第106話 旅行へ行こう! 計画編

 働きだすと、月日の流れを異様に早く感じるが、俺もその例外なくあっという間に二十歳になった。


「部長、すいません。この日、有給使います」


「ん? 了解。どっか行くのか?」


「今度の土曜がイリス様の誕生日なんですよ。だから、土日月で旅行行ってきます」


「おお! みんあああああ!! 悪道がイリス様と旅行に行くぞおおお!!」


「ちょっ!!」


 俺の現上司にして、かつてイヴィルダークでともに働いていた一人が声を上げると、周りでデスクワークをしていた人が手を止めパチパチと拍手しだす。


「おめでとう。これ、持って行ってくれ」


 そう言って、デスクワークをしていた先輩の一人が俺に渡してきたのは男女が繋がるときに使うゴムだった。


「いやいや、もう同棲して二年目なんだぞ。流石にもうやってるだろ。なあ?」


 そう言って部長が笑いながら、俺を見る。

 その表情は、既に俺とイリス様がそういうことをしていると思い込んでいる顔だ。


「いや、まだです……」


「はあ!? 本当にお前ち〇こついてんのかよ!!」


 部長が出した声に合わせ、何だ何だと野次馬たちが俺の周りに集まって来る。

 囲まれてしまっては逃げ場がない。

 急遽、一時間ほど俺とイリス様について大討論会が開催されることとなった。


「それで、今はどこまで進んでんだよ」


「……キスはしてます。寝るときも同じベッドで寝てます」


「はっはっは! それでやってない? バカ言え! 男と女が同じベッドで寝たら、大抵そういうことだって、マンガに書いてあったぞ!」


 先輩の一人が俺の背中をバシバシと叩いて笑う。

 だが、現に俺はやっていないのだ。


「……え。まじで?」


 先輩の言葉にコクリと頷く。


「……やりたくないの?」


「やりたいに決まってるでしょ!!」


 先輩の言葉に即答する。


「……ただ、一度だけそういう雰囲気になった時に、私たちじゃ子供が出来てもまだ育てられないからって断られました。だから、我慢するしか……」


 その場が静まり返る。

 

 俺も、その時は何も言えなかった。

 イリス様が割と真剣な表情でそう言っていたから頷くことしか出来なかった。

 だが、俺だって男。好きな女の子が隣で寝ているという状況が毎日のように続いて、日々募っていく欲をいつまで抑えきることが出来るか分からない。

 しかし、それでも我慢するしかない。そうすることがイリス様にとってもいいことのはずだから。


「バカ野郎!!」


 しかし、そんな俺を部長が殴る。


「若いうちだからイチャイチャしてられるんだよ! 子供が出来たら、子供の世話もあるし、子供の目もあるから、大っぴらにイチャイチャ出来ない! それに、愛情は子供とイリス様の二人に注ぐことになる。今なんだよ! 悪道!! お前とイリス様が二人だけで愛し合うことが出来るのは……今なんだ!! 言えよ! お前の本音を!!」


 部長の言葉にハッとする。

 そうだ。俺は、イリス様の意思を尊重することを優先して、イリス様に自分の思いを伝えることが出来ていなかった。

 片方だけの意思を通すのは、共に生きることではない。それは、ただ片方に寄りかかってるだけの依存だ。

 両者の意思を確かめ合って、互いが納得できる道を模索することが一番大事。それが、共に愛し、生きていくということ!


「俺は……! 俺は……イリス様とやりたい!!」


 目が覚めた。

 俺はイリス様を大事に思うが余り、逆にイリス様に一番失礼なことをしてしまっていた。

 イリス様なら、きっと俺の思いを受け止めてくれる!


「よく言った! これを持っていけ!」


 そう言うと、部長が俺に小瓶を投げつける。


「こ、これは……!?」


「マムシ、スッポン、ウナギ、ニンニク、イミダゾールペプチド、タウリン、ビタミンB1……その他諸々、滋養強壮に効くありとあらゆる栄養分が詰まったドリンクだ。これを飲むと男としての魅力が高まり、どんな夜も乗り越えていけると言われている! 俺も、時々服用して、妻との楽しい日々に活かしている。男になれ! 悪道!!」


