第8話公爵令嬢と社交界デビュー②

ついに、この日が来たわ!

待ちに待った社交界デビューの日!

王城でのパーティーが正式なデビューとなるけど、私にとっては今日が一番大切だ。

何故なら、アルフレッドがエスコートしてくれるから。

王城でのデビューの日は、私は婚約者候補のうちの1人にしか過ぎないため、お兄様にエスコートしてもらうことになっている。

アルフレッドにエスコートしてもらえるだけで、こんなにもパーティーに対する気持ちが違うのだ。

それだけ、アルフレッドは私にとって特別なのである。


「それだけ分かってて、どうして自分以外の令嬢をアルフレッドにけしかけるんだよ。」


お兄様が分からないと首を捻る。


「だって、私の一番は、私じゃなくてアルフレッドが幸せになることだもの。」

「それが分かんねえんだよなぁ…。」


と、頭をガシガシ掻きながら納得いかないと呟く。


「だってお前、そのドレスの色…」


お兄様は半目になって、私を上から下まで見やって、駄々漏れ過ぎるだろ、と呟いた。


「駄々漏れって何が?一番好きな色がこれなんだもの。お母様が折角のデビューなんだから、私の一番好きな色でいいって言っていたんだけど、ダメだった?」


お兄様の反応から急に自信が萎んだ私は、ちょっと涙目になりながらお兄様にすがり付いた。


「ねぇ、お兄様。どうしよう、もう時間ないよ!どこが変なの?急いで直すから教えて!」

「いやいや、誰も変だとは言ってないだろう?!良く似合ってるよ。」

「嘘!だって目がすごく泳いでるもの!」

「兄心として複雑なだけだ!だあああ!もう俺は準備に回るからな!ここで大人しくアルが来るのを待ってろよ!」


よく分からない捨て台詞を残してお兄様は部屋を出ていってしまった。

途方に暮れた私は、セットをしてくれた侍女のリリーにしょんぼりと謝る。


「ごめんなさい、リリー。こんなに素敵にしてくれたのに、何だかあまり似合ってないみたい。」


先程のお兄様とのやり取りを見ていたリリーは、私に安心するように微笑みかけた。


「大丈夫ですわ、リーゼ様。エマ様は妹君がお兄様のもとを巣立ってしまいそうで、寂しくなられたのですわ。」


やっぱりお兄様が言ったことと同じように、何のことか分からなかったが、つまりは兄の負け惜しみだろうというところに落ち着いた。


それを伝えるとリリーは困ったように笑った。


「リーゼ様、殿下がお見えになられました。」

「!どうぞ。」


パッと扉の方に駆け寄って、ゆっくり扉が開かれるのをドキドキしながら見ていた。


「ティア?準備は…」

アルフレッドが部屋の中に入ってくる。私を目にした途端、大きく目を見開いて固まってしまった。


「アル?どうしたの?やっぱり変?でも、これが一番好きな色なの…」


アルの反応に途方に暮れて自分のドレスを見下ろす。

豊かな森を表すような光沢のある深い緑。金糸のレースがそれを覆うように繊細に広がっている。とても暖かくて優しい気持ちになるのだ。

これに包まれてデビューできたらと思ったのだが、自分にこの色が似合うかなんて考えもしなかった。

母も止めなかったから、似合っているのかと思っていたが、そうではなかったのか。合わせたときに正直に言ってくれたら良かったのに、と、一緒に衣装合わせに行った母に心の中で苦情を入れる。

ああ、やだ。涙が出そう。

気づかれないように下を向いて目をぱちぱちさせていると、アルが急ぎ足で近付いてきた。

視線の先にアルの爪先が写るが、顔は上げられない。アルの困った顔を見ると確実に涙が決壊してしまう。


「ティア。」


優しくアルが私を呼ぶ。


「ティア。こちらを向いて?」


私はフルフルと首を振って、アルのシャツの裾をぎゅっと握った。


「ティア。とても綺麗だね。ドレスの色もよく似合っている。」

「でも、さっき、何も言ってくれなった。」

下を向いたまま拗ねたように言うと、アルはごめんね、と言った。


「あまりにも似合いすぎて見惚れていたんだ。それに、ドレスの色が私の瞳の色に似ている気がして、嬉しかった。」


パッと顔をあげると、アルはいつかのように口許を手で覆い、明後日の方向を向いていた。

心なしか耳が赤い気もする。


「一番、好きな色だから。一生懸命探したの。アルが似てるって言ってくれて嬉しい。」


へへっと泣き笑いのような感じになってしまったけど、それを見たアルが、あぁ、もうと言いながら、私をぎゅっと抱き締めた。


「誕生日おめでとう。ティア。」


チャリっと首元に何かがかかる。


「?」


何だろうと見ると、深い緑の宝石の周りを金が取り囲み、まるでドレスとお揃いで誂えたかのようなネックレスが輝いていた。


ありがとう、と答えた私は世界で一番幸せな16歳だと思う。


その後、私の着けているネックレスを見たお兄様が、何故かげぇっと砂を吐きそうになっているのを見て、アルが照れたように笑っていた。

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