第七話

               第七話  監督就任

 場がざわめいた、いや甲子園全体が轟いた。幾万もの落雷が一度に落ちたかの如くであった。

 拙者は今坂本殿、昨日まで監督もされておられたという方から直々に阪神の監督就任を告げられた。誰もが驚かぬ筈がない。甲子園に宿る幾万もの阪神それに高校野球だけでなく野球そのものを守護する幾万もの英霊達はおろか聖地甲子園球場ですらも。

 大きく揺れ動いた、それは拙者も同じであった。

 拙者は驚きのあまり言葉を失っていた、だがそれでも必死に言葉を出して坂本殿に問うた。

「拙者がでござるか」

「そうぜよ、おまんは監督そしてゼネラルマネージャーぜよ、勿論主将も選手会長もやってもらうぜよ」

「まさに総大将でござるか」

「ここにおるモンの中で総大将に一番相応しいのはおまんぜよ!」

 拙者の右肩、投げる方ではない方の肩をぽんぽんと叩いて言われた。

「大坂の陣の活躍それに上田城での戦でも立派だったぜよ、おまんこそは総大将に相応しいぜよ」

「どちらの戦でも総大将ではありませんでした」

 大坂の陣では総大将は右大臣様であられた、そしてもっと言えばあの戦では今は淀殿と言われるお袋様が随分お力が強かった。上田では父上がおられた。どの戦でも拙者が総大将であったことは一度もない。

 それで拙者もこのことは断った。

「拙者は総大将の器ではあり申さぬ」

「いや、大坂の陣でおまんが総大将ならあの戦は全く違っていたぜよ」

「龍馬の言う通りだ」

 少し顎が大きいが整った顔立ちで長身で引き締まった身体つきの人も言われた。武市半平太幕末の志士のお一人で坂本殿とは幼い頃からお付き合いのあった方だ。この方も現代日本に転生されて阪神に所属しておられる。昨年は貴重な中継ぎエースであられた。

「真田殿、おまんこそがだ」

「阪神の監督に相応しいでござるか」

「拙者もそう思う」

 こう拙者に言われた。

「だから引き受けてくれるか」

「阪神の監督を。ルーキーにして」

「監督に必要なのはそれが務まる力量だ」

 武市殿は言い切られた。

「そして真田殿は一代の名将、その采配も使って阪神を日本一に導いて欲しい」

「わしもそう思うぜよ」

 強い眉に眦決した方は長曾我部盛周殿だ、この方はかつて一国の主であられたがその方も拙者に言われた。

「真田殿こそが阪神の監督に一番相応しいぜよ」

「この中で、でござるか」

「大坂の陣でのお主の知略と武略は歴史に残っちょる」

 現代に転生してこのことを知った、何と拙者は天下一の武士とまで言われ戦国の幕を下ろしたとも言われている。拙者の様な無為無学無才の者に何と勿体ない評か。

 拙者はあの戦では破れた、冬の陣では和したがその後で大坂城は外堀どころか内堀まで埋められ本丸以外はなくなった。天下の城と言われた大坂城もそうなっては何の守りもない。拙者は堀を埋めるなぞ外堀だけでも有り得ぬと思った、そして大御所殿が何としても大坂を欲しいと考えているのはわかったので右大臣様を大坂から出す為にそうしたことをすると思っていた。

 だがお袋様はそうは思われずあの様になった、その後夏の陣になるまで大坂の強者達の荒み様は今思い出しても嫌になる。そして多くの者が去った。

 夏の陣では最後敗れた、そしてすんでのところで逃れることが出来拙者は十勇士それに長曾我部殿と共に右大臣様をお守りして薩摩まで逃れた、後で大和の宇陀まで逃れていた後藤殿も来られた。大御所殿をあと一歩で追い詰めたのは事実、だがこの戦でも拙者は敗れた。

