第17話 アークとイリス①
「……んん。朝か?」
寝ぼけながらも、部屋に差し込む光の量から、朝が来たことを理解する。
手を動かして、近くに置いたはずのスマホを取り、画面を見る。
「なっ!?」
画面を見た瞬間に、俺は跳び起きた。
俺のスマホに写る時刻は十三時。即ち、昼過ぎだった。
ああああ!! やべえ! 今日は兄貴と約束してた一週間に一度の組織に行かなきゃいけない日だったのに!
適当に服を選び、着替える。そして、洗面台の前で顔を洗い、歯を磨き、寝癖を直してから家を出た。
兄貴と約束してたのは、十四時。まだ、ギリギリ間に合う!
***
「うおおおお! セーフ!!」
兄貴が業務をこなしている部屋に勢いよく転がり込む。だが、勢い余って部屋の片隅にある書類の山に飛び込んでしまった。
「うわあああ!」
「……何やってるんだ」
兄貴の呆れたようなため息が聞こえる。
飛び込んだ先に書類の山があったのはラッキーだった。
「はあ……。時間は、ギリギリセーフか。ほら、俺もやるから散らばった書類を集めろ」
兄貴がげんなりとした表情で、散らばった書類を拾い始める。これに関しては、俺が圧倒的に悪いので、俺も直ぐに書類を拾い始めた。
「……何だこれ?」
ふと、書類を拾い集めているときに、紐で括られた紙の束に目が止まる。
『世界征服計画書~この世界から悲劇を消し、この俺が頂きに上り詰めるまで~』
まるで小学生が考えたかのような、適当なタイトル。だが、無駄に凝ったデザインから、これを作成した人の真面目さが伺えた。
ちょっと中身が気になり、表紙を一枚めくろうとする。
だが、次の瞬間、その計画書は兄貴に奪われた。
「……見たのか?」
鬼気迫る表情で、兄貴が問いかけてくる。
「いや、中身は見てないけど……それ、兄貴のものなのか?」
「忘れろ」
目を大きく開け、兄貴がそう言った。だが、その表情からは焦りが感じられる。
俺は馬鹿ではない。兄貴の態度、表情、声色から全てを察した。
あー。なるほど。
やれやれ……。やはり兄貴もイヴィルダークという組織に所属している一人の男だったということか。
「分かったよ。このことは誰にも言わない。まあ、安心しろよ。そういうことを考えるのは兄貴だけじゃないからさ」
中二病という病には、男なら多くの人が一度はかかったことがあるだろう。兄貴はその病がまだ治っていないだけだ。俺だって、そういう経験はある。こういう時は、そっとしておくのが一番だ。
「なっ!? 俺以外にも、いる……だと? まさか、他の部隊長もか? いや、十分にその可能性はあり得る」
兄貴がぼそぼそと小声で何か喋っているが、そっとしておいて引き続き書類を集める。
「……これは、計画を見直す必要があるな」
完全に兄貴が自分の世界に入ってしまった。まあ、これは発作のようなものだからな。落ち着くまでは放っておくしかない。
だが、もう書類を拾い終わってしまった。仕方ないので、口元に手を当て真剣に何かを考えている兄貴に声を掛けることにした。
「兄貴。拾った書類は元の場所に戻していいのか?」
「あ、ああ。頼む」
指示に従い、書類を元の場所に積み上げる。
兄貴の方を向くと、考え事を再開していた。
「兄貴。連絡事項はいいのかよ? 任務にも行かなきゃだし、後にするか?」
「そ、そうだな……。少し、俺も考えなくてはいけないことが出来た。先に任務を済ませておいてくれ。ただし、今回お前に率いてもらうのはつい先日うちに入ってきた新人たちだ。どのような仕事かだけ伝えて、実践してやればそれで十分だ」
「了解」
「……いや、一つだけ先に聞きたいことがある」
兄貴の部屋を出ようとする俺に、声がかけられる。振り向き、兄貴の言葉を待つ。
「さっき、お前が言っていたことだが……お前も、そういうことを考えたことがあるのか?」
「まあな。俺の場合は、兄貴とは逆のことだけどな」
兄貴の表情が一瞬、固まった。
「やはり、そうか。とりあえず、早く行け」
何か、今日の兄貴は変だ。いや、中二病が部下にバレたら誰だって動揺しておかしくなるか。
とりあえず、さっさと任務を終わらせるとしよう。
***
「よーし、それじゃ街に行くぞー」
「「「アイ」」」
ぞろぞろと俺の後に続いて歩く新入りだという戦闘員たち。
「ところで、お前らって好きなものとかあるの?」
「「「……」」」
「そういや、この組織の基地にある像見た? あの像は、女神イリス様の像なんだけど、美しいと思わないか?」
「「「……」」」
「あー。もしかして緊張してる? そんなに気にしなくていいよ。俺も一年前にこの組織入ったばっかだし、気楽に会話していこうぜ」
「「「……」」」
気まずい!!
