第36話公爵令嬢と魂の叫び②
「ビアンカ…、本当に?」
アビゲイルが信じられないというように目を見開いて、ビアンカを見つめる。
そんな二人の様子を、私はビアンカの目を通して見ることができた。
「アビゲイル、独りにしてごめんね。」
ビアンカは涙を溢しながら、アビゲイルの頬を両手で包み込む。
「これまで、ずっと一緒にいたの。これからも、ずっと一緒にいたかった。
だけど、もう時間がないから…。ティアリーゼに協力してもらうしかなかった。」
「…い、やだ。嫌だ、ビアンカ!また俺を置いて逝くのか?」
アビゲイルが声を震わせてビアンカにすがり付く。
その様子が、二人がビアンカの死で別たれた時のことと重なって、胸が締め付けられる。
「アビゲイル、もう昔に囚われては駄目。
もう、復讐なんて考えないで。」
「…嫌だ。ビアンカのいない世界なんて、帝国もろとも滅びればいいんだ…。」
どろりとしたほの暗い瞳の中に狂気を滲ませて、アビゲイルが言う。
ビアンカはその瞳を見つめて、くしゃりと顔を歪めた。
「傲慢だと思うかもしれないけど、私は、あなたに生きてほしい。
暗闇ではなく、光の中で…。
私の分まで生きて、幸せになってもらいたい。」
お願いよ、と泣きながらビアンカは自分の額とアビゲイルの額を合わせる。
ビアンカのその様に、アビゲイルはハッとしたように目を見開くと、何かを堪えるように眉間に皺を寄せ、ぐっと唇を引き結んだ。
「ティアリーゼが、#そう__・・__#なんだな。」
アビゲイルの言葉にビアンカが頷く。
そうか、と一言呟くと、アビゲイルはビアンカを力強く抱き締めた。
「今まで一緒に居てくれてありがとう。それから、心配掛けてごめん。」
ビアンカの目から新しく涙が溢れる。
「ーーー…もう、俺は大丈夫だ。安心して逝け。」
「約束よ、幸せになってね。」
お兄様、と恥ずかしそうにビアンカが呟くと同時に、淡い金色の光がビアンカの周りを照らし出す。
徐々に強くなる光の中で、私の意識が引っ張られていく。
『ありがとう、ティアリーゼ。
また、いつかーーー…』
ビアンカの声が遠くなる。
ふと目を開けて、天上を見上げる。
ビアンカの無垢な笑顔が浮かんで消えた。
すっかり元に戻った髪色が、目に入る。恐らく瞳の色も戻っているに違いない。
そのことが、ビアンカがもう天上に渡ってしまったことを証明するようで、ホッとしつつも、どこか寂しい。
「また、いつか…。」
ビアンカが最後に呟いた言葉を、私も繰り返す。
「あいつのあの笑顔、今まで忘れてた。
バカだな俺、あいつがこんなこと望まないなんて、分かってたはずなのに。
あいつを言い訳に、ただ逃げてただけなんだ。悲しみから、責務から…、そして、生きることからも。」
隣で、アビゲイルが天上を見上げたまま泣き笑いのように呟く。
「これからやり直せばいいのよ。そのために、ビアンカは頑張ったんだから。」
「…そうだな。」
私の言葉に、アビゲイルが吹っ切れたように笑って頷く。
それを眩しく見つめながら、周りの光が落ち着き始め、徐々に周囲の人々の姿が見え始めたのを確認すると、私はアルフレッドの姿を探す。
強ばった表情のアルフレッドが、お兄様と黒髪で琥珀色の瞳が印象的な使者団の1人と揉み合っていた。
きっと、異常事態を感じて私の元へ駆け寄ろうとしてくれたところを、危険だからと二人に止められていたのだろうと察しがつく。
私の姿が見えた途端、押さえつける二人を強引に引き剥がしたアルフレッドは、私の元へ素早く駆け寄ると、私をアビゲイルの近くから引き剥がし、力強く抱き締めた。
「っゲイル!!!」
甲高い悲鳴のような声で王女がアビゲイルを呼ぶ。
ーーーー忘れてた…。
ビアンカを天上に送り出せた達成感で、すっかり王女の存在を意識の外に追い出してしまっていたことを思い出す。
アルフレッドの腕からやっとのことで脱出して、王女に向き合う。
名前を呼ばれたアビゲイルは、何の感情も籠らない表情で王女を見ていた。
そんな様子に少しも怖気づくことなく、高慢な態度でアビゲイルへ命令する。
「何をしているのです、ゲイル!早くあの娘を始末なさい!」
「…。」
「…そう、私の命令に背くのね。お前が動かないなら、我が国の騎士に命令するしかないわね。」
王女は、武装している帝国の騎士を、どうやら自分の味方と認識したようだった。
「さぁ、アスタリーベ帝国の誇り高き騎士たちよ!あの得たいの知れない術を使う邪悪な者を始末し、アルフレッド様をお救いするのです!」
帝国の騎士も、ましてや我が国の騎士も誰1人として王女の命に従う者はいない。
何も反応を示さない周囲に、王女は忌々しげに顔を歪める。
「いい加減、お気付きになられませんか。」
先程アルフレッドをお兄様と一緒に押さえていた男性が私たちに近付く。
王族のような気品漂う姿に、中性的な美しい顔、黒髪に琥珀色の瞳。全てどこかで見たことがあるような…ーーー。
考え込む私の鼻腔に、仄かな香りが漂って来る。
それは、私があの方に差し上げたポプリの香りだった。
「ルナマリア様…?」
辿り着いた答えに、唖然としてその人の名を呼んだ。
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