 拙者は敗軍の将、その拙者にこう言って頂けるとは感無量、事実拙者は涙が止まらなかった。それで坂本殿に感涙しつつ言わせてもらった。

「そこまで言われますか」

「事実だからのう」

「そしてその拙者の采配がですか」

「阪神を日本一にしてくれるぜよ」

 まさにというのだ。

「だからぜよ」

「拙者を阪神の監督に」

 ルーキーとなる拙者にというのだ。

「そう言われますか」

「引き受けてくれるか」

 坂本殿は拙者の目を見て問われた。

「あらためて聞くが」

「真田殿しかおらん」 

 四角い顔に太い眉、豪快そうな顔立ちの中背の方が言われた。後藤象二郎殿だ、阪神投手陣にこの人ありと言われた御仁だ。破れ風呂敷という仇名らしいが現代世界でも金使いが荒いと噂になっている。

「わしもそう思うきに」

「後藤殿もそう言われますか」

「おまん以上の名将は本朝の歴史で何人もおらん」

 我が国の長い歴史の中でもというのだ。

「そしてこの中ではおまんが一番ぜよ」

「お歴々の中で」

「そうぜよ、中日には織田三郎様がおられる」 

 あの戦国の覇者であられる方だ、中日のエースナンバー二十を背負われ監督を兼任されその下には織田家を支えた知将猛将が揃っている。

「そして広島もぜよ」

「毛利朝臣殿が監督であられ」

「その下に長州藩のモンが揃っちょる」

「久坂殿、高杉殿、木戸殿と」

「他にも人が揃っちょってのう」

「強いですな」

 このチームにしてもだ。

「ヤクルトは大御所殿と三河以来のお歴々」

「おまんにとってはかつての敵じゃのう」

「はい、もう遺恨はありませぬが」

 それでもかつては敵同士であったことは事実だ、真田家が上田にあり徳川家が駿府にいた時から幾度の戦があった。

 しかしそれも昔のこと、四百年以上前のしかも前世でのこと。拙者も大御所殿もそれで遺恨がある筈もなかった。幕府もとうの昔にない。

 そしてその幕府については。

「幕末の幕府のお歴々は横浜で」

「小田原の北条家と一緒になってるぜよ」

「そうでござるな」

「どのチームも強いぜよ、そしてセリーグを勝ってものう」

「パリーグ特にソフトバンクでござるな」

「あのチームに勝たないかんぜよ」 

 日本一になる為にはだ、今のソフトバンクはというと。

 恐ろしいまでの人材が揃っている、フロントや監督だけでなく。

 ホームラン六十本打率四割打点百六十点の不動の四番にして日本球界最高のキャッチャーとなられている西郷吉之助殿を筆頭に大久保一藏殿、大山殿、黒田殿、松方殿、それに佐賀の江藤殿や大隈殿もおられる。攻守走だけでなく肩も揃った野手陣に絶対のエース杉浦忠殿の再来と言うしかない大久保殿を筆頭に盤石と言ってもまだ足りない投手陣がある。これだけ強いチームはこれまで世界の野球チームにあったであろうか。

 そのソフトバンクにも勝たねばならない、だからこそと坂本殿は拙者に言われた。

「おまんの知略と武略も使って阪神を日本一にするぜよ」

「そうですか、では」

「監督引き受けてくれるのう」

「承知したでござる」

 拙者はここで阪神の監督就任を受諾した。入団と共に監督にも就任する前代未聞の事態となった。

 だが選手もスタッフの人達もそんな拙者を万雷の拍手で迎えてくれた。拙者はここでまた感極まって泣いた。

「拙者の様な者にこれ程のことを」

「おまんだからぜよ、そしてこれで阪神の日本一に必要なモンは揃った」

 坂本殿は拙者に明るく暖かい笑みで応えつつ言われた。

「阪神の夜明けは近いぜよ!」 

 こう言われた、拙者は今阪神タイガースの選手兼監督としてプロ野球人生をはじめたのだった。



第七話   完



                 2021・5・2

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