第10話公爵令嬢とお茶会②
納得いかない。
そう、納得がいかないのだ。
最初のうちは忙しいのだろうと、寂しい気持ちを感じていただけであったが、相変わらず来ない手紙の返事とあのお兄様の異様な疲れを見て、忙しいだけじゃないのではないかと考え始める。
私が手紙に何か失礼なことを書いてしまったのだろうかとか、王女や公爵令嬢と何かあったのだろうかとか、考えても考えても答えをくれる人から避けられているため、胸のモヤモヤは増すばかり。
仮にも婚約者候補である。
私のことがめんどくさくなったにしろ、王女か公爵令嬢に心惹かれるにしろ、説明を求める権利はあるはずである。
だって、そうだとしたら、私は早々と次の婚約者を決めなければならないのだ。
いつまでもキープちゃんではいられない。
それに、王女や公爵令嬢がどんな人なのかも気になる。
噂はところどころで囁かれているらしいが、人間観察を趣味と豪語しているにあたり、噂は当てにしない主義なのだ。決して、友達がいないから噂が入ってこないとか、ただ単に新しい人物を観察したいだとか、そういうことでは断じてない。
ないったらない!
「リリー!王宮に行くわよ!」
私の急な言葉に、最初は驚いていたリリーだったが、次の瞬間には満足そうに頷いた。
「それでこそお嬢様ですわ!」
ーーーーーーーーーーーーーー
私は今、アルフレッドの執務室の前にいる。
何も前触れを出していないから、どこかで止められると思っていただけに拍子抜けである。
執務室の扉の両脇で控えている護衛に、いいのかと視線で問うても、にっこりと笑みを向けられるのみ。
やや視線が生暖かい気がするのは何故だ。
「えぇい!ままよ!」
小さく気合いを入れて、ドアをノックする。
約束のない訪問者を不思議に思ったのか、扉の向こうで何かのやり取りがされた後、カチャリとドアが開く。
出てきたのはお兄様だった。
「ちょ、おまっ!なんで…」
「疲労回復薬とポプリを持ってきたのですわ。」
ふふんと胸を張る私に、お兄様は顔を引き攣らせる。
「…ティア?」
部屋の奥から懐かしい声が聞こえる。
横に退いたお兄様の脇をすり抜け部屋の中に入ると、アルフレッドは驚いた顔で机から立ち上がったところだった。
久しぶりのアルフレッド。
少しやつれている気がする。
お兄様の嘘つき。全然元気ではないじゃないの。
「アル!」
駆け寄ってアルフレッドの背中にぎゅっと手を回す。
振り払われるかもとか、勝手に来たことを呆れられるかもとか、不安は考えたらキリなく襲ってくるけど、何よりも久しぶりに会えたことがとても嬉しかった。
驚いたように息を飲んだアルフレッドだったが、しょうがないなという風に笑ったあと、ぎゅっと抱き締め返してくれた。
それに満足した私は、顔を上げて不適に笑う。
「ごきげんよう、アル。私、今日は聞きたいことがあって参りましたの。」
アルフレッドは困ったように笑うと、お茶にしようか、とお兄様に伝えた。
ーーーーーーーー
「それで、アル。王女なの?公爵令嬢の方なの?」
何故か私の隣に座るアルフレッドに、私は本題を切り出した。
「何のこと?」
首を傾げるアルフレッド。
疲労からか哀愁漂う雰囲気で色気が増している。
その色気に当てられて、こちらの顔が火照ってくる。
意中の相手ではない私にも発揮されるこの色気。
うん、けしからん。
「どちらが好きなの?ってこと。」
「ブフォッ」
「きゃあお兄様、汚いわ!」
急にお茶を吹いたお兄様に声を上げつつ、お兄様の真向かいに座っていたアルフレッドに飛んでいないか、ハンカチを出して急いで確認する。
そんな私の手をアルフレッドがハンカチごと掴む。
見上げるアルフレッドは、笑おうとして失敗したような引き攣った笑みを浮かべていた。
「どうして私が王女か公爵令嬢に気があると思うの?」
「だって…手紙の返事をくれない理由がそれしか思い当たらないんだもの。私のことがめんどくさくなったのかもと思ったんだけど、さっき私を迎え入れてくれた時のことを考えると、そうではなさそうだし。だったら、王女か公爵令嬢に惹かれて、アプローチするのに手紙を書く時間も惜しいのかしらと…。」
違うの?と首を傾げて聞くと、アルフレッドは手で目元を覆って天井を仰いだ。
「私、手紙が来なくなってアルフレッドに嫌われたのかもと思ったら、とても寂しかったわ。でも、今日会って、そうじゃないって分かったから嬉しかったの。でも、もしかしてそうじゃなかった?私の思い上がりだったのかしら?」
しゅん、と自信なく呟く。
それにアルフレッドははっとしたように私に目を向けて私の頬に両手を添えた。
「ティア。そんなに悲しそうな顔しないで。そうじゃない、そうじゃないよ。私が君を嫌いになることなんて絶対にない。」
慌てたように言うアルフレッドに安心して、ホッと息をつく。
嫌われていないと分かれば、怖いものはない。
大事な幼馴染みのために、私はだったら、とアドバイスをすることにした。
「婚約者候補の私に気を遣ってくれてるのかもしれないけど、こんな回りくどいことをせずに、こういうのははっきり言った方がいいと思うわ。」
「はっきり?」
「そう。私には本当に愛する人ができたから、婚約者候補は必要なくなった。婚約者候補は解除する!って。」
「…ちなみに私の本当に愛する人って誰か聞いてもいい?」
何だろう、口調は柔らかいのにアルフレッドから鬼気迫るものを感じる。
「だから、それは…王女か公爵令嬢でしょう?で、どちらなの?」
私の答えを聞いて、アルフレッドはがっくりと項垂れた。
そんなアルフレッドをお兄様が可哀想な目で見ている。
「ねぇ、アル。恥ずかしがっているの?でも、他の候補者のご令嬢方のことを考えても早くはっきりした方がいいと思うわ。そうなったら、私も次のお相手を見つけなければならないし…」
「…次の相手?」
いつもと違う、固くて低い声でアルフレッドが呟く。
それに良く分からない威圧感を感じながら、そうよ、と答える。
向かい側でお兄様が、やめろ、それ以上言うなと首を振って合図をしてくる。
首を傾げて、お兄様の意図を汲み取ろうとしている間に、ゆらりと隣でアルフレッドが身を起こした。
「そうか、婚約者候補だから、ティアは次の相手なんて考えるんだね。本当は、ティアの気持ちが決まるまで待つつもりだったんだけど、こちらもそう言ってはいられない状況になったことだし…うん、そうした方がいいよね。」
ね?と笑っているのに恐ろしいアルフレッドの様子に、よく分からないままコクコクと頷く私を見て、アルフレッドは笑みを深める。
「いい子だね、ティア。今日から、君が、私の婚約者だ。」
にっこりと眩しい笑顔で一言一言区切って言ったアルフレッドに、私は手に持っていたハンカチをヒラリと落とした。
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