第13話公爵令嬢と王女殿下
私がアルフレッドの執務室に押し掛けた翌日、アルフレッドと私の婚約が陛下から正式に全国民へ通達された。
他の婚約者候補の方たちには次の婚約者選びに苦慮しないよう、持参金に当てられるように褒賞金を配当するということだ。
皇太子殿下の婚約者候補に選ばれていただけでも箔は付くが、乙女の貴重な時間を奪っていたことを考えると妥当な対応である。
そんな丁寧な対応をされたからか、私が選ばれたことへの不満は今のところ聞こえてこない。
そのことに些か拍子抜けしながらも、いつもの日常を過ごしていた。
「お嬢様、馬車のご用意ができました。」
そうリリーから声をかけられ、こくりと頷き玄関へ向かう。
今日は王宮で王女殿下とルナマリア様の3人でお茶会をすることになっているのだ。
王女殿下の強い希望で。
アルフレッドは無理に行かなくてもいいと言っていたが、元々執務室に乗り込んで行ったときも、王女殿下やルナマリア様がどういう方か知りたいという気持ちもあったのだから、王女殿下がアルフレッドに好意を抱いていると知ったからと言って、尻尾を巻いて隠れるつもりは毛頭ないのである。
ルナマリア様もいてくださるという心強さもある。
誕生日にアルフレッドからもらったネックレスをお守り代わりに身につけ、王女殿下の気質を思う存分観察して今後の対応を考えなければと、気合いを入れて馬車へ乗り込んだ。
ーーーーーーーー
王宮のお茶会会場に着くと、既に王女とルナマリア様は席に着いていらっしゃった。
遅れたことを詫びつつ自己紹介をすると、ルナマリア様がニコリと微笑み返してくれる。
それに笑みを返しつつ、用意された席に着席した。
王女は黒髪に深紅の瞳で私を睨み付けている。
真っ赤なルージュが塗られた唇は不愉快そうに歪められ、近くの黒子が妖艶さを増している。
その王女の後ろに目をやると、王女の派手さとは対称的な黒いローブで全身を覆った人物が王女の影のように付き従っていた。
普通は侍女を付けるため、異様な光景に違和感が拭えない。
「ごきげんよう、ティアリーゼ様。こちらの者が気になる?」
クスクス笑いながら問う王女に友好的な雰囲気はなく、苛烈な瞳はそのままに挑戦的な笑みを浮かべている。
「これはね、我が国筆頭の占い師なの。我が国筆頭というからには、もちろん実力も相当なものよ。その占い師がね、アルフレッド様の運命の相手は私だと言っているの。何が言いたいか、分かるわよね?」
権力者にありがちな高慢な態度で、そう宣う王女に嫌悪感がむくむくと湧き出てくる。
「いいえ、理解しかねますわ。失礼ながら、運命の相手とはお互いがお互いをそう思うものだと思っております。少なくとも、アルフレッド様はそう思っていらっしゃいませんもの。それなのに、王女殿下が運命の相手とは、承服いたしかねます。」
ピリッとした空気が辺りを包む。
ルナマリア様は様子をみることに徹したようで、静かにお茶を飲んでいる。
「あなた、我が国の占い師を愚弄するつもり?まさか、こんなに頭の悪い方だとは思わなかったわ。所詮、婚約など結婚していなければ同じことですもの。」
「愚弄するなどととんでもない。私は私の意見を述べたまでですわ。それに、王女殿下も世の理をご存知ないようですわね。婚約ありきの結婚であることは誰でも知っていることですわ。そのくらい、婚約とは重要なものなのです。特に王族ともなれば。それを軽視する発言は自らの無知を知らしめることになりましてよ。」
お気をつけくださいませ、とにっこり笑って付け足しておく。
私のモットーは倍返しである。言われたまますごすごと泣き引き下がる私ではないのだ。
ギリギリと歯を食い縛る王女殿下はまさに憤怒の表情である。
言い返してこない王女殿下に、勝った!と密かにテーブルの下で拳を握ったその時。
