第78話 善道悪津と矢場沢学園①
戦いは終わった。
意識を失った俺だったが、目を覚ますと腹の傷は無くなっていていつの間にか保健室の上にいた。
『割と危なかったラブよ。まあ、ラブリンの愛の力で治してやったラブけどね』
目覚めた時、隣にいたラブリンがどや顔でそう言っていた。
その後、俺とアカリン教徒たちはきっちり先生に叱られた。
それと、ラブリーエンジェルたちの正体について俺を覗くその場に居合わせた人は皆忘れているようだった。
正しくは、ラブリンが忘れさせたみたいだった。
『覚えていることで彼らに不利益が起きる可能性があるラブ。それに、花音たちも知られていない方が生活しやすいラブ』
ラブリンはそう言っていた。
じゃあ、何で俺は覚えているのかというところだが、ラブリン曰く俺は特別らしい。
それと、タマモに関してだが、タマモの身柄はラブリンが確保するらしい。
元々、タマモはラブリン同様、愛の国の妖精だ。
タマモがしてきたことは愛の国のルールからしても許されることは無く、罪を償ってもらうことになるだろうとラブリンは言っていた。
そして、今日一日はイリス様と愛乃さん、そして星川が学校に戻ってくることは無かった。
三人だけで話すこともあったのだろう。
そして、俺は最後の清算を済ませるために黒田先輩、太郎、次郎、三郎を始めとして、この学園でお世話になった人に出会いに行った。
「……そうですか。寂しくなりますね」
黒田先輩は寂しそうな表情を浮かべながらも納得してくれた。
「は? 嘘だろ……? 嘘だって言えよ!!」
太郎は俺の胸倉を掴んで怒っていた。
「そっか……。もう少し早く言って欲しかったな。太郎も、突然言われたから怒ってるんだと思うよ」
次郎は悲しそうな表情を浮かべた。
「すまなかったっしょ! 本当に、後悔してもし足りないっしょ。それと、本当に今までありがとう。お前に出会えて、よかったっしょ」
三郎はイリス様にやって来たことを謝りながらそう言った。
三郎には、イリス様に謝れということと、前野環さんを思っているらなら、会いに行け。愛乃さんに聞けば行方は分かるとだけ伝えておいた。
同い年の奴らは殆どが信じられないと言った様子で現実を受け止めきれないと言った感じだった。
だが、先輩や先生方は意外にも受け入れが早かった。
「あなたはいつも無茶ばかり。自分の優先順位が低いから簡単にバカなことが出来る。もっと賢くなりなさい。自分も、皆も守れるくらい強く、賢くね」
七夕先生は俺に無茶な要求をして来た。
ただ俺を本気で心配してくれているのであろうということは伝わってきた。
一番意外だったのは、アツモリだった。
「どこへでも行けばいい。お前は問題児だった。でも、何かに真っすぐ突き進む覚悟だけは称賛に値する。お前のような真っすぐなバカは今どき珍しい。そのままでいい。その純粋さを忘れないでくれ。まあ、もう少し賢くなるべきだけどな」
アツモリは笑いながらそう言った。
出会った人一人一人に感謝を伝え、その日は帰った。
そして、その日の深夜二時。
薬を飲んで、俺は寝た。
***
夢を見た。
夢の中には少し大人びた星川と善道悪津がいた。
二人は互いのことを名前で呼び合って、楽しそうに話しながら歩いていた。
この夢が何を意味してるのか、俺には分からない。
ただ、そういう未来もあったのかもしれないと思った。
俺が悪道善喜ではなく善道悪津として生きていくことを決めた未来が、その夢の中だったのかもしれないと思った。
でも、現実の俺は悪道善喜として生きていくことを選んだ。どんな結末になろうと、善道悪津ではなく、悪道善喜を選んだんだ。
だから、その未来はあり得ない未来だ。
***
朝、目覚めて鏡を見ると善道悪津がいた。
この顔を見るのも、これが最後かもな。
最後だと考えると寂しいものがある。その理由が、この顔を捨てることにあるのか、それとも今の人間関係を捨てることにあるのか、答えは分かり切っていた。
いつも通り登校して、朝のHRの時間、先生に呼ばれて俺はクラスの皆の前に立った。
「えー、突然だが、善道は転校することになった」
先生の言葉で、昨日、既にそれを伝えていた人以外の目が見開かれる。一番、動揺していたのは星川だった。
「明日からもうこの学園には来ない。伝えたいことがある奴は今日中に伝えておけよ。善道、お前からも何かあるか?」
先生に問いかけられたので、俺は一つ頷いてからクラスの皆を見回した。
誰も彼も寂しそうな、悲しそうな表情だ。大した関わりの無かった人まで、そういう表情をしているところに少しおかしさを感じて笑いそうになる。
「皆さん、今までありがとうございました! 別れの会みたいなやつはしないでください。最後に何か言いたいことがある人は放課後までに個別で言いに来てください。一発だけなら殴られても文句は言いません。……それと、愛乃さんと白銀さん、昼休みに屋上で待ってます」
俺の言葉にクラス全員の視線が愛乃さんとイリス様に集まる。二人とも戸惑っていた。
