどめをさしなさい!」
蛇の怪人があっくんに命令を出す。その命令に応えるように触手が振り上げられる。
だが、振り上げられただけだった。
「……ニゲ……ロ……」
あっくんはそう言って、必死に抵抗していた。
私を守るために、タッコンになってしまった自分と戦っていた。
「明里ちゃん!!」
そうこうしていると、遠くからこっちにかのっちの声が聞こえた。声のした方に目を向けると、そこには変身したかのっちがラブリンと共にこっちに向かってくる姿があった。
「ちっ! 増援ですか! くっ……肝心なところで役に立たない奴ですねぇ。まあ、憎きラブリーエンジェルを一対一なら倒せるだけ優秀だということにしてあげましょう。さあ、タッコンここは戦略的撤退です!」
「キエエエエ!」
タッコンが雄たけびを上げて、背を向ける蛇の怪人とイヴィルダークの戦闘員たちと供に撤退する。
「……ぁ。ま、待って!」
必死にあっくんに手を伸ばす。
でも、あっくんはこちらを振り返らない。
「待って……待ってよ……! あっくん!! 行かないで!!」
必死に叫ぶ。
その叫びが届いたのか、あっくんは一度こちらを見る。夕陽に照らされたその表情は酷く悲しそうで、苦しそうだった。
「何をやっているのです! タッコン、お前はもう私の下僕なのですよ!」
蛇の怪人があっくんに鞭を振るう。鞭を食らったあっくんは、悲鳴を上げてから、蛇の怪人たちに連れ去られていった。
「あっくん! あっくん……いや、いやだよ!!」
必死に足を動かしてあっくんを追いかける。
だけど、その背は遠ざかるばかり。それでも、手を伸ばす。
あっくんがどこかへ行ってしまう。
私の隣からいなくなる。
それが途轍もなく苦しくて、辛いことだということを、私は今更になって理解した。
「あう……!」
足がもつれて、砂浜に転ぶ。
顔を上げた時には、イヴィルダークもあっくんの姿も無くなっていた。
赤く染まる夕陽が、砂浜を照らす。
まるで何も無かったかのように、静かな波の音が広がっていた。
「あ、明理ちゃん……」
漸く到着したかのっちが私に声をかける。
夕陽が沈んでいく。徐々に辺りが暗くなっていく。
右手を動かすときに、手に何かが触れた。
「これって……」
それは星型のキーホルダー。あっくんが私に渡してくれたキーホルダーだ。
人は馬鹿だから、失って初めて大切なものに気付く。
だから、身の回りの人やものを大切にしましょう。
誰かがそんなことを言っていた。
私はあっくんをバカだと言っていた。でも、本当の馬鹿は私だ。どうしようもないくらいの大馬鹿だ。
「あっくん……あっくん……っ!」
キーホルダーを胸に抱き寄せ、私が助けることが出来なかった人の名前を呼ぶ。
私を助けてくれた人の名前を呼ぶ。
私を好きだと言ってくれた人の名前を、呼ぶ。
『なんだよ、星川』
そう返してくれる人は、もういない。
今更になって、私はあっくんが大好きだということに気付いた。
***<side out>***
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