先程まで空気のように王女の後ろに控えていた占い師から、ぞっとするような禍禍しい雰囲気を感じた。
それと同時に、酔いそうなほど甘ったるく鼻に着く香りが周囲を包む。
「ゲイル、まだよ。」
王女の声で、その雰囲気は霧散し、香りも漂う程度に薄まった。
得体の知れない先程の雰囲気に瞑目する私を、王女はバカにしたように鼻で嗤った。
「リリアンナ様、こちらがアルフレッド皇太子殿下の婚約者様だと分かってのこの狼藉か?」
堪らずといったように、ルナマリア様が王女に厳しい口調で問い詰める。
「まぁ、怖い。ゲイルが勝手にやったことよ?それにしても、私の占い師の実力が少しは分かったかしら?私に楯突いてもいいことはなくってよ。アルフレッド様の心が私に向くのを大人しく指を咥えて見ていればいいわ。」
興が削がれたと言い置いて、王女は席を立った。
それに続くと思われた占い師は、ふと立ち止まり私を振り返る。
口元だけ覗くローブの下からニヤリと笑みを向けられた瞬間、ぞわりと肌が粟立つ。それを遮るようにルナマリア様が私と占い師の後に立ち、去れと威厳ある声で命じるのが聞こえる。
王女と占い師が出て行った後、ルナマリア様が心配そうに私を振り返る。
「ティアリーゼ様、大丈夫ですか?」
私は顔を伏せて、拳を握る。
「ティアリーゼ様…?」
「…気に入りませんわ。」
え?と聞き取れなかったように聞き返すルナマリア様を勢いよく振り仰ぐ。
「気に入りませんわ!何なんですか、あの方は!占い師の力に頼らずとも、好きならば自分の実力で勝負すべきではありませんの?それを舌戦では勝てないと悟った途端、得体の知れない力でねじ伏せようなどと、高潔な王族がしていいことではありません!そんな方がアルの運命の相手なんて承知する阿呆がどこにいると思いますの!」
ふーっと鼻息荒く興奮している私に、ルナマリア様は驚いたように呟く。
「そこなの…?先程あなたはとても危険だったんですよ?怖くなかったのですか?」
「そんなことより!あの王女がアルの幸せを壊してしまう方が怖いですわ!アルの幸せを守るためなら、あの胡散臭い占い師と相討ちも覚悟の上ですわ!」
「いやいや、そんな覚悟いらないから!」
慌てたようなルナマリア様の悲鳴のような言葉が、閑散としたお茶会会場に響いた。
「しかし、悠長に構えてられないのも確かですね。先程のことで、皇太子殿下の婚約者だからといって行動を控えることはしないということが分かりましたし、いつ危害が加えられてもおかしくはない。」
ルナマリア様は指を顎に沿えて考え込むように下を向く。
その美しく様になっている様子を眼福だと思いながらしばらく観察していると、急に目の前を誰かの手で覆われた。
うひゃあと、驚く私を更にもう一方の腕で抱きすくめる。
「私以外をそう熱心に見つめるなど、妬けてしまうな、ティア。」
アルフレッドが耳元で囁く。
ヒヤリと冷気が漂ってきて、ふるりと体が震える。
「ご、ごめんなさい…?」
よく分からないまま一先ず謝るが、いっそう冷気は深まる。
なぜ!!
「謝らないといけないことをしたんだ?」
「し、してません!してません!全くしていません!美しい女性に見惚れていただけで、決してやましいことは考えていません!」
アルフレッドの様子に必死に言い訳を募る私とそれを不機嫌そうに聞くアルフレッドに、ルナマリア様が呆れたように声を掛ける。
「いちゃいちゃしてるところ悪いけれど。」
「い、いちゃいちゃ?!」
私の心の悲鳴をまるっと無視して、真剣な眼差しでルナマリア様はアルフレッドを見据える。
「アルフレッド、どうやら我々は相手を甘く見ていたようだよ。」
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