第62話 交渉成立!

 星川の思いを知った日から数日が経ち、今日は土曜日。

 家の中で俺は頭を抱えていた。


 ……イリス様からの協力が得られない!!


 昼休み、あるいは放課後に俺はイリス様に協力をお願いしに行った。愛乃さん、星川の協力を取り付けることが出来たため、交渉は簡単だと思っていたがイリス様は回答を渋っていた。

 イリス様曰く、写真の一件は事実だし、流れている噂もデタラメなものばかりだから仕方ない。そのうち収まるだろうというスタンスで、あまり危機感を感じていないようだった。


 いっそのこと、タマモのことを伝えようと思ったが、善道悪津という一般人がイヴィルダークの内部事情を知っているのは余りにも不自然だ。

 結局、イリス様が頷くような誘い文句が思い浮かばぬまま休日になってしまった。


「はあ……散歩でも行くか」


 家の中にいても何もいい考えが思いつかない。

 一先ず散歩でもして考えることにした。


 貴重品だけ持って、家の外に出る。のんびりと歩いていると、いつだかイリス様と出会った公園の近くに着いた。

 もしかしたらイリス様に会えるかもしれない。そんな甘い考えを抱きながら、公園の中に入っていった。


 公園の中にイリス様はおらず、子供たちが数人遊んでいるだけだった。一先ずベンチに座って、イリス様を説得する方法を考える。


 甘いお菓子あげるって言ったら「うん」って頷くんじゃないか?

 いや、いくら甘いものが好きとはいえ、流石にそこまで子供ではないか。

 イリス様は猫好きだし、猫になり切ってお願いしたらいけるんじゃないか?

 いや、いくら何でもそれは無理か……。


 ……両方か?

 そうだ。一つでダメなら二つ。品種改良だって、二つの品種の良いとこどりをして行われるんだ!


「そうと決まれば早速猫耳を買いにいかなくては!!」


 ベンチから立ち上がり、財布の中を確認する。猫耳と美味しいお菓子を買うことが出来るくらいの金額はあった。

 早速、公園から飛び出し街へと向かった。



 二時間後。

 公園のベンチの上に、猫耳をつけてお菓子を持った全身タイツの不審者がいた。

 いや、不審者じゃなくて俺なんだが、さっきから公園にいる子どもたちにずっと怪しいものを見る目を向けられている。


 この格好になってから気付いたが、イリス様を呼び出す手段がない。仕方ないので、この公園で待ち続けるしかないのだが、子供たちの視線が痛い。


 おかしい。完璧な作戦だと思っていたんだが……この格好はそこまで違和感があるのだろうか?


