逃亡勇者と採掘魔王

Wkumo

街道にて

 道を掘っている人がいた。

「えっさかほいさ」

「何を掘っているのですか」

「えっさかほいさ」

「何を」

「教えてほしいですか?」

 問われたので、私は考える。

 よく考える。

 そして、

「いえ、そんなには」

 と答える。

「えっさかほいさ」

 掘っている人は作業を続ける。が、

「やっぱり教えてほしいです」

 と私は言った。

「ちょっとね、魔王の欠片をね」

「……それは反逆ではないですか?」

 思わず、言う。

 おやおや、と相手。

 私は続ける。

「魔王の欠片など、許されてはいないでしょう」

 反逆。紛れもない反逆である。

 魔王は許されない。

 魔王とは罪である。

 この世界を■に変えた、許されざる存在。

「許されなくても掘りますよ」

「なぜですか」

「私自身が魔王だから、と言ったら信じますか?」

「……そんな」

 私は改めて、掘る人を見る。

 平民の服を着ている。

 とても魔王には見えない。

「馬鹿にしないでください。あなたは魔王ではないでしょう」

「馬鹿になどしていませんよ」

 掘る人は、掘る作業を続ける。

「私が魔王だったら、君、どうします?」

「どうするって……」

「勇者でしょうに」

「なぜ、それを」

 隠していたのに。

「見ればわかりますよ。顔に書いてありますから」

「えっどこに」

 私は顔を触る。

「その顔じゃないですよ」

「驚かさないでください」

「あなた、本当にわからないんですか?」

 そのとき、掘る人のスコップがかちん、という音をたてた。

「おや」

「あの」

 穴の中に紫色の石が見えたような気がして、次の瞬間、

「うわっ」

 突風が吹いて、掘る人はいなくなっていた。

「行ってしまった……」

 私は空を見上げる。

 青い。

 また会えますよ、と聞こえた気がした。

 別に私はまた会いたくはないのだけれども。

 風はまだ、冷たい。



 歩いていた。逃げていた。

 何から?

 「役目」から。

 何の役目から?

 勇者の役目。

 勇者は世界を守らねばならない。

 勇者は秩序を守らねばならない。

 勇者は魔王を倒さねばならない。

 それら全て、何もかもが嫌になって、俺……いや、私は、勇者を辞めた。

 辞めた、と言っても一人で勝手に辞めるわけにはいかない。選ばれてしまった以上は。証もあるし。

 なので逃げている。旅を放棄し、何を為すでもなく当てのない放浪。

『勇者でしょうに』

 あの人は本当に魔王だったのだろうか。

 あの紫色の欠片は何だったのだろうか。

 あの人の言うことが本当だったとしたら、私はどうすればいいんだ?

 どうにもできない。

 するつもりもない。

 ただ放浪を続けるだけ。

 世界がどうなろうと構わないし。

 本当に?

