第35話公爵令嬢と魂の叫び①
「ビアンカ…。」
どうやら、私以外の人には彼女の姿は見えていないようであった。
誰のとも知れない名前を口にする私を、アルフレッドが訝しげに振り返る。
私の呟きに少女は悲しげに微笑むと、ゲイルの元へふわりと近づいていく。
ビアンカは後ろからゲイルを抱き締め、瞳に涙を溜めて、夢の時のように助けて、と私に訴えた。
『アビゲイルを、助けて。』
「アビゲイル…?」
私の呟きに、ゲイルの手がピクリと動く。
「あなた、アビゲイルなの?」
アビゲイルは力の暴走で身を焼かれて死んだと思っていた。
そう、従者が言っていたから。
だけど、生きていたのだ。
アビゲイルが、生きていた。
敵として対峙しているのに、感じるのは安堵と喜び。そして、なぜ帝国に加担しているのかという疑問。
ビアンカたちは帝国の秘薬によって暗殺されたというのに。
禍禍しい力の放出は、ビアンカが封じているのか、徐々に弱まっていく。
思い通りに扱えない力に戸惑い、ゲイルは大きく舌打ちをした。
「アビゲイル。」
「っ!その名を呼ぶな!」
私が呼ぶ声に興奮したように叫んだ勢いで、顔を隠していたフードが外れ、ゲイルの容貌が露になる。
アルフレッドやお兄様が息を飲む音が聞こえる。
私より外国のことに詳しい二人のことだ。
滅んだ国の王族しか持ち得ないアビゲイルの色に驚いたのだろう。
白い髪に青色の瞳。
夢に出てきたアビゲイルと同じ色。
同じ色なのに澱みを抱える瞳の奥を見て、悲しさを感じる。
「アビゲイル…。ビアンカが泣いているわ。」
私の声にゲイル、いや、アビゲイルがはっと目を開く。
「なぜ、ビアンカのことを…。」
戸惑うアビゲイルに、私は困ったように微笑み返す。
「私にも分からないわ。
だけど、ビアンカがあなたの首に抱き着いて泣いているのは本当。」
なぜ、あんな夢を見たのか。
なぜ、私にだけビアンカが見えるのか。
考えたところで答えが見つかるわけではない。
だけど、そのお陰でアビゲイルにビアンカの意思を伝えることができる。
今は、それだけでいいと思った。
アルフレッドの背後から一歩踏み出して、アビゲイルの元へと歩き出す。
アルフレッドが焦ったように私の方へ手を伸ばすのに微笑み返して、ヒラリとその手から身を躱す。
私がアルフレッドの手を取らなかったことに、衝撃と戸惑いを見せるアルフレッドに少し罪悪感を感じつつも、今はアビゲイルとビアンカを救うことだけに集中する。
「ビアンカは、10年前のあの日から天上に逝かずに、ずっと貴方の側にいるわ。そして、ずっと泣いている。」
ビアンカから流れてくる思いをそのまま口にしながら、アビゲイルに近付いていく。
「でも、それはビアンカの魂が磨り減っていく行為。もう、時間がないの。」
「っ!…そんな荒唐無稽な話、誰が信じるんだ!」
アビゲイルの言葉に、そうだろうと苦笑する。
だって、私にだって信じられない。
だけど、ビアンカの必死な思いが、これはまやかしではないと、そう確信させる。
「ビアンカはあなたを助けてほしいとだけ願ってる。でも、ビアンカも早く天上へ戻らなければ、このまま魂は消滅して、魂の輪廻からビアンカは弾き出されてしまうわ。」
ビアンカは自分を助けてとは言わない。只管アビゲイルの身を案じているだけだ。
「私は、あなたも、ビアンカも、どちらも助けたい。」
あの夢の中のようにただ、指を加えて見ているだけなんて、絶対嫌。
ゆっくり進めていた歩みで、ようやくアビゲイルの前に辿り着く。
これからどうすればいいか、なぜだか分かる。
「あなたたちのためにできること、やっと見つけた。
このために私を#誘__いざな__#ったのね。ビアンカ。」
私は、アビゲイルに後ろから抱きついているビアンカへ手を伸ばす。
それを見たビアンカが泣きそうな顔をして、ふわりと私の中へすっと溶け込むように入ってくると同時に、私の体が眩しく光りだす。
「ティア!」
アルフレッドが私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
だけど、私はそれに答えることはできない。
徐々に光が収まり、私の銀色だった髪はウェーブのかかった白髪に、瞳は澄んだ青色に変わった。
「…ビアンカ…ーーーー」
目の前に現れたビアンカを、アビゲイルが茫然と呼んだ。
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