「はいっ!! こうしちゃいられない! すいません! 俺、旅行の予定決めてきます! 一生忘れられない最高の旅行にしたいんで!」


「おう! 行ってこい!」


「ありがとうございます!!」


 部長とその場にいる先輩方に頭を下げて、会社を飛び出す。

 イリス様の最高の誕生日へ向けて、俺の計画が動き出した。



***



「部長、あんなドリンク持ってたんですね」

「あん? いや、あれただの水」

「え?」

「あれだよ、あれ。ブラシ―ボってやつ。あいつがここ一番でビビりそうになった時、あれがあれば多少は勇気が出るだろうよ。あいつには、そういうの聞きそうだしな」

「バカですもんね」

「そーゆーこと。まあ、俺もあいつには幸せになって欲しいからな」

「ですね」



***



<side イリス>


「はあ!? まだやってない!?」


「ちょっ。花音、静かにして……」


 とある喫茶店。そこで、私は花音と二人で話をしていた。

 元々の話は互いの近況報告だったのだが、急に花音が、


『そう言えば、イリスちゃんって悪道君とどこまで言ったの? あ、でも二年も同棲してるし、もういくとこまでいってるかぁ』


 と言ったところから、私がキスはしてるけどそこまでと言ったら、花音が突然大声を上げた。


「あ、ごめん。……ちなみに、本当に?」


 花音の言葉に私は頷く。

 すると、花音は額を抑えてため息をついた。


 失礼な。

 私だって、善喜とそういうことをやりたくないわけじゃない。でも、そういうことはやっぱり、子供を養えるだけの環境が整ってからじゃないとダメだと思う。

 それに、将来的に結婚するとはいえ、善喜と私はまだ付き合っている段階。そういうのは、結婚してからやるもの……そう花音に話したら、花音は「ふうん」と呟く。


「別に、イリスちゃんの考えがダメだとは思わないけどさ、男の子ってそんなに我慢できないよ。そのうち、ストレスが溜まっちゃって浮気とかするかもね」


 花音が何やら言っているけど、善喜が浮気をするわけがない。

 だって、私と彼は何処からどう見たってラブラブのお似合いカップルなのだから。

 それに、善喜は毎晩私に愛の言葉を囁いてくれる。

 これはつまり、彼が私を愛している証拠に他ならない。


「うーん。これは厄介だなぁ。仕方ない。あの手でいこっか」


「え? 何か言ったかしら?」


「ううん。何でもないよ。ねえ、イリスちゃん。ちょっと、私の家いこっか」


 花音は不気味な笑みを浮かべながらそう言った。



***



 花音の家に着くと、花音は私をベッドの上に座らせた。


「ねえ、イリスちゃん。悪道君とキスする時、どんな気持ち?」


「え……。そ、それは、温かくて、幸せな気持ちになるわ」


「それよりもっと幸せになれる方法があるって、知ってる?」


 そう言うと花音は私の腕を抑え、ベッドに押し倒す。

 花音は同年代の女の子に比べると、非力な方だ。しかし、私は花音の拘束を全く振りほどくことが出来なかった。


「ちょ、ちょっと! 花音、どういうつもり!?」


「ふふふ。イリスちゃんが悪いんだよ。イリスちゃんが大人しく悪道君とイチャイチャしてたら、私がラブリンにこんなことお願いされたりしなかったんだから」


「な、何を言っているの……?」


「うんうん。理解できなくて大丈夫。ただ、イリスちゃんに教えてあげるだけ。新しい世界をね」


「か、花音……? かの――っっっ!!」



 それからのことはよく覚えていない。

 ただ、花音に優しく身体をまさぐられ、今まで感じたこともない快感を感じてしまったこと。

 気付けば、夜になっていたことだけ覚えている。


「はあ……はあ……。イリスちゃん、どうだった?」


「……す、凄かったわ」


「言っておくけど、今回私がしたことなんて序の口。もし悪道君とこういうことするなら、もっと凄いことになるよ?」


「こ、これ以上……」


 ゴクリと生唾を飲みこむ。

 花音にやられた以上のことを、善喜と……。

 想像しただけで、顔が熱くなる。ほんの少し怖さもある。でも、それ以上に好奇心が大きくなっていた。


「それに、こういうことすると悪道君は絶対に喜んでくれるよ」


「よ、善喜が……喜んでくれる?」


「うん」


「で、でも……子供が……」


「その対策だって、今の世の中にはたくさんあるから大丈夫だよ。イリスちゃんの気持ちは分かるけどさ。折角、悪道君と付き合ってて、二人きりでいられる時間があるんだよ? たまにはさ、そういう難しいこと考えずに二人で楽しんだら? 悪道君はきっとそうしてくれたら嬉しいと思うしね」


「……そ、そうね。少し、私の考え方は堅かったかもしれないわ。少し、善喜と話してみる」


 悩んだが、正直、もう私の心は、身体は我慢できなくなっていた。

 もしかすると、善喜は私より先にこういう気持ちになっていたのかもしれない。だとしたら、彼にはとんでもない我慢を強いていたことになる。


「うんうん! それならよかった!」


 私の返事を聞き、花音が満面の笑みを浮かべる。


 この後、家に帰ったらやけにテンションの高い善喜に旅行に行くことを伝えられた。

 旅行の日にちは、私の二十歳の誕生日。

 本当は直ぐに、私の今の気持ちを伝えるつもりだった。でも、善喜に旅行の時に大事な話があると言われたので、私もどうせならその時にこの気持ちを伝えようと思った。



***



「花音。上手くいったラブ?」

「ん~。どうだろう? でも、あの様子なら時間の問題だと思うよ」

「それなら良かったラブ。全く、さっさとあの二人にはイチャイチャチュッチュしてもらって、愛の国のために愛をバンバン溢れ出して欲しかったラブよ」

「だからって、多少強引だったんじゃないかなぁ?」

「甘い! 昨今はNTRが流行っている世界ラブ! あの二人のどっちかが、何者かの毒牙にかかってからでは遅いラブよ! 互いが愛し合っている内に、少しでも早くイチャイチャするべきラブ!」

「……それ、何で見たの?」

「ラブリンが愛読しているウェブサイトラブ」

「……そう」



***

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