第115話 はい、絶交。


 翌日の朝、いつまで待っても星川は俺を迎えに来なかった。流石に遅刻するのは不味いと思い、一人で登校するとクラスがざわついていた。

 それもそうだろう。今まで、俺は毎日星川と二人で登校していた。それにも関わらず、既に星川は教室で友達と仲良く談笑しており、俺は星川よりも遅く登校したのだから。


「星川、おはよう」


「……つーん」


 友人と談笑している星川のもとにいき、挨拶をすると星川はそっぽを向き唇を尖らせる。


 無視された……。

 ほ、本気だ。星川は本気で俺と絶交する気でいる……っ!!


 涙をこらえて自分の席に座る。そして、そのまま机の上に突っ伏して涙を押し殺した。


 昼休みや授業の合間に星川に何度か声をかけようとしたが、星川はその度に俺から逃げていった。

 そして、放課後。終礼が終わると同時に教室から出て行く星川の前に立ちふさがる。


「待て! 星川、俺はお前をただ心配しているだけなんだ! 機嫌を取り戻してくれないか?」


「……つーん」


「星川、せめて会話くらいはしてくれよ」


「セクハラ変態あっくんと話すことはないもん!」


 怒ってますということを主張するかのように、頬を膨らませそっぽを向く星川。


 こ、こいつ……! いつまでも俺が下手に出ると思うなよ!


「いいだろう。星川がそういう態度を取るなら俺にだって考えがある」


「な、何するつもり?」


「簡単だ。こうするのさ!!」


 そう言って、俺は星川の目の前にある教室の扉に張り付いた。


「ははは! こうすればもう外には出れまい! さあ、星川! 俺と絶交するなんてバカなことやめろ! 寂しいだろうが!!」


「うぅ……ず、ずるいよあっくん! そんなことして、あっくんも外に出れないけどいいの!」


「ふっ。このまま星川とずっとここにいるって人生も悪くはないな。さあ、どうする星川!」


「ぐぬぬ……!」


 悔しそうに唇をかむ星川。

 この勝負、俺の勝ちだ! そう思った時だった。


「明里ちゃーん。こっちから帰ろ!」


「あ、かのっち! そうじゃん! 教室の扉ってもう一つあるじゃん! ふふっ。あっくん、甘かったね。それじゃ、またね!」


 そう言うと星川は俺が張り付いていた扉と反対側の扉で待つ愛乃さんのもとに駆け寄る。


 し、しまった! 扉が二つあることを完全に忘れていた!


「ま、待て! 星川ああああ!!」


 廊下に出て、星川の名を呼ぶが、そんな俺を無視して星川は愛乃さんとどこかへ行ってしまった。


 その後、星川の家に行ったが、星川は俺が来たと分かった瞬間自分の部屋にこもってしまった。

 光里さんは、俺と星川の様子を見て「青春ねぇ」と笑っていた。


 いや、笑い事じゃないんですけど……。



 星川に絶交を告げられて二日目。昨日の出来事は全て夢だったんじゃないかと思い、星川を待ったが、今日も星川は迎えに来なかった。星川の家に行って確認したが、かなり早い時間に星川は学校に行ったと光里さんに伝えられた。


 学校につき、真っ先に星川のもとに向かう。


「星川、おはよ――「かのっち、これ見てよ!」


 遂には言葉さえ遮られてしまった。


「ほ、星川、おは――「可愛いよね!」


「あ、明理ちゃん……悪道君、話しかけてるよ?」


 二度も星川に無視された俺を哀れに思ったのか、愛乃さんが星川に話しかける。


「あっくんなんて人、私知らないもん」


 あっくんって呼んでる時点で知ってるじゃないですか。


 というツッコミを言うことすらできず、俺は涙を流しながらフラフラと自分の席につき、そしてそのまま机に突っ伏した。


 さようなら。俺の楽しかった星川との日々。そして、こんにちは。星川のいない日々。

 いや、大丈夫だ。何も変わらないさ。

 ただ、毎日俺に笑顔を向けてくれる美少女幼馴染がいなくなっただけだ。


「う゛う゛う゛……星川ぁぁ……」


 机の上で涙を流していると、不意に肩を叩かれる。顔を上げると、そこには佐藤と他に数人の男子たちがいた。共通していることは全員やけにニヤついていることだろう。


「「「ドンマイ」」」


 バカにするような笑いを浮かべながらそいつらはそう言ってきた。


「まあ、幼馴染は負けヒロインっていうしな。あ、いや、お前の場合だと負けたのはお前か」


「天は二物を与えねえんだよ! 可愛い幼馴染がいる。そこでお前の幸せは終わりだったのさ」


「まあ、安心してよ。星川さんはこの僕が責任をもって幸せにするから」


「は? 調子のんな。星川さんを幸せにするのはこの俺に決まってんだろ」


「やれやれ、これだから愚か者たちは。あなたたちのような低能に星川さんは任せられません。この私が星川さんの隣には相応しいのですよ」


 俺の席の周りで誰が星川に相応しいか言い合いを始めるクラスの男子たち。


「は? 星川さんい相応しいのは足が速い男に決まってんだろ。つまり、陸上部の俺」


「足が速い奴がモテるのは小学校までだよ。星川さんは太陽の様に明るい陽の存在。つまり、僕のような陰の者が相応しいのさ。ラノベにもそう書いてあった」


「いえ、陰の者が強い光を浴びると、その光に目をやられてしまい再び陰の世界に引きこもるというデータがあります。やはり、ここは頭の良い私が」


「いや、足が速い俺が」


「いや、陰の者の僕が」


「いえ、データマンの私が」


 驚くべきは、この中に星川に告白したものは俺を含めて誰もいないことである。

 告白する勇気を持たない醜い存在たちの争い。そんな争いは早々に終わらせた方がいい。


「……いい加減にしろ」


 俺の言葉を聞いて、男子たちが動きを止める。


 星川に絶交を言い渡された悲しみ、実際に無視されたことで味わった深い絶望、そして、煽りまくって来る男子たちへの苛立ち。

 それらが爆発した。


「星川に相応しい男は星川が決めることだ。だが、一つだけ言わせてもらうなら星川の隣に立つに値する存在は、星川の笑顔を守り、星川が幸せになれるように努力し続ける男! すなわち、俺だああああ!!」


 その場で立ち上がり、周りにいる男どもに声高々と宣言する。


 そして、少しして教室内がやけに静かなことに気付く。恐る恐る辺りを見回すと、教室内にいる全ての人の視線が俺に突き刺さっていた。


 ……え? これ、まさか全員に聞かれていた?

 もしかして……星川も? 


 星川の方に視線を向けると、ポカンとした表情を浮かべる星川と目が合う。目が合ったことに気付いて星川は、俺と絶交していることを思いだしたのか、プイッと顔を逸らして、頬を膨らませた。


 やっちまったああああああ!!!

 何でクラスメイトがいっぱいいる中で実質告白みたいなことしてんの!?

 しかもよりにもよって絶交してて、星川の俺への好感度が下がってるときに!


「悪道。お前、すげえよ。絶交された相手にそこまで言えるなんて……」


 優しい声色で佐藤はそう言うと、ポンと俺の肩を叩く。


「……ふっ。笑えよ。哀れな道化だってな」


「笑わねえよ。俺はお前を尊敬する。だから、もう無理すんな。先生には俺から伝えておく。屋上にでも行って、心を落ち着かせて来い」


「……ありがとう」


 佐藤に見送られながら微妙な空気となってしまった教室を後にする。


 光里さん……。

 確かに、伝える時に思いを伝えることは大事です。でも、時と場所、場合は考えるべきだった……!!

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