第61話 もう何も怖くない
昼休みの屋上。
俺は愛乃さんを呼びだして、『女神祭』という名のイベントに参加することをお願いしていた。
「んー。理由を聞いてもいいかな?」
愛乃さんは困惑しつつも、冷静にそう問いかけてきた。
「白金さんの今の状況を変えたい。今の白銀さんの状況は、元々白銀さんに好意を抱いていた人間が起こしている。だから、改めて白銀さんの魅力をあいつらに伝えたいんだ」
「なら、私じゃなくてイリスちゃんにお願いするべきじゃないかな?」
「そうしたいのはやまやまだが、白銀さん一人を誘っても白銀さんは応じてくれないと思う。だから、愛乃さんにも協力してもらいたい」
「そういうことなら協力しようかな。私も今のイリスちゃんの状況は変えたいしね」
俺の期待通り、愛乃さんは快く協力を約束してくれた。
愛乃さんに感謝を伝え、屋上を後にする。
愛乃さんの次は星川だ。
***
「お待たせ!」
「おう」
放課後、校門の前で星川と集合して、そのまま二人で歩いて帰る。
「私にお願いしたいことって何?」
二人で歩き始めてから直ぐに星川が俺に問いかけてくる。
だから、俺は愛乃さんの時と同じような説明をして、星川に協力をお願いした。
愛乃さんの時の様に星川も快く承諾してくれると思ったが、意外にも星川は少しだけ考え込んでいた。
「……ダメか?」
「ううん。協力するのは勿論いいよ。イリちゃんのためだもんね。ただ……」
「ただ?」
星川は少し迷うような素振りを見せてから、顔を上げ俺の目を真っすぐと見つめる。
「私を見てて」
そう言った星川の目は何かに追い詰められていて、切羽詰まっているように感じた。
「ああ。そりゃ勿論見るに決まってるだろ」
「違うよ。ただ見るだけじゃなくて……私とイリちゃんのどっちが魅力的だったか決めて欲しい。あっくんはイリちゃんのことが好きなのかもしれないけど、私の魅力はイリちゃんに負けていないから、だから、ちゃんと見てて」
「星川……?」
決める? 何言ってるんだ?
選択肢なんか最初から俺の中では一つしか……。
「私はあっくんが好きなの。だから、ちゃんと私を見て。私を見て、イリちゃんと私のどっちが魅力的か選んでよ」
真っすぐ、ただただ真っすぐに星川が俺の目を見つめる。
初めてだった。俺の人生の中で、一人の女の子からこんなにも真っすぐに思いをぶつけられたのは。
ずっと、イリス様のことが好きで、イリス様に本気で思いを伝えようとしてきた俺だから分かる。
星川の言葉に、思いに一つも嘘なんてない。
「星川……」
上手く言葉が出てこない。俺はイリス様のことが好きだ。その気持ちに嘘はない。
なら、星川の今の努力は全て無駄になるんじゃないのか?
俺なんかに、貴重な時間を割くことは勿体ないんじゃないのか?
そんな考えばかりが頭の中を過ぎ去っていく。
「負けないから。私のあっくんへの思いは、誰にも負けない。だから、あっくんにはちゃんと見て欲しいの。星川明里っていう女の子を」
俺と同じだ。
今の星川は俺と同じなんだ。心の底から好きだと言える人がいて、その人に振り向いて欲しくて努力している。
そう考えたら、今ここで、星川に「星川の恋が叶うことは無い。諦めて早く次の恋に行った方がいい」なんて口が裂けても言えなかった。
「そうか……分かった。ちゃんと見る」
今の俺に出来ることは、星川の目を真っすぐ見て、そう言うことだけだった。
「うん! 絶対に見ててね!」
俺が星川の目を見ると、星川は嬉しそうに微笑みながらそう言った。
その笑みに、不覚にも俺はドキッとしてしまった。
多分、修学旅行の頃から星川は俺のことが好きだったんだろう。それなのに、俺はイリス様ばかりに目を向けていて星川の思いに気付くことが出来なかった。
「……今まで、悪かったな」
俺の言葉が予想外だったのか、星川はキョトンとした表情を浮かべた。
そして、口元を抑えながら笑った。
「いいよ。でも、これからはちゃんと見ててよね!」
星川はウインクを一つしながらそう言った。
可愛い。
はっ!! あぶねえ。俺はイリス様が好きなんだ。
「ああ」
星川に返事を返す。
それからは他愛もない話をしながら、星川と二人で歩いて帰った。人に真っすぐ好意を向けられることには慣れていない。
それが理由かは分からないが、星川との会話は何処かむずがゆかった。でも、悪い気はしなかった。
その人を知れば知るほどに、魅力を否応にも知ることになる。
もしイリス様と出会っていなければ、俺は星川明里という女の子に恋をしていたかもしれない。
星川を見ると決めてから、数分の間のやり取りでそう思ってしまうくらいには、俺は、きっと星川のことを好きなんだと思った。
***<side 星川明里>***
「あ……。もう家だね。ここまで送ってくれてありがと!」
「おう。それじゃ、またな」
あっくんが私に手を振る。
いつも通りなら、私もここで手を振ってお別れだ。でも、今日の私は気分が高揚していた。
「あっくん。目を閉じて」
「え? 何で?」
「いいからいいから! それに、あっくんって私に申し訳ない気持ちあったんでしょ? なら、私のお願い聞いてくれないかな?」
「うぐっ……分かった」
少しズルい言い方だけど、許して欲しい。
だって、漸く私はスタートラインに立てたんだから。
出来る限り気配を消してあっくんに近づく。
「……んっ」
そして、あっくんの頬に優しくキスした。
「え……? 星川、お前……」
「ま、またね!!」
戸惑うあっくんに手を振って、急いで家に帰る。
顔がもの凄く熱い。心臓がドキドキと高鳴っている。
その高鳴りは、家でご飯を食べて、お風呂に入っても収まることは無かった。
ベッドの上。
ここ最近は、自分の心の中にいる醜い感情とずっと戦っていて。でも、今日は頭が凄くスッキリしている。
今日、漸くあっくんは私を見てくれた。
あっくんがイリちゃんのことが好きなのは分かっている。でも、ちゃんと見てくれただけでどうしようもなく嬉しいと感じてしまう。
「ううん。まだまだこれからだよね!」
首を振って、自分の気持ちを抑える。
まだ土俵に上がったばかりだ。ここから、私の恋は漸く本番を迎える。イリちゃんは強敵だ。でも、私は私に出来る全てであっくんにアピールするだけだ。
でも、やっぱり今日だけは……今日だけは溢れ出るこの喜びを噛み締めよう。
胸の高鳴りをきちんと刻み込もう。
だって……。
「私のファーストキスだもん……ね」
頬だけど、それでも私にとってきっとこのキスは一生忘れられないものになる。
今日の夜は、いつも頭の中でうるさいもう一人の私も出てこない。
窓の外から見える空には、輝く北極星があった。
***<side end>***
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