第3話 師匠の教え 魔術の理解

 「アライ君。先程の攻撃力強化の呪文、その仕組みは分かって使ってるのかしら?」


「仕組み……? 唱えれば攻撃力が20パーセント上昇する……そういうものだと教わりました」


「なるほど……そう教えた指導者からの言葉は、全て忘れて。きっと何の意味も為さないから。……一概に攻撃力強化と言っても、その定義は様々なのよ」


「……と、言いますと……?」


「私の持つ武器の硬さ、鋭さ、重さ。そして私自身の筋力、武器を振るう速度、踏み込み、身体の軸……ありとあらゆる要素が『攻撃力』に繋がるの。まずは、それを理解する事よ。そうすれば、『決められた魔力の中で、どこを強化すれば最も効率よく威力が上がるか』が導き出せる……今から私の戦いを見ながらやってみて頂戴。ま、気を楽にして、落ち着いて……ね♪」


 そう言って師匠はゴブリンまで距離を詰めて戦い始めた。鍔迫り合いにより火花が散る。

 ……まずは、師匠の動きを……その全てを見る事……。


 ……! よし、強化する場所は……決まった……!僕は集中しながら、詠唱を開始した。


「【攻撃強化】!」


 唱えた直後に放った師匠の袈裟斬りはゴブリンの武器を砕き、鎧ごと身体を一刀両断する。


「……素晴らしいわ」

(最初のアドバイスだけで、攻撃力20パーセント上昇を120パーセントにまで上げるなんて……センスの塊ね)


 師匠は、何か呟いた後に笑顔で駆け寄ってきた。


「アライ君、よく出来ました〜♪ 大好きよ〜! ナデナデしましょうね〜!」


 僕を抱きしめて、撫でる師匠。僕の顔は柔らかくて巨大なモノに包まれている……!


「あ、ありあほうごふぁいます!///」


 頑張って良かった、本当に良かった。これからも頑張ろう……!

 

「あとは、術に対して消費魔力を調整して威力の増減が出来るコントロールまで出来ると基礎は完璧ね〜! とにかく練習あるのみよ! 魔力も増えて一石二鳥だし♪」


 魔力も増える……?!その言葉に僕は顔を上げた。


「ち、ちょっと待ってください! 訓練すれば魔力は上がるんですか?!」


「何言ってるの、当たり前じゃない。立派な魔術士になるには『努力と研鑽けんさんの積み重ね』が最も大事なのよ?」


「養成所で教わった……いや、それ以前の世界の常識として〝『女神の加護』以外で魔力が上昇する事は有り得ない〟とされているんですが……」


「なんだか訳の分からない常識が広まってるのね。その『女神の加護』って何?」


 師匠は首を傾げて訝しむ……抱き寄せ幸せタイムが終わってしまった……。


「養成所で卒業時に貰える能力補正の事ですよ。成績の良し悪しによってランクが決められて、最大のSランクにもなるとその場で宮廷魔術士級の強さになるとか……。僕は最低のEランクで補正は雀の涙ですけど……」


 ……師匠、『女神の加護』を知らないって……本当は何歳なんだろう。養成所って、かなり昔から有る筈だけど……。いや、女性に歳を聞くのは失礼だ。そこは触れないでおこう。


 師匠は何やら考え事を始めた。


(……アライ君の指導者を想像する限り、その養成所とやらはマトモな育成を目的とした場所では無いわね。おそらく『女神の加護』とやらを付けたいが為の偽装機関ってところかしら。……そして実行者は……)


「女神……。相変わらず、しょうもない女ね」


「えっ? 師匠、今なんて……」


 その発言に耳を疑っていると……師匠は僕の額にトン。と指を置いた。


「【リミッター解錠】」


 パリン。と何かが割れる音が脳内に響く。そして、僕の身体から『女神の加護』が消えるのを感じた。


「あっ……! 女神の加護がっ……!」


 微小では有るが、僕の全ての能力が下がる。


「ごめんなさい、アライ君。これはキミの成長の為に必要な事なの。『女神の加護』なんて、名ばかり。……これは人の限界を抑える『枷』でしか無いの」


「枷……? な、なんの為に、そんな……」


「人が神の力を超えない様に……よ。最優先は魔力の固定化……他の能力だって限界が来れば、それ以上は上がらない様にされてる。最初の能力補正は『枷』の正体を隠す為の隠蓑に過ぎないって事ね」


