第3-37話 高速道路事故

 あの日の訓練から、浅利は人が変わったように表情を表すようになった。

 もともと表情の少ない性格だと思っていたがそんなことはなく、いまどきの若者らしく人見知りな中に豊かな表情を持ちあわせていた。

 もともと同じところで働いていた俺は、彼のことを勝手に知ったつもりになっていたが、仕事に対してクールに見えた彼も、何ら変わらない一人の若者で、好奇心旺盛だった。もとより彼の探究心を評価してはいたが、ここまでとは思わなかった。こんなにも研究家で熱心な一面を持っていることを昔から知っていてあげられれば、彼の経歴も違ったものになったかもと思ったが、個人的には彼の下馬評の悪さには感謝している。こうして彼が敷島出張所に来ていることも彼の経歴がモノを言っているのは確かだった。

 とはいえ、良い面ばかりではない。もちろん「そこらへんにいる一人の若者」は、悪い面やルーズな面も持ち合わせていた。

 事務作業や面白くないものに関しては対応が遅い。彼自身それを分かっているから、気をつけているのは伺えるが、それでも漏れは生じる。それをこちらで補いつつも激しく叱咤した。

 「最近の若者はちょっと叱るとすぐにシュンとする」

消防署では時折そんな声を耳にするが、彼や江尻、石田など俺が関わってきた者達を見るとそんな風には見えなかった。もちろん、怒られれば分かりやすくヘコむが、それでも復活は早い。そうさせているのは、きっとこちら側の問題なのだとさえ思えた。

 以前の浅利への心象では、ここ敷島出張所に慣れるのは早いが、馴染むには時間がかかると思っていた。それでもそれが彼のスタイルだと思えば強要するようなことではないと思っていたが、そんなことも要らぬ心配だった。

 つい数日前に配属されたとは思えないほどの打ち解けようで、それは江尻や石田だけでなく救急隊のメンバーや、意外なことに鈴木隊長とよく話をした。それも俺からは異様に見えたのだが、楽しそうに話をするわけではない。どこか厳かに粛々と話をしている。ギャンブルの話を。鈴木隊長は俺達に理解されない感情を浅利にだけ静かに吐き出した。他の職員と仲良くしている姿を見るのも好きだったが、鈴木隊長との会話を見ているとなんだか心が暖かく感じた。それはまるでじいさんと孫が話すようだった。

 つまりは浅利が加わっても敷島出張所にはあまり影響がない。

 そもそも江尻のPTSDに対するバックアップとして配置されたわけで、それ以外においてはプラスアルファでしかなかった。いま敷島出張所はこれまでにないほど強い状態だった。


 そんな敷島出張所に出動指令がかかる。

  「ポー、ポー、ポー、、、救助指令、交通、入電中」

 訓練中の俺達は急いで撤収にかかる。

 「ムラさん、こっちは任してください!場所見てきて!」

江尻に急かされて俺は指令地点を確認しに向かった。

 事務室に行くと、指令システムコンピューターの前で救急隊と鈴木隊長が集まっていた。

「高速道路だ」

渡部救急隊長は意味深に呟いた。

「ここ前にも出たことあるな。ジャンクションのカーブが終わったところで、見通しが悪いのにみんな結構スピード出すんだよな」

俺は嫌な予感がした。

 「ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、、、救助指令、交通、現場、木浜市笹原地先、圏央道下り木浜ジャンクションBランプ付近、第一出動、木浜指揮1、木浜救助1、柳水槽1、敷島水槽1、敷島救急1」

(救助でかかるってことは挟まれか、もしくは大規模か)

救助指令がかかると心拍数が上がる。それは石田や浅利などの若い隊員よりも顕著に表れてしまう。

(なんだ、なんで救助なんだ)

俺は防火衣を着ながら思考を巡らせた。

 装備をしながらいくつか誰かに何かを聞かれたが無意識に返事してしまっていたことをあとになって気が付いた。

 消防車に乗り込むと、車を走らせる前から無線が流れた。

「指令センターから、木浜市笹原地先、交通救助出動中の各隊へ一方送信、現場は圏央道下り木浜ジャンクションBランプ付近、普通乗用車の単独事故、252は一名意識なし、他一名はすでに脱出済み、当該事故車両はガードレースを突き破って車両前方が突き出ている模様、なお高速道路周辺は高所であるため救助出動とした、以上」

(コレか・・・)

俺は一気にアクセルを踏み込んだ。

「ムラ・・・」

俺は運転しながら一瞬だけ隊長に目配せした。

「急げ」

この男は思っていることをハッキリと言う。その言葉の意味や口調を聞き分けると、それだけで切迫具合が分かるくらいだ。

 俺はハンドルを握りながら、必死に頭を回転させた。まだ見たこともない現場を想像して、頭の中で状況を作り上げる。

(車の種類はどんな車か。軽自動車か、普通乗用車か、はたまたトラックか。要救助者は本当に二人なのか。症状はどれくらい緊急性があるのか。ガードレールを飛び出しているのはどれくらい飛び出しているのか。高所とは高さがどれくらいなのか。崖下はどうなっているのか。車両の固定は必要なのか。要救助者へのアプローチはできるのか・・・)

「車両転落の危険性があります。現着したらまず一時確保しましょう」

俺が隊長に提案すると、隊長もそれを想像していたようだった。

「車両の突き出し具合にもよるが、牽引の可能性もあるな」

「救助工作車にはウィンチがついてますが、それまで待ちますか」

「待てるかどうかは状況次第だな」

それぞれが探り探りに最悪の状況を想定していく。現場に到着するころには頭のなかで最悪の想定がなされていた。

 現着すると、あまりにも自分の想像と合致していることに驚いた。




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