第79話 善道悪津と矢場沢学園②

 いつの時代も、親しい人との別れは悲しいものだ。

 特に、より長い期間を供にした人との別れは、特に親しくなくても寂しいものがある。

 一方で、特に親しくもない、過ごした期間も三か月程度という相手との別れはそこまで惜しむようなものでもない。

 精々、一言色紙にお別れの言葉を書き残す程度だろう。


 ……ということで、現在俺は帰りのHRでクラスメイトから色紙を貰っていた。

 勿論、クラスメイトと仲が良くなかったというわけではないのだが、それでも親しかったかどうかで言えば、太郎たちの一部の人を除いてそこまで親しい人はいなかった。

 それでも、色紙という手に残る形のものを渡されるのは嬉しいものである。


「えー、皆さん。短い時間でしたが、楽しかったです。この学園であったことは絶対に忘れません。ありがとうございました!」


 俺が頭を下げると、パチパチと拍手の音が広がる。

 そして、最後の挨拶を終えHRは終了した。


 後は星川との約束だけだな。

 そう思い、帰り支度をしていると俺の周りに太郎、次郎、三郎がやって来た。


「おい、善道。最後に学園を案内してやるよ」


「は? いや、この後星川との約束があるんだけど」


「アカリンとは既に話を付けて、三十分ほど時間を貰ってる。嫌でも来てもらうからな!! 行くぞ! フォーメーショントライアングル!!」


「「おう!!」」


 太郎の掛け声を合図に、三人がトライアングルの形で俺を囲う。

 そして、半ば無理矢理な形で俺を学園案内に連れまわし始めた。

 初めこそ三人の目的が分からず困惑していたが、学園を回っていくうちに、この学園で過ごした思い出が一つ一つ蘇って来て、そんなことはどうでもよくなった。


 星川と初めて出会った中庭。

 学園祭でイリス様、星川、愛乃さんがライブした体育館。

 修学旅行の班決めをした体育館。

 「女神祭」を開催した体育館。


 ……俺の思い出、殆ど体育館に集約されてるじゃねーか。


 そんなこんなで、ほぼ回り終えたところで最後に俺たちは地下二階に向かった。



「善道、お前は悪くない。いや、やっぱり悪い。最後にお前の罪を数えろ」


「は? 急に何を……うぐっ」


 太郎が俺に向かってそう言うと同時に、三郎が俺の首を絞める。


 そういや、転入初日もこんなことあったような……。


 懐かしさを感じながら、俺の意識は静かに闇に沈んでいった。


***


 目を覚ました俺は、暗い部屋の中にいた。


「こ、ここは……? ん?」


 身体を動かそうとしたところで、異変に気付いた。

 俺の身体はゴム製のベルトで椅子に縛り付けられていた。

 突然、部屋が明るくなり、部屋の全貌が明らかになる。

 部屋はまるで裁判所の法廷のようになっており、目の前には俺を見下ろすように座る三人の覆面をした男たちがいた。そして、横には俺を挟むようにして二人の男が座っていた。

 転入初日と同じ光景が、そこに広がっていた。


 転入初日と違うのは、全員が既に俺を知っているということと、俺も全員を知っているということだけ。


 カンッ!


 木槌の心地よい響きが部屋に響く。


「静粛に。これより、『転校生事件』の裁判を再開する」


 あの時と同じく、WOTEの元会長の言葉を合図に裁判が幕を開ける。


 ……え? あれってもう終わってたんじゃないの?


「前回同様、佐藤元二級審査官。前へ」


「はい」


 元会長の言葉と同時に太郎が一歩前へ出る。


「ここにいる善道悪津は、我々が所属していたWOTEを壊滅に追いやり、更には我々にあらゆる労働を強制しました。修学旅行では数多くの男子たちの夢を阻み、つい先日は己の欲望を満たすために『女神祭』という一大イベントに我々だけでなく女神も巻き込みました。この善道悪津の行動によって、我々の学園生活は変わりました。それにも関わらず、この男はその責任を取らずに、突然この学園を去ろうとしている! どれだけ自分が、大きな影響を与えたかを自覚しないまま! その行動は我々、並びに女神たちを悲しませるものであり――」


「長い……。もっと短く、分かりやすく言え」


「急に出て行くって言うんじゃねえよ! バカ野郎!! お別れ会はいらないなんて言ってたけど、誰がお前の言うことなんか聞くか! ここで、俺たちは善道悪津とちゃんとお別れする! 最後にお前が残したもんと向き合え! それが、お前への罰だ!!」