 僕は師匠が語る内容に驚愕し、沈黙するしかなかった。


「……今までの常識を覆されて、信じられない気持ちも分かるわ。私を信じて、特訓を続けるかどうかはキミ次第よ」


「……僕は……目に見えない仮初の女神よりも、目の前にいるムチムチの女神を信じようと思います」


「ありがとう、アライ君。……でもムチムチは余計よ」


 しまった……!衝撃の事実に驚く余りに、口が滑っちゃった……!師匠、顔は笑顔だけど目は笑ってない。


「罰として、今から筋トレ鬼セットを行うわよ。ハイ! 地面に手をつけて、腕立て伏せ用意!」


「は、はいっ!」


 師匠に言われるまま、腕立て伏せを開始して数分……い、いつまで続くんだ……キ、キツイ。


「し、師匠! 魔術士が身体を鍛える意味はあるんですかっ……!?」


「んん〜、接近されたらオシマイの魔術士は三流。一人前の魔術士は近づいた相手を拳でKOできるくらいパワフルじゃないとね〜」


「そ、それは、もう魔術士では無いのでは……?!」


「口答えしな〜い! さぁ、あと10回でラスト……よっ!」


 師匠の、お尻が僕の背中にのしかかる。


「うぉおっ?!」


「私って、ムチムチだから重いでしょ? どう?」


「も、もう言いません! 言いませんから許してください〜!!」


 ──師匠の飴と鞭を使い分けた特訓は続けられ、僕も期待に応えるべく奮起した。道中の師匠の教えは目から鱗のモノばかりだった──……


 ……──「アライ君、詠唱するのを辞めてみましょうか。詠唱による恩恵は大気中の『精霊元素』に呼びかける事で発動及び術の性能向上に繋がるというもの……精霊元素を利用しないキミの術は詠唱のメリットが無いわ」


「なるほど……! でも、術の発動はどうやって……」


「〝指を使う〟のよ。指の動きをパターン化して術式を構成するやり方……〝印を結ぶ〟発動式ね。遥か東では割と一般的な発動の仕方なの。これをマスターすれば発動は詠唱よりも早く、敵に悟られずに術を行使できるというメリットがあるわ」


「印を結ぶ……。分かりました! 下山までにモノにしてみせます!」



 ……──「さぁ、アライ君……魔力がスッカラカンになるまで術を使い切ったわね」


「はぁ……はぁ……! 使い切ったのは初めてです……」


 僕は補助魔法の対象を師匠だけで無く、山の中のあらゆる物に使っていった。


「人や装備だけでなく万物を理解する事が技術を向上させる近道になるの。その疲れ切った感覚も魔力を底上げする訓練の一環よ」


「りょ、了解です……!」


「疲れ切ったアライ君に、良いものをあげるわ。ちょっと待っててね」


 そう言って師匠は自生している植物を集めてきた。


「これを纏めて……【薬品精製】っと。ハイ、特製ドリンクよっ♪ グイッと飲んじゃって♪」


 不気味な色の液体が入った瓶を渡される……凄く不味そうだ。……でも師匠の笑顔を無下には出来ない。僕は受け取ったドリンクを一気飲みした。


「ゔっ……!!」


 ま、不味いっ! 不味すぎる!!


「良薬、口に苦しよ♪ ガンバッテ!」


「ゔぐっ……ゴクッ……! ぶはっ……! よ、余裕っすよ……」


 下層で食ったモノや、ザッカス達に飲まされた悪酒に耐えた僕じゃなきゃ死んでたね……ってくらい不味かった。……けど、身体から力が湧き上がってくるぞ!


「す、凄いっ! なんか魔力や体力が全回復したみたいです! ……師匠も1杯どうですか?」


「私〜苦いのダメなの〜♡」


 ぶりっ子みたいな仕草で拒否する師匠。……歳によっては、若干痛々しいぞ……。


「……アライ君。今、若干痛々しいなとか思った?」


「お、お、思ってましぇん!!」


 急に真顔になる師匠……。心読まないでください、怖すぎます……。



 ……──こうして『魔術の基礎』、『枯渇と再生による魔力向上』、『地獄の体力トレーニング』を、みっちりねっとり叩き込まれた僕は此処に来る前とは比較にならないほど成長していた。

 そして、寄り道すること5日目……ようやく峠を越えて山の出口近くまで辿り着こうとしていた。


「師匠、あそこを越えれば街道に出ますよ!」


「……アライ君、よく頑張ったわね……お陰で成長の基礎土台は完璧に仕上がった筈よ。キミの才能と努力は、これから先……絶対に無駄にはならない。……最後にアドバイスをあげるわ」


 僕は立ち止まって師匠の目を、じっと見た。


「魔法ってのは武術よりも、使う者の精神が大きく作用するの。特にキミの補助魔法は、ポジティブな精神を持った方が効果的よ……例えるなら〝誰かの為に〟っていう強い気持ちが……」


 師匠は、急に話を止めた……。


「アライ君、危ないっ!」


 ズダァン!!


 師匠は僕を抱きかかえ跳躍した……! 上空から飛来してきた『何か』から助けてくれたのだ。


 舞い上がる砂塵を掻き消しながら、その『何か』は咆哮した。


「グォオォオッ!!」


 倒したはずのマンティコアが、僕達の前に再び立ち塞がる……!






 


 

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