第90話 デート⑤
公園で暴れる下っ端たちはあっさりとイリス様に敗北して、立ち去っていった。
「ごめんなさい。最近はイヴィルダークの動きも活発なのよね」
戦いを終えたイリス様が俺の下に戻って来る。
「そうみたいですね」
「と、ところで、さっき言いかけてた言葉なんだけど……」
イリス様が恥ずかしそうにこちらを見る。
これは……リベンジのチャンス!
さっきは空気の読めない下っ端たちに邪魔されたが、奴らもイリス様に敗走した。
今度はいけるはずだ。
「イリス様!」
イリス様の両肩を掴み、イリス様の名前を呼ぶ。
イリス様は肩を掴まれたことに、驚きながらも俺の目をジッと見つめる。
「何度も言ってますけど、俺はイリス様を愛してます」
俺の言葉にイリス様が小さく頷く。
ドキドキと心臓が高鳴る。
イリス様への告白はこれが初めてではないとはいえ、それでも緊張はする。
深呼吸を一つして、心を落ち着かせた後に俺は口を開く。
「俺と――」
「「「アイー!!」」」
俺が愛の告白をしようと瞬間に、木の影から下っ端たちが現れた。
「まだ残党がいたの!? くっ……悪道、ごめんなさい!」
イリス様はそう言うと、再び下っ端たちを追い払うべく走り出した。
「ちくしょおおお!!」
青空に俺の叫びが響いた。
***
「ごめんなさい。もう流石に大丈夫だと思うわ」
下っ端たちを危なげなく倒したイリス様が俺の下に戻って来る。
だが、その表情には少し疲労が見えた。
「イリス様、これでも飲んでください」
そう言って、俺はイリス様が戦っている間に自動販売機で購入しておいたミルクティーを渡す。
イリス様は甘いものが好きだし、これを飲んで少しでも疲れを取ってくれるといいんだが。
「ありがとう」
俺からミルクティーを受け取り、ベンチに腰掛けるイリス様。
俺もその横に腰かけることにした。
二回に渡るイヴィルダークとの戦闘。
戦っている時間自体はそこまで長くなかったのだが、怪我人を治療したり、被害が出た公園を復元したりと、あっちこっちイリス様は奔走していたため、気付けば時間はかなり立っていて、もうすぐ午後の三時になろうとしていた。
まさか二回も告白をイヴィルダークに邪魔されるとは思わなかった。
ここからどうしようか……。
もう一度告白に挑戦してもいいが、今日は何度やっても邪魔されそうな気がする。
いや、でも二回の失敗にへこたれても仕方ない。
もう一度告白しようと思いイリス様の方に視線を向けると、イリス様はある一点を寂しそうに見つめていた。
イリス様の視線の先には、楽しそうに公園で遊ぶ子供と、それを微笑みながら傍で見守る子供の両親と思われる人たちの姿があった。
「……イリス様の家族はどんな人たちだったんですか?」
気付けば俺はその言葉を口にしていた。
思えばイリス様からは今までに一度も家族の話題はおろか、その影さえも感じたことは無い。
今までは俺自身も家族の話題があまり好きではなかったから、避けていたが、イリス様という人を知る上でその話はしなければならないと何となく思った。
「……あまり、聞いていて気持ちのいい話ではないわよ?」
「それでも、教えて欲しいです」
拒否じゃなくて、確認。
それは、イリス様が俺に心を開いてくれている証だった。
俺の返事を聞いてから、イリス様はゆっくりと語り始めた。
幼い頃、両親が大好きだったこと。
両親にとって、イリス様は便利な道具であったこと。
両親が愛情という言葉を使って、イリス様を利用していたこと。
そして、両親に捨てられたこと。
「それから、私は愛情を憎んだわ。愛が誰かを利用するというための道具なら、そんなものこの世界に必要ないって、愛を理由に悲しむ人が出るくらいなら、愛なんて最初から無い方がいいって」
そう言うイリス様の顔は寂しげだった。
「でも、本当は分かってた。私はただ愛されたかっただけだったの。両親と一緒に遊んで、仲良くご飯を食べて、一緒に寝たかった。それだけだったのよ。でも、私は愛されなかった。だから、愛に裏切られなかった人を羨んで、嫉んだ。そんなことしても、私が愛されることなんてないのにね……」
そう言いながらイリス様は自嘲気味に笑う。
今だからこそ、そう思えるのだろう。きっと、当時のイリス様は愛された経験が無いからこそ、愛を憎むことしか出来なかったんだと思う。
「それからイヴィルダークで活動し続けて、あなたと出会って、漸く気付いたの。私がしてることはただの八つ当たりだって。こんなことをしても幼い頃の私は救われない。寧ろ、私と同じ悲しむ人が増えるだけだって」
