第23話公爵令嬢と不穏な噂②
当初の予定通り温室に戻って薬草の世話をした後、いつもじっくり時間を掛けて煎じる薬草をせず早めに部屋へ切り上げる。
リリーは平素と違う私の様子を心配そうに見つめていたが、気を遣ってか何も口を挟むことはしなかった。
「今日はもう休むわ。
朝までそっとしておいて。」
部屋へ入る際に、リリーへそう声を掛ける。
リリーは相変わらず心配そうに私を見つめていたが、頭を下げて了承の意を示す。
パタン、と扉がしまった瞬間、私は早足にクローゼットへ向かい、薬草を触るとき用の質素なドレスへさっと着替える。
おかしなところはないか鏡を見て、自分の髪へそっと触れる。
銀色の髪はこの国にはあまりいない。
セレンティア公爵家に継がれる特徴的な髪色であるためだ。
どうしようかと周りを見渡すと、鏡台のところにリリーが忘れた侍女用の頭巾を見つけた。
「なんてツイてるのかしら。」
つい、ニヤリと悪い笑みを浮かべてしまうのもしょうがない。
「日が落ちる前にここを出ないと。」
今はちょうど使用人たちの交代の時間。
この時間は一日のうちで人の出入りが最も激しくなるため、人混みに紛れて城を出ることは難しくはないだろう。
そっと扉から廊下を窺い、人影がないことを確認して、私はそっと部屋を出た。
ーーーーーー
町で奇病についての情報を集める。
それが私が王宮を抜け出した理由。
アルフレッドに聞いても私の身を案じるあまり、全ては教えてくれないかもしれない。
それでは駄目だ。
穴だらけの情報を得ただけでは、問題の本質は見えてこない。ましてや、私にできることなんて尚の事。
私は、自分の目で見て、耳で聞いて、私にできることを見つける。
アルフレッドの重荷にはなりたくない。
守られてばかりは嫌。
アルフレッドの幸せのためにできることは何でもする。
大丈夫、明日の朝には帰って来るから。
ーーーーーーー
「大臣たちの言ってた通り、大分落ち着いてきたのかしら。」
町の中心にあるこの辺りで最も主要な教会の周囲を歩いてみたが、人の出入りはそこまで多くない。
中まで覗いてみたいが、この教会は王女が癒しを授ける教会であるため、あまり不用意に近付けない。
違う教会で話を聞いてみようと踵を返したとき、横から走って来た子どもとぶつかった。
「きゃっ!…っ、ごめんなさい、だいじょう…」
ぶ、という前にぶつかった男の子は走り去っていく。
その慌てた様子に違和感を覚え、無意識にローブのポケットを探る。
「ない!」
ポケットに入れていたはずの財布がなかった。
咄嗟に男の子を追いかける。
体力はないが、幸いなことに子どもと大人で体格差があったため、寸でのところで男の子に追い付くことができた。
男の子の腕を掴むと、ぐっと力を入れて引き留める。
キッと鋭い目をした男の子が私を振り返る。
「離せ!この金で母さんを治してもらうんだ!」
「…え?」
小さい力で精一杯抗おうとする子どもの言葉に、思わず腕を掴む力が緩む。
急に解放され、勢いそのままに男の子はどさっと、後ろに尻餅をついた。
「あ!ごめんなさい。」
慌てて男の子を引っ張り起こす。
「あなたのお母様はご病気なの?」
逃げられないように掴んだ手はそのままに、男の子へ尋ねる。
男の子は泣くのを堪えるように顔を歪めると、こくりと頷く。
「もうすぐ発症してちょうど3日目なんだ。早く癒しをもらわないと、母さんが死んじゃうよ!」
「…奇病は落ち着いて来たんじゃないの?」
大臣たちはそう言っていたし、教会からもそんな切羽詰まった雰囲気は感じなかった。
訝しげに聞く私に、男の子は悔しそうに頭を振る。
「そんなの金持ちの貴族だけだ!癒しを授かるには高い金がいるんだ!俺たちみたいな金を用意できない平民は死ぬしかない!!」
「!」
なんということ。
では、王女は富裕層しか癒しを施していないということ?
それなのに、何故大臣たちは落ち着いたなんて言っていたの?
ーーーーまだ、私が知らない事実がある。
「私はリズというの。あなたの名前を教えてくれる?」
「……ロン。」
「ロン。いい名前ね。」
未だ警戒心を持って私に対峙するロンを真剣な眼差しで見つめる。
「私をあなたのお母様のところに連れて行って。」
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