第107話 旅行編 初日①
飛行機に乗り、俺とイリス様が向かった先は北海道。
美食と観光地に溢れた土地である。ぶっちゃけ、イリス様と百万ドルの夜景を見たかったという理由だけで北海道を選んだ。
後、ペンギン可愛いしね。
そして、飛行機に乗っておよそ一時間半。
俺とイリス様は北海道の函館市に到着した。
「着いたわね」
空港の窓の外を見て、イリス様が呟く。
イリス様の誕生日は九月。東京ではまだまだ暑いが、北海道では完全に秋。夜は冷え込む時期に入っている。
「それじゃ、行きますか」
上着を羽織って、イリス様の手を握る。
そして、二人でレンタカーを借りに行った。
旅行の時に問題になるのが、何と言っても移動手段である。
特に、北海道のような広い土地を満喫しようと思うと、移動手段にはかなり迷うことになる。
だからこそ、俺はレンタカーを選択した。
これで、時間を気にせずに楽しめるし、何よりイリス様とのドライブも楽しめるのだ!
「それじゃ、行きますかー」
「ええ。安全運転でお願いね」
「当たり前ですよ。イリス様を間違っても事故に遭わせるわけにはいきませんからね!」
この日のために半年前から、社用車でドライブテクニックを磨いてきた。何でも、女の子は好きな人とのドライブデートに憧れるらしい。
そして、運転が上手い人を見ると惚れ直す……という噂を聞いた。
この旅行中、イリス様と俺は、移動中、常時ドライブデートしているようなものである。そして、俺の運転が上手ければ、その都度イリス様は俺に惚れ直すことになる。
つまり、イリス様の中で俺に対する愛情がより一層強くなる → 好き! 抱いて! となるわけだ。
我ながら完璧な作戦過ぎて、ついつい笑いがこみ上げるぜ。
ふはははは!!
「……また可笑しなこと考えてるんでしょうけど、一人で運転中にニヤつくのは気持ち悪いわよ」
そう思っていたのに、イリス様からジト目を向けられた。
おかしい。別に、運転ミスをしていないのに何故そんな目で見られてしまうのだろうか?
そんなこんなで運転を続け、最初の目的地に到着した。
「着いたの?」
「はい」
車を近くの駐車場に止めるべく、ギアをバックに入れる。
ここだ!!
「下がるぜ」
きめ顔でイリス様にそう言ってから、助手席の後ろに腕を回す。
駐車時に、助手席の後ろに回す二の腕。それにより、イリス様が俺のことを男として意識しだして、恋が加速するという完璧な作戦である。
サイドミラーを頼りに、ゆっくりと下がる。
今、車のハンドルには俺の片手しか触れていない。もしも、ここで手を滑らせたりしたら、車はデタラメな方向に進み、事故を起こしてしまうだろう。
事故が起きればイリス様は悲しみ、楽しい旅行が一変、最悪な思い出になってしまう。
しかし!! それでも、それでも俺は……!
ゆっくりと、じっくりと下がる。
周りへの注意を怠らない。視野を広く、かつ集中力を研ぎ澄ませる。
「よ、善喜? 少し、遅すぎないかしら?」
イリス様が不安げな表情で俺を見る。
その時、俺は思いだした。俺が片手でハンドルを握っているとき、俺に語り掛けてきた自動車教習所のおっさんの言葉を。
『最近の人は、片手でハンドルを握りがちだ。自転車も片手運転、車も片手、片手にスマホを持って。もう片方で何かをする。何をするにしても片手。なあ、それでいいのか?
赤ん坊を片手で抱きしめるか? 大好きな人を片手で受け止めるか? 違うだろ? 両手、いや全身で抱きしめて受け止める。全身全霊って言葉が古来からある様にな、一番大事なもんは己が持つ全てを賭けてやんなきゃいけないのさ。
坊主。車ってのは、自分の命だけじゃない。同乗者の命も乗っけてる。その人はお前の友達かもしれない、関係ない他人かもしれない、愛する人かもしれない。そんな人たちの命を、お前は片手で背負いきれるのか?
俺には無理だね。
坊主、覚えとけ。本当にかっこいい奴ってのはな、大切なもんを守り切れる奴だ。見た目がダサくても、やってることが平凡でも、大事なもんを守るために全力を――あ、次の信号左ね』
そうだ。
イリス様の命は、俺の片手ごときで背負いきれるようなもんじゃない。
「イリス様、俺は目が覚めました」
「え? どういうことかしら?」
助手席の後ろに回していた手をハンドルに添え、両手でハンドルを握る。
ハンドルに抜群の安定感が宿る。それは即ち、この車の安定感に直結していた。
そして、ゆっくりと車を駐車した。
さっきとは違い、驚くほどスムーズに駐車できた。
「ふう……」
エンジンを切り、安堵のため息をつく。
「運転ありがとう」
そんな俺にイリス様が微笑みかける。
その瞬間、漸く俺は理解できた。
この笑顔を守るために、俺は全身全霊で車を運転しなければならないのだと。
教習所を卒業して、二年が経つ。
久しぶりに、あのおっさんに会いに行こうかな。
やっと、あなたの言うことが頭じゃなく心で理解できた、そう伝えるために。
「善喜? 早く、降りましょうよ」
「あ、はい!」
イリス様に返事を返し、車から出る。
そして、イリス様と二人並んで歩き始めた。
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