第九話
第九話 練習
練習即ち鍛錬がどれだけ大事なものであるかは言うまでもない。拙者も十勇士達も日々それこそ上野でも大坂でも高野山でも日々厳しい鍛錬を続けた。そうして己を心身共に鍛えていった。
その為にことを為せたと思っている、戦には敗れたがそれでも右大臣様をお救い出来た、そのことを思い返すと尚更鍛錬が大事だと思う。
それが為に拙者は阪神日本一の為にはまず練習だと考えた、そして坂本殿もこう言われた。
「よく練習するが合理的かつ的確で、ぜよ」
「怪我をしないことでござるな」
「そうぜよ、当然野球選手の練習をするぜよ」
それをすることだとも言われた。
「間違っても格闘家の練習なんてしないぜよ」
「そうでござるな」
「野球選手には野球選手の身体があるきに」
坂本殿は拙者に確かな声で言われた、これは拙者も全く同じ考えであるので大いに頷きつつそのうえで聞いた。
「そして格闘家には格闘家の身体があるぜよ」
「身体の使い方が全く違うでござる」
「そうぜよ、だから野球の練習をするぜよ」
このことは絶対だ、かつて巨人にいたスラッガーが格闘家の練習をして得意になっていた。力がついただの自分は強いだのとも言っていた。しかしである。
野球選手にパワーは必要でも格闘家のパワーではない、あくまで野球選手のパワーである。ベーブ=ルース殿は当時ホームランはシーズン十本程が精々だったのを六十本打っていた、これはルース殿に怪力があったのではない、バッティングの時の腰の回転が決め手であったのだ。
そして何よりも野球選手が格闘に強くて何の意味があろうか、野球選手は野球をプレイするものである、格闘技が強くとも何の意味もない。野球選手が空手や柔道、総合格闘技に強い必要性は存在しない。そして使う筋肉も全く違うのだ。
そんな練習をして野球をすれば身体を痛めることは必定である、事実このスラッガーは巨人時代随分怪我に悩まされた。何故周りはこんな訳のわからない練習を許しかつ持て囃したのか。愚行はその者だけがしていればいい、だが周りがそれを止めるどころか持て囃す様になっては滑稽な喜劇になってしまう。
拙者はその喜劇を知っている、その頃拙者はこの世界ではまだ生まれていないか赤子であったがよく知っている。そしてそれは坂本殿もであった。
「ピッチャー、キャッチャー、それぞれのポジションに合った練習をするぜよ」
「メニューを考えて」
「そうするぜよ、それとピッチャーは特にぜよ」
坂本殿は拙者のポジションであり野球の要とも言えるこのポジションの話をさらにされた。
「肩と肘に気を使ってぜよ」
「はい、ピッチャーの利き腕は精密機械でござる」
拙者もこう考えている、その細部まで全て使い投げる。そしてそのどの部分も怪我をしては駄目なのだ。
それでだ、拙者は坂本殿に言われた。
「だからでござる」
「ピッチャーの肩は消耗品、肘は陶器、爪はガラスぜよ」
兎に角壊れることが予想されるというのだ。
「だからぜよ」
「しっかりと考えてでござるな」
「そうしていくぜよ、ではぜよ」
「はい、お話していきましょう」
坂本殿と二人でそれぞれのポジションの練習を考えていった、ランニングやサーキットレーニングそれにストレッチも多く行い体力や基礎的な運動力を養い。
そしてそれぞれのポジションの練習も考えていった、拙者も坂本殿もまずそこから考えた。多くの練習を行いかつ怪我をしない。
そして選手の健康管理も考えた、坂本殿は言われた。
「トレーナーの人も多く契約するぜよ」
「そうして選手の疲れを取り」
「マッサージも念入りにぜよ、あと食事ぜよ」
こちらのこともお話された。
「それも大事ぜよ」
「はい、食事も確かなものでないと」
拙者もこのことはよくわかっているつもりだ、腹が減っては戦は出来ぬだがその食するものもしっかりとしたものでないと満足に戦えぬ、石田治部殿は関ケ原で敗れ逃れる時餓えて稲の茎だのを食され胃腸を壊したと聞くがあの慎重で聡明な石田殿がそうされるだろうかと今でも思っている。
だが食するものが大事なのは事実である、あの四百勝を達成した金田正一殿はとりわけ食に気を使っておられ独自の漢方薬を入れた鳥ガラスープを食されたと昔言われていたがこれはどうも参鶏湯であるとのことだ。
参鶏湯が滋養によいのは事実、そしてである。
スポーツ選手であるなら身体によいものをバランスよくかつ多く食さねばならない。金田殿はロッテの監督時代選手達にそうした食事を食べさせておられたし金田殿とはまた違うが広岡達郎殿はヤクルトや西武の監督時代管理野球の一環として食事に非常に厳しい制限を加えておられた。
白米は駄目、肉は駄目、炭酸飲料やガムは駄目、小魚に野菜そして豆乳を中心とした食事が広岡殿の野球での食事だった、拙者は白米を食してもよいと考えているし肉や菓子も然りだ。炭酸飲料も常でないならよい。食にあれこれ厳しく言う考えではないがそれでも食するものが大事なのは事実である。
拙者は坂本殿と食についてもあれこれと話した、肉に魚介類、野菜に果物をバランスよくかつ多く食しそのうえで酒は程々を勧めかつ煙草も戒めた、そして飲みものも豆乳や牛乳、野菜や果物のジュースそれにスポーツドリンクを多く練習や試合の時にも飲む様にした。水分補給は絶対に忘れてはならぬがどうで飲むのなら身体にいいものと考えてのことだ。
まだ入団会見が終わってすぐだ、しかし拙者はもう動いていた。
阪神タイガースを強くする、ただ強くするだけでなく日本一にしそしてあの思うだけでもおぞましい昭和四十年代の巨人の九連覇という日本のスポーツの歴史における絶対の暗黒時代なぞ何があっても起こらない様に。
それがし西宮神宮に晴明神社、住吉大社、四天王寺だけでなく奈良に京の寺社だけでなく天理市の天理教の神殿にも参って誓った、今は神仏なぞ信じない者も多いという。だが拙者は違う。
前世では幾多の戦を潜り抜け数えきれないだけの死地を十勇士達と共に潜り抜けてきた、それは決して拙者達だけの力で出来ることではなかった。
そのことからも考えて拙者は思った。
それぞれの神仏に祈る、そのうえで拙者達も死力を尽くす、それが最善であるとの結論を出してだ。
秋そして冬のキャンプに入った、拙者達の日本一への動きはもうはじまっていた。
第九話 完
2021・5・9
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