「おい! 変態!」


 そんなことを考えているといつだか出会ったガキ大将に声を掛けられた。


「誰が変態だ。これはな、イリス様に好かれる由緒正しき格好なんだよ」


「やっぱりイリスお姉ちゃんを狙ってたんだな! お前みたいな変態にイリスお姉ちゃんはあげねえ! 俺と鬼ごっこで勝負しろ!」


 ビシッと人差し指を突き出し、俺に宣戦布告するガキンチョ。


 若さが故に、勇気と無謀をはき違えるとは……愚かなことだ。まあ、いい。以前の敗北を経験して尚立ち上がる気概は気に入った。


「面白い。どうせ暇していたところだ。世界の広さを教えてやる」


 俺の全身からあふれ出るオーラにガキンチョは気圧されたのか、一歩後ずさる。


「十秒待つ。範囲はこの公園内だ。逃げ切ってみろ」


「な、舐めるなよ! 俺は町内会では異次元の逃亡者って呼ばれてたんだ!!」


 その言葉と供に少年はバックステップで俺から距離を取り、俺の動きを目で牽制しながら距離を離していった。


 悪くない動きだ。相手の動きをきっちり確認しているところも素晴らしい。

 惜しいな。相手が俺じゃなければ、もっといい戦いが出来ただろうに。


「――十。時間だ」


 十を数え終えてから、ゆっくりとガキンチョに向かって歩き出す。

 ガキンチョは俺の動きを警戒していた。だが、一瞬周りの障害物を確かめるために俺から視線を逸らした。

 その隙に、俺は近くの滑り台を利用しガキンチョの視界から姿を消す。


「……なっ!? ど、どこに行った!?」


 ガキンチョからすればまるで、一瞬のうちに俺が姿を消した様に感じるだろう。

 見えないということはそれだけで恐怖を感じることだ。今、ガキンチョの精神は張り詰めた糸のようになっている。

 故に、些細なことにも過剰に反応してしまう。


 ガサ。


「そこか!?」


 ガキンチョの背後で何かが動く音がする。その音に反応したガキンチョが背を向けた瞬間、俺は走り出した。


「な、何だ猫か……驚かせやがってって、うわあああ!!」


 音の正体が猫であることに気付いたガキンチョが再びこちらを向くが、もう遅い。俺は既にトップスピードに乗り、ガキンチョまでの距離を三メートル程度までに詰めていた。


「う、うわああああ!!」


 俺に背を向けガキンチョが走り出す。

 異次元の逃亡者と呼ばれていたくらいだ。逃げることには自信があったのだろう。

 だが、俺は小学生の頃に漆黒の追跡者ステルスストーカーと呼ばれたほどの男だ。

 狙った獲物は、この命が尽きるまで諦めない。


「ははは!! さあ、足掻いてみせろ! まだ勝負は始まったばかりだぞ!」


「ちくしょおおお!!」


 ガキンチョの背後にピタリと付けて追いかけ続ける。

 捕まえることはいつでも出来る。ただ、それじゃ折角の暇つぶしが終わってしまう。

 じっくりと、ガキンチョの限界を十分引き出したうえで完璧なる勝利を納める。


「ふはは! ふははははは!!」


「うわああああ!!」


 暫くの間、公園内に俺の笑い声とガキンチョの叫び声が響き続けた。


***


「はあ……はあ……中々の体力だった。だが、もう限界のようだな」


「はあはあ……くそっ!  くそお……」


 俺の目の前で走りつかれたのか、ヘロヘロの状態になったガキンチョが地面に膝をつく。


 まさか十分近く延々と走り続けることになるとは思わなかった。

 このガキンチョ、陸上やった方がいいぞ。


「残念だったな。イリス様はお前にはまだ早いということだ。はーっはっはっは!!」


 勝利を確信して高笑う。

 ガキンチョは悔し涙を流しながら、地面を叩いていた。


「子供に何してるのよ」


「いたっ!!」


 調子に乗っていたら、誰かに頭を叩かれる。

 振り向くと、そこには私服姿のイリス様がいた。


「イ、イ、イリス様!?」


「ああ、もう泣いちゃダメよ。あのバカがごめんなさい」


 イリス様は俺の頭をはたいた後、ガキンチョに近寄ってハンカチでガキンチョの涙を拭きとる。

 ガキンチョは顔を赤くして鼻の下を伸ばしていた。


 あんのエロガキが!!


「イリス様、そいつにそんなことする必要ありませんよ!」


「何言ってるのよ。あなたのような変態に襲われかけてたのよ。トラウマの一つや二つ出来ていてもおかしくないわ」


 イリス様はキッと俺を睨みつけた後、再びガキンチョに優しく話しかける。


「大丈夫?」


「う、うん! お、俺……怖かった。急に、あの男が襲ってきて……」


 ガキンチョは突然、声のトーンを上げイリス様に甘えだす。

 甘えてきたガキンチョの頭をイリス様は優しく撫でた。そして、ガキンチョは俺の方にチラリと視線を向け……。


(へっ)


 俺を鼻で笑った。


 こ、こいつ……!

 ただの単細胞のガキ大将かと思ったが、この状況を利用するとは……恐ろしいガキ!


