Prologue7

 手足を拘束され、椅子に座らされて国王と二人きりで対面。


 どんな人生を送っていても到底叶えることのできないこの状況に喜びは一切ない。


 ピリッとした空気が部屋のなかを流れていく。


「先に、話とはいったが、なにも会話をするわけではない。敢えて言おう。ここから先、君に拒否権はないと」


「脅し、ですか?」


「そう捉えるのが普通だろうな。もしくは圧力だとか」


 最低だ。もちろん良心を持っている反面、国のトップに立つ素質として悪の一面も兼ね備えるべきだとは思うし、そうでないと自国を守れなくなることは理解している。


 だけど、その対象が国内の、一切の悪に手を染めていない学生ならば話しは違う。それを見せる必要性がないからだ。


 とはいえ、僕には拒否権がないらしい。言われなくてもわかっていたことではある。

 そもそもリリアさんがあちら側にいる時点でそれは頭に思い浮かんでいたんだ。


「僕には最低でも3人。多く見積もって41人の人質がいるんですね」


「理解が早いのは素晴らしい。どうやら私の目標には明るい展望が待っているみたいだ。では、本題に移ろうか」


 感情を切り捨てられたような対応に怒りがわき、拳に力が入る。爪が食い込んで痛いということさえも感情が飲み込み、塗り替える。


 拘束魔法は上位魔法だ。到底僕には解除することが出来ない。もし可能だったとして、直ぐさま王族への暴行で極刑に処されることになるだろうからむしろこの状態でよかった。


「君は私の名前を知っているだろう?」


 僕の溢れ出る感情を意に介さず国王は話を続ける。


「ディード・ライオネス様、です」


「そうだ。国民であれば知っていることが義務になる名だ。そして、代々守り続けてきたこの座を継がせることを人生の使命として賜って生まれてきた者の名だ」


 歴史ある血筋。これが持つ重みは計り知れない。特に僕のような武器商人の息子なんかでは。


 ただその名を引き継ぐことへの意志はよく分かる。僕も名を守ることを放棄しても良いとされたとはいえ、大いに悩んだ。その歴史に終止符を打って良いものかと。


 しかしながら、それと僕にどんな関係性があるというのだろうか。


「もちろん、私にも愛する妻がいた」


「……そう、でしたね」


 そうだ、あまりに早く展開していくものであまり考える時間がないせいか忘れていた。15年前、王妃が持病の悪化により亡くなられたということを。


 思えばそれ以降、国王が再度妻帯者になったという知らせを聞いたことがない。つまり、現状は独り身ということ。


 そしてもうひとつ、国王と王妃の間に新たな生命が授けられたという話も一度も耳にしたことがない。


「その顔、思い出したようだな。では、なぜ君がこうして身体の自由を奪われた状態で捕らえられ、この話を聞かされているのか。わかるな?」


 それは考え得る限り最悪に近い可能性。ただの一般人である僕にはあまりに過酷な道程を歩むことは必至。


 それでも相対する国王の表情は変わらない。深刻な話であると察せられるのに、情に訴えかけてくるようなことをせず、毅然とした態度でいる。


「僕がその名を引き継ぐ候補の一人になると?」


 こんな状況でない限り、誰しもが鼻で笑う文言のような台詞だ。


 僕だってそうしていると思う。でもことこの場においては、その可能性が大いに孕まれている。


「すこし、違うな」


 国王の目つきが変わった。鋭く僕を突き刺すように、あるいは甘いと叱るように。


「候補、ではない。それだと君に権利が生まれてしまう。言っただろう? 君に拒否する権利はないと」


「……確定事項ということですか?」


 どうやら当たりらしい。国王が合格点だと初めて口角を上げた。しかし、僕にとってなにも嬉しいことではない。


 それに疑問が生まれてくる。


「でも、どうして僕が? 先祖の賜物をこういうのは気が引けますが、決して華やかな家系ではありません。それこそ王家の遠戚でもリリアさんのような関係の深い名家でもない。正真正銘一般人です」


「そんなものに拘る必要はないのだ。この世の中には作り出せるものとそうでないものがある。どちらが貴重であるかは明白だろう。そして、君は後者を備えている二人目の人間なのだよ」


 それはつまり――


「勇者の素質があるからだと?」


 僕の夢。憧れの人を追いかけ、求めていたもの。両親、エリエスタの村長ヴァンヘルムさんに協力してもらってずっと掲げていた目標に僕はなれた。


 そう、はずだったわけだ。


「加えて言えば、先輩であるフェルナードくんは女性だ。子息のいない私には適していない。それに、そもそも彼女の性格や思考傾向はあまりに――」


「…………ふざけるな」


 俯いて呟く。


 なんだろう、この感覚。


 胸の奥からどろっとした黒いものが溢れ出てくる。感情の昂りはないのに、八つ当たりのように憎悪がまき散らされていく不思議な感覚。


 パンドラの箱が開けられたような……。


 そうだ、こいつさえいなければ、僕は勇者になれた。


「どうした? 話はまだ終わっていないぞ」


 手足が縛られているから、武器を持っていないから安全だと油断して僕の違和感に動揺を見せない。


 でも、もう68歳の老体。動体視力も反射神経も衰えている。それに身体の肉も確実に脆くなっている。


 それなら僕の歯で十分だ。話をするために口枷を外したのが間違いだった。


 僕だけの人生じゃない。多くの温もりと期待を受け、作りあげられてきたものを権力で簡単に壊そうだなんて許されていいわけがないんだ。


 黒いなにかが心を覆い隠した実感と共に、僕は立ち上がっていた。

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