第81話 善道悪津と星川明里②
お風呂はいい。
温かな水は、時に傷ついた俺たちの心を癒し、冷たい水は、時に俺たちの心に冷静さをもたらす。
一先ず、今日の夜は、布団は星川に使わせて、俺は上着とかを重ね着して、部屋の隅で寝よう。
幸い、俺の部屋は和室で、床は畳が敷き詰められている。
敷布団がなくても身体への負担はかなり少なく済むはずだ。
冷水シャワーを浴びて、冷静に考えをまとめる。
その後、シャワーを温かいお湯に変えて、身体を温める。
そして、シャンプーを手に取り髪を洗う。
ガララ。
シャンプーを洗い流し終えた頃に、突然、浴室の扉が開く。
そして、タオルを巻いた星川が浴室に入ってきた。
「あっくん。背中流してあげる」
「……な、何やってんの!? バ、バカ! 早く出ろって!」
星川に背を向けて、近くにあった桶で下半身を隠す。
折角、冷水を浴びて冷静さを取り戻したのに!!
「えー、だめ? 背中だけ流させてくれたら出て行くから」
星川の言葉と供に背中に柔らかい何かが当たる。
「二つ目のお願い」
そして、星川は艶っぽい声でそう囁いた。
「……分かった」
お願いなら仕方ない。
決して、男としての本能に負けたとかではない。
星川のお願いだから、受け入れるのだ。
「男の子のって、大きいね」
ボディソープを星川に渡して、背中をゴシゴシと洗ってもらう。
そんな中、星川はポツリとそう呟いた。
「な、何がですか!?」
思わず敬語になった俺は悪くないと思う。
「背中が大きいなって。何で敬語なの?」
クスクスと笑う星川。
せ、背中かよ……。
くそっ! 何だこいつ! 俺が獣だったら、もう襲われても文句言えないぞ!
「なんでもねえよ。それよりな、いくら何でも不用心だぞ。そんな簡単に男に自分の肌を見せるなよ」
「好きな人だからいいじゃん。それとも、こうやってたらあっくんは私を襲っちゃうのかな?」
「ばっ! 襲う訳ないだろ!」
「……襲ってくれていいのに」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないよ! はい! 後はシャワーで流すだけだから、シャワーヘッド貸して」
言われるままに星川にシャワーヘッドを渡す。
そのまま俺の背中を星川が流しだす。
「はい。終わり。それじゃ、私は一回出るね」
シャワーで俺の背中を流し終えた後、星川がそう言って浴室を出ようとする。
その星川の手を掴む。
「そのままだと身体冷えるだろ。そのままシャワー浴びろよ。背中、流すから」
「……へ?」
その展開は予想していなかったのか、星川はポカンとした顔を浮かべていた。
***<side 星川明里>***
「痒い所無いかー?」
「う、うん……」
背中からあっくんが語り掛ける。
な、なにこれ……。どういう状況?
私は、あっくんの背中を流すためにあっくんの入浴しているところに乗り込んだ。
それは、私を騙してたあっくんへのちょっとした仕返しであり、いつか私がやりたいと思ってたことの一つをやるためだった。
なのに、どうして私があっくんに背中を流されているのだろう。
「にしても綺麗な肌だな」
「ひゃっ!」
あっくんが私の背中を撫でる。
思わず変な声が出てしまった。
その声を聞いたあっくんが笑う。
うう……。さっきまで私が主導権握ってたのに……。それに、あっくんがこんなに積極的になるなんて予想外だった。
あっくんはイリちゃんのことが好きだから、私には何もして来ない、何もしてくれないと思ってたのに……。
でも、正直嬉しいと思っている私がいる。
「星川、すまん」
そんなこと思っていると、あっくんが突然手を止めてそう言った。
「なんのこと?」
「さっき、星川が言ったろ。襲ってくれていいのにって。あれ、本当は聞こえてた」
その言葉を聞いて、私の顔が熱くなる。
あ、あれ聞こえてたの!?
言った後で、聞こえてなくて良かったって少しホッとしてたのに……。
「あ、あれなら気にしないで! ちょっとした気の迷いだから!」
急いで、訂正する。
そうだ。あれは一時の気の迷いだ。
確かに、あっくんにメチャクチャにされたいという思いがないと言ったら嘘になる。
いっそ、あっくんが私をメチャクチャにして、私があっくんの子供を身ごもって、どうしようもなくなったあっくんと私が互いに自己嫌悪に苛まれながら、傷のなめ合いのような共依存で生きていく未来もありかも……と思ったこともある。
でも、そんなことをしても誰も幸せになれないことは分かっている。
だから、早く忘れて欲しいんだけど……。
「どう反応すればいいか分からなかったんだ。でも、俺は星川と向かい合うって決めたんだから、ちゃんと言うよ」
あっくんは、必死に流そうとする私の言葉を無視して、丁寧に、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「俺は、星川とはそういうことは出来ない。それをしたら、俺は、きっとこれから白銀さんにも星川にもちゃんと正面から向き合えなくなると思うから、白銀さんは勿論だけど、折角ここまで仲良くなった星川と、俺は正面から向き合えたいと思ってるから、その……すまん」
途中途中でつっかえながらも、あっくんははっきりとそう言った。
「……バカだなぁ」
そんなあっくんの言葉を聞いて私の口から言葉が漏れる。
あっくんが困るだけだと分かっているのに、おかしなことを口にした私も、無視すればいいのに、そんな私の言葉に真剣に向き合うあっくんも、バカだ。
「私、やっぱりあっくんが好きだな」
「え、いや、ちゃんと俺の話聞いてた?」
あっくんが困惑した表情を浮かべる。
あっくんは何も分かっていない。
そんなに真剣に断られたら、逆に私のことをあっくんが大切に思ってくれている証拠だと思ってしまう。
私は単純だから、それだけあっくんをまた好きになる。
「さて、じゃあ私はお風呂に浸かるからあっくんは出て行って! それとも私の入浴シーン覗く?」
「の、覗かねーよ! じゃあ、俺は出るから」
あっくんはそう言うと浴室を後にした。
「はあ……。最後だから、思い残したことを無くすつもりだったのになぁ」
やりたいことをやり尽くせば、多少はこの失恋も吹っ切れるかと思った。
でも、逆効果。
寧ろ、やりたいことをやればやるほどにあっくんへの思いが増すばかりだった。
「本当、厄介な相手に恋しちゃったなぁ」
報われない恋をしている。
それにも関わらず、何故か私の胸は多幸感で溢れていた。
***<side end>***
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