第58話 思いの強さ故に
二人で河川敷沿いを並んで歩く。
星川と二人で帰るのは、かなり久しぶりだ。星川の表情からしても何か話したいことがあるのは確かだろう。
そして、人の数が少なくなってきたところで星川が口を開いた。
「あっくんはさ、学園で流れてる噂知ってる?」
「ああ。白銀さんのことだよな」
星川の言葉に頷く。
知ってるも何も、丁度今それに苦しめられているところだ。
「……うん。イリちゃんはさ、男の人のほっぺにチューした写真は本当だって言ってたんだ。その男の人に嫉妬する気持ちは……分かるよ。でも、だからってイリちゃんを責めるのは、間違ってるよね」
「ああ。間違ってる」
ゆっくりと、噛み締めるような星川の言葉に俺は強く同意をする。
「……だよね。あっくんは、イリちゃんを助けるんだよね?」
星川が俺に問いかける。その顔は不安に満ちていた。
星川にとって、イリス様は大事な友人だ。そのイリス様が苦しんでいるのは不本意な形で、星川としてもきっとイリス様に救われて欲しいと思っているのだろう。
「当たり前だ」
イリス様がどう考えているかは知らないが、俺はイリス様が笑えていない今を認められない。だから、イリス様の幸せのために全力を尽くす。
「そうだよね。……うん! あっくん、頑張れ! もし私に手伝えることがあったら何でも言って!」
星川が顔を上げる。その顔はいつも通りの明るい星川のものだった。
「ああ。ありがとな。なら、俺がいなかった一週間のことを教えてくれないか?」
「うん。分かった」
それから、星川はゆっくりと思いだすように語りだした。
「初日は、何も無かったんだよね。でも、二日目くらいかな? クラスの女子から話を聞いて、噂の火種になってる写真が出回ってることが分かったんだ。それから二日間くらいは、イリちゃんを見て涙を流してる男子とかはよく見たし、イリちゃんがキスした男に嫉妬してる人はたくさんいたと思う。でも、皆辛そうだったけど、イリちゃんを攻撃する意思は無かったように見えた。……それが、週明けから急変したんだ。急変してからはあっくんたちも知っての通りだよ」
涙を流していた、嫉妬していたのは確実に元イリス教徒だろう。そいつらがイリス様を攻撃し始めたのは間違いない。
だが、星川の話からするに噂の流れはじめたばかりは、そいつらは悲しむばかりでイリス様を害する意思は無かったということか。
じゃあ、何故週明けでそいつらは変わった?
……土日か? 土日で何かがあった。そして、そいつらが変わったということか?
勿論日にちが経つに連れて、嫉妬心がイリス様への逆恨みに変わった可能性はある。
だが、それだけなら元イリス教徒がタマタマ教に入信する理由が分からない。
もしかすると、元イリス教徒が変わった理由はタマモにあるのかもしれない。そうであれば、元イリス教徒がタマタマ教に入信したことにも説明がつく。
知る必要がある。土日の、元イリス教徒とタマモの行動を。そして、タマモが持つ能力を。
「悪い星川。少し、急用が出来た。俺は先に帰るわ」
「えっ。あ、うん。イリちゃんのため……なんだよね?」
「ああ。色々教えてくれてありがとな。白銀さんの噂は絶対に何とかするから任せてくれ! じゃあな!」
星川に手を振って、走り出す。
それと同時に、黒田先輩と太郎、次郎の三人にメッセージを送る。
そして、俺が向かう先はイヴィルダークのアジトだ。
兄貴なら、タマモのことを知っているはずだ。
***<side 星川明里>***
あっという間に小さくなっていくあっくんの背を見つめる。
一生懸命だった。あっくんは、イリちゃんのために何とかしようと必死だった。
だから、きっと気付いていない。
「ねえ……あっくん。私は、「イリちゃんの噂知ってる?」とは聞いてないんだよ」
その呟きはあっくんには届かない。そう分かっていても呟かずにはいられなかった。
あっくんは知らなかったみたいだけど、学園に流れている噂はイリちゃんのものだけじゃない。
学園内を騒がしているもう一つの噂。
それは……私とあっくんの関係。
USNを二人で回っていたところを見ていた人が多かったんだろう。たくさんの女子から『善道君と付き合っているの?』という質問をたくさん受けた。
そこで初めて知ったけど、私とあっくんが付き合っているという噂が学園内で広がっているらしい。
……あっくんは知らなかったみたいだけど。
私は、心のどこかで期待してたんだ。
あっくんが噂って聞いた時にイリちゃんのだけじゃなくて、私とあっくんの関係の噂も言ってくれるんじゃないかって。
イリちゃんの噂が広がっていても、私のことを少なからず気にしてくれているんじゃないかって。
でも、あっくんはやっぱりあっくんだった。
どこまでもイリちゃんを愛していて、イリちゃんだけをその目に映している。
私の姿は、その目に映っていない。
「ううん! これでいいんだよ! あっくんがイリちゃんを大事に思ってることなんて分かり切ってるし、あっくんがイリちゃんを苦しめる噂をなくそうとすることはいいことじゃん! 私もイリちゃんが笑顔になれる方が嬉しいしね!」
首を振って、頭の中に浮かんだ負の感情を消し去る。
今、困っているのはイリちゃんだ。イリちゃんの噂を優先するのは当然だ。
だから、私の噂があっくんの耳に届いてないことも仕方ないこと。
そう思いたいのに……。
『これで分かったね。イリちゃんがいる限り、私に勝ち目が無いってことが』
頭に響いたのは、タマちゃんと出会った日に聞こえたあの声だった。
『あっくんはね、イリちゃんがいる限りイリちゃんのことしか見えないの』
違う。今はイリちゃんが大変だからそうなだけで……。
『現に、今日だって私の噂は耳にすら入っていなかった。仮にも私とあっくんは友達だよ? 友達じゃない人たちでさえ噂を耳にしている人が殆ど。それにも関わらずあっくんの耳に入っていない理由なんて一つしか考えられないよ』
やめて。それ以上言わないで。
『あっくんの頭をイリちゃんが占めてるから。イリちゃんがいなくなれば、あっくんの心に、頭に余裕が出来る。そうすればあっくんは私を見てくれ――』
「やめて!!」
道の真ん中で、私は思わず叫んでいた。
突然一人で声を上げた私を、周りにいた人たちが奇妙なものを見る目で見つめてくる。
「あ……すいません」
私は、頭を下げてその場から逃げるように走り出した。
頭の中に響く声は、もう聞こえなくなっていた。
分かってるんだ。本当は、あの声の正体が何かなんて。
だから、もうやめて。
あの声の言いたいことなんて私自身が一番よく分かってるから、これ以上私を追い詰めないで。
人のいない河川敷。
いつだか、あっくんにダンスを見てもらった橋の下。そこで、私は胸を押さえてうずくまる。
「私も、苦しいよ……辛いよ……助けてよ……あっくん」
知らなかった。
恋がこんなに辛いことも、人を簡単に憎めちゃう自分がいることも。
この恋を諦めれば、私はこれ以上汚い感情を抱かずに済むのだろうか。
でも、捨てられるわけがない。諦められるわけがない。
恋愛はキラキラしていて素敵なものなんだって思ってた。
恋心が自分の力になるんだって、自分を輝かせるって思ってた。
でも、少なくとも今の私にとって、あっくんへの恋心は――
――私を縛って苦しめる呪いになっていた。
***<side 星川明里>***
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