それから、イリス様は俺の方を向いて、ベンチの上に置いていた俺の手に自分の手を重ねる。
「だから、あなたには感謝してるの。本当の愛を知らなかった私に愛を教えてくれて、こんな私にたくさんの幸せを教えてくれて、本当にありがとう」
イリス様は真っすぐに俺の目を見つめて、そう言った。
「いや、俺はただイリス様が好きだったから、イリス様を勝手に愛してただけですよ! 今イリス様が幸せならそれはイリス様が自分で掴んだものです。俺のおかげじゃありません」
これは俺の本心だ。
確かに、俺はイリス様をバカみたいに愛している。イリス様が笑ってくれるように、幸せを感じてくれるようにたくさん努力してきた。
それでも、イヴィルダークをやめたことも、愛乃さんや星川というかけがえのない友人をイリス様が作ったことも全て、イリス様が自分で掴み取ったものだ。
今、イリス様が幸せだと言えるなら、それは間違いなくイリス様自身が幸せになろうとした結果なんだ。
「それでもよ。私にとっては、あなたとの出会いが私を変えたの。私はね、悪道。そんなあなたのことが……」
イリス様が頬を少し赤く染めながら、俺の顔に顔を近づける。
イリス様の口が開こうとした瞬間だった。
「「「ア、アイ……!」」」
ヘロヘロの状態の下っ端たちが公園に飛び込んできた。
「また来たのね。ごめんなさい、悪道。行ってくるわね」
そう言うと、イリス様はベンチから立ち上がり下っ端たちの下へ向かう。
下っ端たちに怯えて泣きそうになっている子どもの前に立つイリス様の顔は晴れやかで、その姿は堂々としていた。
イリス様は俺に出会ってから変わったというが、俺はそれは少し違うと思っている。
確かに、人当たりは優しくなったし、以前に比べれば笑顔でいることも多くなった。でも、イリス様の本質はずっと変わっていない。
じゃなきゃ、俺はイリス様を好きになっていないし、イリス部隊の下っ端たちはイリス様を慕ったりしない。
愛されなかった経験があるイリス様は愛されなかったからこそ、同じ境遇のイヴィルダークの下っ端たちには優しかった。
イヴィルダークにいた頃から、子供に攻撃することだけは出来なかった。子供が被害に合う場面だけは見過ごせない人だった。
それはきっと、悲しむ子供たちが自分の幼い頃と重なるからだろう。
今のイリス様は、優しさを向けられる対象が増えただけだ。
それは大きな変化であるとともに、きっと些細な変化でもある。
***
「待たせちゃったわね」
三度目のイヴィルダークの下っ端たちとの戦いが終わり、後始末も終わる頃には、空はオレンジ色に染まっていた。
「今日はそろそろ帰りましょう。イリス様も疲れていると思うし、ゆっくり休んでください」
「……そうね。そうさせてもらおうかしら。それじゃ、帰り道送ってくれる?」
「喜んで」
差し出されたイリス様の手を取り、二人で歩いて帰る。
「そういえば、悪道の両親はどんな人なのかしら? あなたみたいな人が育つのだから、きっと素敵な両親なんでしょうね」
「はい。自慢の両親です」
「それは、いつか会ってみたいわね」
「……ええ。いつか必ず、紹介します」
そのまま数分歩き続け、不意にイリス様が足を止める。
「ここまででいいわ。今日はありがとう」
「俺の方こそ、楽しかったです。ありがとうございました」
イリス様に頭を下げ、イリス様に背を向ける。
だが、直ぐにイリス様に呼び止められた。
「ちょっと待って。これを受け取ってもらえるかしら?」
そう言ってイリス様が俺に渡したのは、ペアストラップだった。
「前に言ったでしょ? お礼したい人がいるって、これはUSNで買ったお土産。片方は私が持ってるから、もう片方は悪道に持っておいて欲しいの」
USNのお土産。
それは確かイリス様が好きな人に渡す予定だったものだ。
つまり、そういうことだろう。
「……全部終わったら、今日言いかけた言葉の続きを聞かせてくれるかしら?」
「はい。必ず」
俺の返事を聞いたイリス様が嬉しそうに微笑む。
「本当にありがとう。あなたに会えて良かったわ」
そう言い残して、イリス様は背を向けて帰っていった。
あなたに会えてよかった……か。
「それはこっちのセリフですよ」
その呟きは誰にも届かず、空に消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます