第101話 悪道善喜の就職活動
イヴィルダークという悪の組織は滅び、平穏な日常が戻って来た。
かつて、ラブリーエンジェルとして戦っていた愛乃さん、イリス様のニ人は高校生として受験勉強に取り組んでいる。
また、星川はアイドル事務所に所属したらしい。
デビュー時期に着いては不明だが、それでも高校卒業後は本格的にアイドル業一本でやっていくつもりらしい。
まあ、星川ならきっと大丈夫だろう。
そして、俺だ。
俺、悪道善喜は記憶喪失だった。記憶についてはなんやかんやあって元に戻ったとだけ言っておく。
ちなみに、裏でラブリンやルシリン、あのタマモでさえもが協力してくれたらしい。
さて、そんな俺だが……。
「なるほど……中卒。高校を中退ですか……。何故高校を中退したのですか?」
「愛のためです」
「はあ?」
絶賛、就職活動中である。
***
「ちくしょう。正直に話したのに、何で誰も信じてくれないんだよ……」
河川敷でパンを食べながら頭を抱える。
面接では嘘を付かないことが大事だとネットに書いてあったから、ちゃんと正直に高校を中退している理由を話しているのに誰も信用してくれない。
かつては世界を救うために戦った一人の男も、平和な世界では不要。そういうことだろう。
貯金はある。
イヴィルダークでは、給料が支払われていたため俺も働いた分の給料が振り込まれており、貯金額は三百万に届きそうなほどだ。
正直に言うと、大学への進学も考えた。
私立にお金を支払えば今からでも高校には通えるだろうし、何なら独学で勉強をしてもいい。
しかし、だ。
俺にはお金がいるのだ。
その理由は一つ。高校卒業後のイリス様との一つ屋根の下暮らしのためだ。
現在、イリス様は愛乃さんの家で居候させてもらっているらしい。
大学進学と供に、バイトをして学費と生活費を稼ぐつもりだと言っていた。
はっきり言おう。無茶である。
だからこそ、俺は考えた。
そうだ。俺がイリス様を養えばいいんだと。
そういうわけで、俺は就職先を必死に探しているのである。
だが、俺の最終学歴は中卒。更に、俺はイリス様とのイチャイチャ生活を送るために定時上がりが可能な会社を探している。
しかし、見つからない。見つかったとしても、面接で全て落とされる。
どうやら、就職活動というのは俺が考えていた以上に恐ろしいもののようだ。正直、ガルドスを倒す方が簡単である。
……と思ったけど、俺、ガルドス倒してないわ。じゃあ、就職活動も失敗するじゃん。
「ちくしょおおお!! イリス様とイチャイチャラブラブ生活おくりたあ――むぐっ」
夕日に向かって叫んでいる途中で口を押えられる。
誰かと思い、後ろを向くとそこには顔を赤くしたイリス様の姿があった。
「は、恥ずかしいからやめなさい!」
「イリス様じゃないですか。今日はどうしたんですか」
「いや、今日学校にスーツを着た人が来たのよ。何でも、悪道善喜さんにこの書類を渡して欲しいってことだったわ。正直、私のことも知ってたし、怪しいと思ったんだけど、余りにも必死にお願いされたから受け取ったのよ」
そう言うとイリス様は鞄の中から茶封筒を出して、俺に渡してきた。
わざわざイリス様に会いに来た?
元々、俺のことを知っている人は少ない。イリス様と俺の関係性を知る人で言えば、それこそごくごく少数だ。
一体誰なのだろうか……。
「こ、これは……っ!」
茶封筒の中の書類を見て、俺は言葉を失った。
そこには、とんでもないことが書いてあったのだ。
「何の書類だったのかしら?」
書類を除こうとするイリス様から、咄嗟に書類を隠す。
この書類をイリス様に知られるわけにはいかない……!!