「えっさかほいさ」

 声が聞こえる。

「えっさかほいさ」

「あなたは……」

「また会いましたね、勇者くん」

「自称魔王の人……」

「魔王ですよ」

「また嘘を吐く」

「嘘じゃないんですけどねぇ」

「あなたは結局宝石を掘っていたのですか?」

「ちっちっち」

 自称魔王の人はスコップから手を放し、指を振る。

「宝石は地面からは出てきませんよ、出てくるのは原石です」

「そんなことは聞いていないのですが」

「私が掘っているのは魔王の欠片ですと申し上げたでしょう」

「反逆ですよ」

「それでも掘るとも申し上げました」

「ねえ、魔王の欠片なんかじゃないんでしょう」

「そうかもしれない、そうじゃないかもしれない」

「煙に巻きますね」

「煙に巻くのが好きなんです、魔王だから」

「また、嘘を」

「えっさかほいさ」

 自称魔王の人は掘り続ける。

 土が積み上がる。

「私が石とかを探しているとしたら、原石なんてものはこんな被りの土からは出てこないんですよ」

「はあ」

「出てくるとしたら、誰かが埋めたもの……そう、魔王の欠片」

「なんで私に納得させようとするんですか?」

「それ、君、その一人称ですよ」

「はい?」

「あなた、まだ勇者を辞めてはいないでしょう」

「……」

「逃げたいならば逃げればよろしい。その間に私は欠片を全て掘り出してしまいますよ」

 かちん、と音がする。

 紫色の欠片。

「おや」

「……あの……」

 突風が吹く。

『大丈夫、また会えますから』

 言い残して。

 私は別に会いたくはないのに。

 風はまだ、冷たい。



 『勇者様!』

 歓声は重荷に。

 『勇者様!』

 期待は毒に。

 俺……いや、私は、役目から逃げた。

 運命なんて知らない。

 もしそんなものが本当にあるとしたら、私は最初からこうなる運命だった。逃亡し、当てのない旅を続けてそして弱って、死ぬ。

 何も為さずに。

 それでもいい。

 あの役目と向かい合うくらいなら、何も為さずに死んだ方がずっと。

 だから逃げる、でも、

『あなた、まだ勇者を辞めてはいないのでしょう』

 俺……いや、私。

 正してしまう一人称が、己を物語る。

 逃げられない?

 わからない。

 私はあの人を、倒さなければいけないのだろうか。

 ……嘘に決まっている。

 魔王があんなところにいるはずがないのだから。

「……えっさかほいさ」

 声が聞こえる。

「あの」

「やあ、勇者くん」

「自称魔王の人……」

「魔王ですよ」

「嘘だって……」

「今探しているものが見つかれば、欠片も三つ目です」

「そんな毎回見つかるとは限らないでしょう」

「見つかりますよ」

「なんでですか」

「わかるんです」

「非科学的ですね」

「現時点での科学で全てがわかるとは限りませんからね」

「まあそうではありますが」

「勇者は魔法、神の使徒でしょう」

「そう……ですが、私は勇者じゃありません」

「でも、辞めてはいないのでしょう」

「……」

「えっさかほいさ」

 自称魔王の人は掘り続ける。

 勇者。

 辞めてはいない。

 だって辞められない。選ばれた以上は降りられない、それは「許されていない」から。

「えっさかほいさ、えっさかほいさ」

 私が本当に勇者を辞めるとき、それは死ぬときだ。

 死以外に救われる道はない。

 ……救われる道?

 俺は救われたがっているのか?

 俺、?

 かちん。

「おや、ありましたね」

 紫色の欠片。

「あの……」

 突風が吹く。

『次で最後ですよ、勇者くん』

 私はもう会うつもりもないのに。

 空は青く、風は……

 まだ冷たい。



 私は焦っていた。

 何を?

 焦ることなどない、追っ手だっていないのに。

 勇者の役目から逃げるかどうかは勝手だ、辞めさえしなければそれは一生続く。

 辞めさえしなければ戻る、と思われているだろうことも事実で。

 神は見ている……私の全てを。

 だから逃げられない、これは逃亡にすら入っていない。

 わかっている、ただの茶番。逃げているふりをしているだけ、ごっこ遊び。

 責任を少しでも軽く見せかけるための演技にすぎない。

 そう、私は勇者をちっとも辞められてはいないのだから。

 神の使徒。

 選ばれし者。

 天におわせし神の、その代行者。

 勇者は光、勇者は聖なり。

 勇者の行く手に栄光あれ。

 私は逃げられない。

 例え私が■■であったとしても。

「やあ、勇者くん」

「……自称魔王の人」

「まだそんなことを言っているのですか」

「言うでしょう、そりゃあ」

「私がここにいるということは、君、もう逃げられないのですよ」

「何からですか」

「役目から」

「私は役目を果たしません、逃げているんです。そう言ったでしょう」

「だが、神は見ているのでしょう」

「……」

「君もそれは知っているはず」

「…………」

「ここで私と統合するか、自らを殺して役目を果たすか……どちらにします? 私は別にどちらでもいいですよ」

「……魔王の人」

「ようやく認めてくれましたか」

「私は逃げたい」

「おや」

「向き合うわけにはいかないんです」

「それは不都合だからですか?」

「それもありますが、私はあなたと戦いたくない」

「奇遇ですね、私も君とは戦いたくないんです」

「……それなら、」

「ええ、手を組んでもいいですよ」

「……」

「神の起源を探りに行く。あなた、それがしたいんでしょう」

「私は逃げますよ」

「わかっておりますとも。ですがあなたはそれが……」

「逃げるんです、一緒に。他のことは後回しです」

「……じゃあこれはわけっこですね」

 魔王の人が紫色の欠片を一つ出し、渡してくる。

「それであなたも力が戻るはず」

 俺はそれを取り込んだ。

 風が吹く。

 温度のない風。

 神を。

 その支配を。

「行きましょう」

 と言ったのは俺だったのか、魔王の人だったのか。

 答えを知る者はいない。

 なぜならそれはまだ、これからのことだからだ。

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