「イ、イリス様! 騙されちゃいけませんよ! 俺はそいつと鬼ごっこをしてただけですからね!」


「ち、違うよ……。俺は嫌だって言うのに、あの変態が、よいではないか~よいではないか~って……」


 泣きまねをしながらイリス様に縋りつくガキンチョ。


「嘘つくなよ! 俺は変態じゃねえし、そんなことも言ってねえ!」


「「自分の格好を見ろ(なさい)」」


 何故か、ガキンチョだけでなくイリス様にもバカを見る目で突っ込まれた。


 俺の格好?

 冷静になって、自分の格好を見返す。


 猫耳。全身タイツ。走り回ったせいで、タイツには汗でシミが出来ている。


「……変態だっ!!」


 地面に膝をつき、肩を落とす。俺は知らぬ間に休日の昼間からちびっ子を追いかけまわす変態になっていた。


「はあ……。本当にバカ」


 イリス様が額を抑えながら呟いた。


***


 あの後、ガキンチョが本当のことをイリス様に伝えたおかげで、一先ず誤解は解けた。

 あのガキンチョは許さないと決めていたが、今度あった時はアイスでも奢ってやろう。


「そ、それで、話って何かしら?」


 イリス様に話したいことがあると伝え、二人並んでベンチに座る。イリス様はどこか心ここにあらずで、ソワソワしていた。


「はい。ええっと……」


 ……あれ?

 これ、今の悪道の俺がミスコン云々の話したらおかしくないか?


「どうかしたのかしら?」


 黙って俯く俺をイリス様が心配そうに見つめてくる。


 と、とにかく返事を返しつつミスコン云々の話に持っていくしかない!


「ミ、ミスコンに出てる女性って綺麗ですよね~」


「……そうかしら?」


 さっきまでと違い、イリス様の目が突然冷たくなる。


 え……? 何で?


「もしかして、怒ってます?」


「いいえ。怒ってないわよ」


 ニコリと微笑むイリス様。

 その笑みを見た瞬間に、何故か背筋にゾクリと寒いものを感じた。


「と、とりあえず……ミスコンに出てる女性って綺麗だからイリス様みたいな超綺麗で美人な人は出るべきだと思うんですよね!」


 俺がそう言った途端に、イリス様が俺の方から顔を背ける。


 ええ!?

 もしかして、俺の顔も見たくないほど怒ってる?


「イリス様……?」


「んんっ!! ご、ごめんなさい。それで、えっと私がミスコンに出た方がいいって話だったかしら?」


 こっちを向いたイリス様の頬は僅かに赤くなっているように感じた。


 か、顔が赤くなるほど怒っていたのか!?

 いや、それもそうか。元々、イリス様はミスコンの話に乗り気じゃなかったんだ。

 無理矢理その話をされれば、怒っても仕方ないのかもしれない。


「は、はい。そうなんですけど……嫌ですよね。すいません。何か調子乗っちゃったこと言っちゃって!」


 頭を下げる。


「……いいわよ」


 だが、頭を下げた俺にイリス様が小さな声でそう呟いた。


「え?」


「だから、いいわよ。今度、私の学園で丁度そういうことがあるみたいだし、折角だから参加するわ」


 イリス様は確かに、はっきりと参加すると言った。


 おお! 何か知らんが許可を貰えた!!

 ラッキーだ!


「ただし!」


 浮かれていると、イリス様が俺に強い視線を向ける。


「見に来なさい」


「え……?」


「あなたが出るべきって言ったんだから、ちゃんとあなたも見に来なさいよ。いいわね?」


「は、はい!」


 一瞬、夢じゃないかと思ったが、紛れもなく現実だ。

 元から見るつもりではあったが、まさかイリス様に直々に見に来るように言ってもらえるとは思わなかった。

 これは嬉しい誤算だ。


 おっと! こうしちゃいられない!

 イリス様からの許可も貰えたし、『女神祭』の準備を整えなくては!


「すいませんイリス様。急用が出来たので、俺はもう行きますね! イリス様がステージの上に立つところ、楽しみにしてます!!」


 そう言い残して俺は急いで家に帰った。

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