「すいません。イリス様。俺、少し行かないといけない場所が出来ましたっ!」
「ちょ、悪道!?」
イリス様を振り払い、俺は書類が示すビルを目指し走る。
ここに書いてあることが本当なら、とんでもないことである。
***
そして、辿り着いたのは旧イヴィルダーク基地。
現在は、ROMIという最近台頭してきている企業の本社である。
「すいません。案内を受けてきました、悪道善喜。別名アークです」
建物に入り、窓口にいる男性に声をかける。
「イリス様のカップ数は?」
すると、その男性は唐突にその質問をぶつけてきた。
これは……。やはり、俺の予想は正しいらしい。
「アイ」
「そんなわけ?」
「ナイ」
「流石です。よくぞお越しくださいました。社長が奥の部屋でお待ちです。こちらへ」
元々イヴィルダークの基地だっただけはあり、中はかなりの広さになっていた。そのまま、案内に従い突き進む。
やがて、社長室というプレートが付けられた部屋の前に辿り着いた。
「社長。悪道様をお連れしました」
「ご苦労」
そのまま案内の人がドアを開け、中に入る様に指示をする。
その指示に従い、俺はその部屋の中に入った。
部屋の中はかなりの広さがあり、椅子もきちんとしたものが用意されていた。
「失礼します」
恐る恐る部屋の中に入る。
部屋の中に入った俺の姿を見た社長が俺の下に歩み寄り、そして俺の顔をジロジロと見た後に、俺の肩を掴み涙を流し始めた。
「よかった……っ! 無事で、本当によかった……っ!」
社長の声はやけに聞き覚えのある声だった。
元々、書類に書かれていたことからある程度予測はついていたが、やはり俺の予想通りだったらしい。
「……心配かけてすまなかった。久しぶりだな。イリス部隊の俺の部下たち……だよな?」
「はい」
俺を呼び出した人は、他でもないイリス部隊に所属していた下っ端たちだった。
***
涙を流す社長――元俺の部下が落ち着きを取り戻してから、俺たちはソファに座ってそれぞれの近況について会話をしていた。
「それにしても、まさかこんな会社を作ってるとは思わなかったぜ」
「まあ、イヴィルダークが無くなって失業した奴らも少なくなかったからな。イヴィルダークがカモフラージュで使っていた企業をそのまま引き継ぐ形で新たな会社として運営してるよ」
詳しい話を聞いたところ、どうやら俺の目の前にいる元部下はイヴィルダークに所属する前は起業経験もあり、会社の運営は得意のようだったらしい。
そして、現在は清掃業者などを中心に、様々な企業相手にした人材派遣会社として活動しているようだった。
「それで、アーク――いや、今は悪道だったな。お前はイリス様と幸せになれたのか?」
「当たり前だろ。まあ、最近はイリス様は受験勉強で忙しそうにしてるけどな」
「あー、そうか。そういえばイリス様はまだ高校生だったな。……ん? 悪道も高校生じゃなかったか? お前はどうするんだ?」
「あー、それなんだけどな……」
それから、俺は社長に就職先を探していること、中々面接に受からないこと、実は中卒で高校中退していることを話した。
「なら、うちの会社で働けばいい」
すると、社長は笑いながらそう言った。
「い、いいのか?」
「当たり前だろ。お前は俺たちの恩人なんだから」
「で、でも……お前たちには何のメリットもないんだぞ?」
「関係ないさ。損得勘定じゃない。自分がそうしたいからそうする。そうすることで自分の好きな人が喜んでくれるからそうする。全部、お前がやってきたことだろ?」
社長はそう言ってニッと笑った。
「……ありがとうございます!」
社長に対して頭を下げる。
かつては部下であったが、今はもう俺の社長だ。
「ははは。気にするな。詳しい話は後日するか。それじゃ、今後ともよろしくな」
「はい! 社長!! さっきまでタメ口きいてすんませんっした!」
「よしてくれ。俺たちにとってお前は恩人なんだから」
社長に肩をポンと叩かれる。
そして、案内の人に連れられて会社の外に出た。
後日、正式に契約を済まして無事俺はROMI(Reagion of Ms.Irisu)に就職を果たした!
脱ニート! やったぜ!!
その後、この会社の仕事で行った仕事先が星川が所属するアイドル事務所だったり、イリス様がいる大学で、イリス様を誘おうとする不埒な輩を撃退したり、一人暮らしを始め星川に家政婦として雇われたりと様々なイベントが巻き起こることになるのだが、それはまた別の話。
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