 太郎が目に涙を浮かべながら俺を指差す。


「可決」


 元会長があの時と同様に直ぐに判決を下した。


 そういえばあの時は、WOTEが無くなったことで、結局俺は罰を受けなかったな。

 大した繋がりは出来ていないと思っていた。だが、それは俺が勝手にそう思っていただけみたいだ。


「甘んじて、罰を受けます」


 俺は元会長にそう言った。


「では、罰を始める。各自、善道に言いたいことがあるものは一言、順番に言っていけ。ちなみに、善道は一発だけなら殴っていいと言っていた。殴りたい奴は殴れ」


「え?」


 会長の言葉に顔が青ざめる。

 いや、確かにHRの時は言ったけど、でも、ここでそんなこと言ったら……。


「「「善道くぅぅぅん!!!」」」


 ニコニコと笑顔を浮かべながら俺に歩み寄ってきたのはアカリン教徒たちだった。


「ふふふ。散々、アカリンとイチャコラしてくれやがってよお……。くたばれぇ!!」


「ほげえっ!!」


「今からあんたにするの、全部ただの嫉妬だから」


「ぶべらっ!!」


「元気でやれよ!」


「ぶへっ!!」


 最早サンドバック状態。

 次々と罵声と声援と激励を贈られながら殴られていく。

 本気で殴ってる奴も少しだけいたが、殆どの奴が軽めに殴って来ていた。


「頑張れよ」

「元気でな」


 アカリン教徒たちの後にはカノッチ教徒たちが来た。

 彼らとの関りは薄かったものの、それでも学園祭の準備期間などで話した人も多い。

 彼らは俺に対する恨みなどは無く、純粋な激励の言葉をかけてくれた。

 あったかい。


「お前は……さすがだよ」

「イリス様の件の解決のために動き続けてたのは、本当に尊敬する」


 最後に来たのはイリス教徒たちだった。

 多分、一番関わることが多かった人たちだ。

 イリス様が苦しんでいた時に力になれなかったことを後悔している人もいた。最後まで、協力してくれた人は俺を褒めたたえた。

 この人たちがいれば、きっとイリス様たちもこれからの学園生活を楽しんで過ごせるだろうと、改めてそう思った。


「すまなかった!!」

「すいませんでした!!」


 頭を下げてきたのはタマタマ教徒たちだ。

 そいつらには、三郎にかけた言葉同様にイリス様に謝罪することと、前野さんに伝えたいことがあるなら愛乃さんに言えということを伝えた。


 そして、残るは元会長、黒田先輩、太郎の三人になった。


「善道。お前はいつも急だな」


 元会長が俺に一歩近づきそう言った。


「まあ、思いついたら行動せずにはいられない性質なんですよ」


「確かにな。正直に言えば、もっと早く言うべきだろう。という思いが強い。軽く調べたが、お前がこの学園を出て行くことが決まったのは本当に昨日らしいな。普通なら、色々な手続きがあるから、もっと早めに学園には連絡しないと転校など出来ないはずだ。お前はもしかして……いや、聞く必要はあるまい。お前にはお前の事情があるんだろう」


 元会長はそう言うと、笑顔を浮かべて俺に手を差し伸べる。


「ありがとう。我々から言えることはそれしかない。元気でな」


「はい。後は、任せます」


 俺はそう言って元会長の手を握りしめた。


 元会長が立ち去った直後に、黒田先輩がやって来る。

 イリス様のことで一番会話したのは間違いなくこの人だ。


「寂しくなりますね」


「そうですね」


「私は善道君の一つ上でしたが、君から年齢なんて関係ないことを教わりましたよ」


 黒田先輩は笑いながらそう言った。


「君がこれからどうするつもりかは分かりませんが、困ったらここに連絡を下さい。供にイリス様を追いかけた仲です。いつでも力になりますよ」


 黒田先輩は微笑みながら俺の手に連絡先が書かれた紙を渡した。

 その目には涙が浮かんでいるような気がした。


「ありがとうございます」


 自然と俺の目頭も熱くなる。

 この連絡先に連絡するときが来るかは分からないが、その時が来れば使わせていただこうと思った。


 黒田先輩がその場を後にして、そして太郎が俺の前にやって来た。


「歯食いしばれ」


 太郎はそう言うやいなや、振りかぶり俺の頬を思いっきりビンタした。


「ふう。スッキリした。これ、俺の連絡先。またバカやるときは言えよ。またな!」


 太郎はそう言って笑いながら、親指を突き出した。


「ああ。これからも巻き込んでやるからよ。覚悟しとけ」


 だから、俺も親指を突き出す。


「ほら、さっさとアカリンのところに行って来いよ」


 太郎が俺に背を向ける。その声は震えていた。


「ああ。本当にありがとう。俺は、お前らのことを絶対に忘れない」


 その場にいる全員に頭を下げる。

 短い期間だったが、刺激的で楽しかった。

 それもこれも全て、俺の言うことについてきてくれた皆がいてくれたからだ。

 イリス様に楽しんでもらうためというつもりで始めたことだったが、結局、一番楽しんだのは俺だったんだろう。


 エレベーターに乗り込み、地下二階を後にする。

 そして、向かうのは屋上。

 もうすぐ夕方の五時が来る。

 けじめを付ける時は、もう目前に迫って来ていた。

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