そして、星川は何で二人だけと言った表情を浮かべていた。
まあ、そりゃそうだろう。星川明里は最後だ。
「そして、星川明里さん。最後に伝えたいことがあります。放課後、屋上で待ってます」
俺の言葉に色めきだつクラスメイト達。
ただ、その中で星川と俺は、クラスメイト達が思っているようなことが起きないことを知っていた。
告白と言えば告白。だが、皆が思うような素敵なことではない。
もっと、汚くて、見るに堪えない、そんな出来事が起こる。
それでも、これだけはやらないといけない。特に、星川だけには絶対に言わなきゃならないとそう思っていた。
***
昼休み。
屋上で待っていると、約束通り愛乃さんとイリス様が姿を現した。
「善道君、それで話って何かな?」
開口一番に、愛乃さんが本題に入る。
「ああ。そうだな。これまでありがとうってことを伝えたかった」
「それだけ?」
「それだけ」
俺の言葉を聞いて、愛乃さんとイリス様はキョトンとした後、口元を抑えて笑い出した。
「ああ、ごめんね。わざわざ呼び出したから何事かと思ったんだけど、それだけなんだ」
愛乃さんが安心したかのようにそう呟いた。
「ああ、そうか。でも、まあそれだけなんだよな。逆に、愛乃さんとイリス様は俺に聞きたいことはないのか?」
愛乃さんとイリス様は大して無いかもしれないが、恐らくこの二人にくっついているあいつは山ほど聞きたいことがあるのだろう。
「一つだけ聞かせろラブ」
案の定、愛乃さんの制服のポケットの中からラブリンが姿を現す。
「お前はこの後、どうするつもりラブか?」
「どうするとは?」
「だから、イヴィルダークに戻るのかってことを聞いているラブ」
「ああ。それか。そうだな。最後に気になることがあるからそれだけ確認してからイヴィルダークはやめるつもり…………え? お前、俺の正体知ってるの?」
余りにもラブリンが自然な流れで言ったので、思わず流してしまった。
「タマモから聞いたラブ。勿論、花音もイリスも、それから明里も知ってるラブよ」
「嘘だろ!?」
愛乃さんとイリス様に顔を向ける。
「あはは……」
「……その、正直驚いたわ。まさか、あなたの正体が悪道だったなんてね」
愛乃さんは苦笑い。
イリス様は恥ずかしそうにそう言った。
バレてるうううぅぅぅ!!
いや、もうこれは仕方ない……。どうせいつかはバレることだし、星川にも言うつもりだったことだ。
いや、でも星川にだけは自分の口から言いたかったな。
「ぶっちゃけ、今までのお前の行動からラブリンは、お前は敵ではないと判断してるラブ。だから、ラブリンもお前はイヴィルダークをやめるべきだと思っているラブが、最後にやるべきことがあるラブね?」
頭を抱えているところに、ラブリンが声を掛けてくる。
そのラブリンの言葉に俺は頷いた。
ある。俺が最後に決着を付けなくてはならない相手。それは兄貴だ。シャーロンにタマモとラブリーエンジェルを始末するように取引を持ち掛けたのは間違いなく兄貴だろう。
だが、兄貴はこれまで確かに俺に協力してくれていたのだ。
だからこそ、兄貴の真の目的を俺は確かめなくてはならない。
「それならいいラブ」
ラブリンはそれだけ言い残して愛乃さんの制服のポケットの中に再び隠れていった。
「それじゃ、私は先に行くね。イリスちゃんと二人で話したいこともあるだろうし」
愛乃さんはそれだけ言い残して屋上を後にした。
残されたのは、俺とイリス様だけ。
「その、今までありがとう。あなたが裏から支えてくれていたとは思わなかったわ」
「あー、勝手に俺がしてたことなので気にしないでください」
「あ、悪道――」
「ちょっと待ってください」
イリス様は続けて何かを言おうとしていたが、俺はその言葉を遮った。
「今の俺は善道悪津です。白銀さんの知っている悪道善喜だけど、違うんです。今日だけは、善道悪津でいさせてください。だから、もし白銀さんの質問が悪道善喜に対するものなら、日曜日に、白銀さんが悪道とデートする約束をしている日曜日にお願いします」
俺の言葉を聞いたイリス様は、最初こそ驚いていたものの直ぐに穏やかな表情を浮かべ、微笑んだ。
「そう。なら、私から言えることは無いわ」
それだけ言って、イリス様は俺に背を向ける。
だが、屋上の出入り口で俺の方に身体半分向ける。
「ああ、そうそう。善道君、あなたは私が好きだって言ってたみたいだけど、ごめんなさい。私には心に決めた人がいるの。だから、今日あなたが明里と二人で何かしてても私には関係ないわよ」
イリス様はそう言い残して屋上を後にした。
え……? フラれた?
いやいや、落ち着け。今の俺は善道悪津だ。フラれたのは善道悪津。悪道善喜じゃない。
つまり、セーフだ!
……セーフだよね?
若干の不安を抱きながらも、昼休み終了のチャイムを聞いて、俺も屋上を後にした。
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