何だこいつら? 何で何も言わないの!? アイくらいは喋れるんじゃないのかよ! それに、さっきからこいつらの動き、機械みたいに統率されすぎてて怖いんだけど……。
仕方ないので、一人で延々とイリス様の素晴らしさを語ることにした。ウザイ上司と思われるかもしれないが、こいつらが反応してくれないのだから仕方ない。
イリス様の部隊だったら、もっと楽しく、遠足気分で任務も楽しめるんだけどなぁ。
土曜の街は人通りも多い。ならば、俺たちの様なおかしな集団は、当然、注目を集めてしまう。
だが、今回は注目を浴びずに済む。何故なら、俺以外の新人は、皆街に溶け込むために私服を着ているからだ。
顔にはマスクを付けているものの、フードを被ればそれも大して気にはならないだろう。
「よし。今日の任務だが、今日は人々から愛を奪うことが任務だ」
「「「アイ」」」
俺が背負っていたカバンの中から、トイレのつまりを解消するときに使う、ラバーカップのようなものを数本取り出す。
それを新人たちに一人ずつ手渡しする。
「多分、この組織に入った時に受けた研修で学んだと思うが、それを人間の身体に当てて、トイレのつまりを解消する時みたいに上下に動かすと、その人から何らかの愛が奪えるらしい。それで、適当に愛を奪ってきてくれ。ノルマとかはないから適当に頼むぞー」
「「「アイ!」」」
勢いよく返事をした新人たちは街へと走っていった。
こいつら、業務連絡にはちゃんと返事するんだよなぁ。俺、嫌われてるのかなぁ。
ため息をつきながら、俺も新人たちを追いかけることにした。
***
見失った。
まじでやらかした。あの新人たちを、完全に俺は見失ってしまった。
やばいやばい。監督責任が問われることになる。
とにかく、あいつらを早く見つけないと!
必死に街を駆け回る。裏路地や、マンホールの中を探すが、見つからない。
「くそ……。どこ行ったんだよ」
三十分くらい探しても見つからず、途方に暮れていると、二キロ程度離れたところから桃色と黄色と青色が混ざった光が見えた。
あの光は……まさか!!
ちくしょう! あいつら……!
自分たちばっかりイリス様の愛を受け取りやがって! 実は俺の話聞いて、イリス様に興味持ってたんだな!!
「俺も混ぜろおおお!!」
まだ間に合うと信じ、光の出所に向かって俺は走り出した。
***
光の出所についた俺の目の前には、幸せそうな表情で倒れている新人たちの姿があった。
あ、あいつら……。あんな幸せそうな表情しやがって! やっぱり、イリス様の愛の込めた一撃を受けに行ってたんだな! 羨ましい!!
「アーク!!」
ギリギリと歯ぎしりしながら新人たちを睨みつけていると、イリス様に話しかけられる。
フリフリ衣装を身に纏ったイリス様は今日も可愛かった。
だが、今日はただ可愛いだけではない。強い意志と覚悟をその瞳に宿しているように見える。
その姿は誰よりも気高く、美しい。さながら戦場を駆けるワルキューレのようだ。
「何ですか?」
「あなたが何でそっちに残ったのか、私には分からない。もしかすると、あなたは私のことなんて好きじゃなくなったのかもしれない。それでも、私はあなたと約束した。見捨てたりしないと。だから、あなたを助けるわ」
イリス様ははっきりと俺の目を見て、そう言った。
「私はあなたのことは詳しくは知らないけど、あなたが悪い人とは思えない。だから、サファイアと一緒にあなたを助けるよ」
「まあ、そうだよね! あなたのやったことは許せないけどさ、それでもやり直せないわけないと思う。だから、ここであなたを止める!!」
そして、イリス様の隣に桃色と黄色が並び立つ。
その様子に俺は感動していた。
イリス様にかけがえのない仲間が出来た……。それにイリス様があんなに熱い視線を俺に向けてくれるなんて……!
いや、でも待て。
俺がイリス様のことを好きじゃなくなった? そんなわけがないだろ!!
「一つだけ、訂正させてください。俺は、イリス様のことはずっと好きです。決して、この思いが失われることは無い」
「なら、尚更あなたをそっちにおいては置けないわ」
イリス様が俺に杖を向けてくる。
それに合わせて、イリス様の隣にいる二人も俺に杖を向けてくる。
かつてないほどにイリス様がグイグイ来ている。今まで、イリス様から積極的に来ることは無かったから新鮮だ。
これだけ好感度が高かったら、告白したら付き合えるんじゃないか? もう、わざわざ敵対する必要はないんじゃないか……?
うん! そうだ! そうに違いない! よし……! 言うぞ、言うぞ!!
「イリス様」
真剣な表情で、イリス様の顔を見る。イリス様に好きだという思いは何度も伝えてきた。だが、今回の告白はこれまでの返事を必要としていなかったものとは違う。
今回の告白で、俺はイリス様の思いを知ることが出来る。
心臓がバクバクと大きな音を立てる。
たった一言。その一言に、俺の思いの全てをのせる。
「俺と結婚してください」
僅かな静寂。その場にいる俺を含めた全員の時間が止まっているかのようだった。
え? 俺、何て言った?
「……な、な、何を言っているの!? こ、こんなところでバカなこと言わないで!」
顔を真っ赤にしたイリス様が大声をあげる。
し、しまった! 段階をすっ飛ばしすぎた! 普通、付き合ってくださいだろ! この大馬鹿野郎!
イリス様も顔を真っ赤にして怒っている。くそ! やっぱり、まだ早かったんだ!
大体、今思いだしたけどイリス様には思い人がいたんじゃないかよ!
「……忘れてください。さようなら」
イリス様の反応から失敗を悟った俺は、溢れ出る涙を抑え、その場から逃げるように立ち去った。
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