第245話 ガバ勢とギガントバスター

「おおっ、すげー」


 船内に設けられたホールには、豪華に盛られた料理から立ち上る薫香が充満していた。

 集まった人々の数は二、三十。波に合わせて緩く揺れるカンテラのおかげで室内は明るく、木材の色が剥き出しの壁や天井の隅々まで、その無骨さや頑健さがはっきり見て取れる。


 三人の仲間を集めてルタを発ったルーキたちが出港間際の船に飛び乗ったのがついさっき。案内されるがままに船内ホールにたどり着いてみれば、行われているのは出港祝いと完走祈願を兼ねた会食パーティーだった。


「客船ってわけでもないのに、ミシシッピクソゲ川の豪華客船並みにすごいぞ。こんなことやってて大丈夫なのか?」


 普段の貧乏性からルーキがそんな感想を漏らすと、


「ああいう料理は船旅の食糧というより、こういうパーティのためだけに持ち込まれた一時品ですからね。日持ちもしないから、さっさと消費しないと捨てるだけです」


 豪勢な料理に目をくらませる様子もなく、委員長が冷静に解説した。


「その通り」と、ここまで案内してくれた陽気な船員がうなずく。


「思いっきり食べて英気を養ってください。ここにいるのはみな、バスターであり走者でもある強者ばかり。今のうちに友人を作っておくのもありですよ。何しろ〈アジール島〉でのRTAは、たとえ本業のバスターでも困難を極めると聞きますから」


 そう言うと、彼は仕事に戻っていった。


「ここにいるのは全員走者なのか……」

「あの商人は指名制みたいなこと言ってたっすからね。見た限り、ギガントバスターRTAの経験者がほとんどすね。服装がそれっす」


 確かに、ホールに集まっている人々の服装は、それぞれが違うものを身に着けながらもある種の類似性を持っていた。

 素材となった動物や鉱物を、知らずともどこか連想させる独特の意匠。自然物、あるいはその獣の力を尊崇し、借り受けるような、そんな精神性を感じさせる武具の有りようだ。


 そんな野性味と力強さと比較すると、今の自分の軽装は結構浮いている――とルーキは思った。


「ルーキ」


 ニーナナが軽くタックルして注意を引いてくる。


「早く何か食べよう」

「おっ、そうだな! とりあえず空いてるテーブルを確保してと……」


 早速席を見回すが、最後に乗船したせいでテーブルはどこもいっぱいだ。

 さらに四人でかけられる席となると、なかなか――。


「あそこなんかどうでしょう」


 リズが、少しはずれた位置にあるテーブルを指さした。

 六人掛けに先客は一名のみ。余裕で座れる。ルーキたちは早速そこに向かい、座っている一人に呼びかけた。


「ここ、空いてるかな」


 頬杖をついてむこうを向いていたその人物がこちらをちらりと見た時、ルーキはぎょっとした。


(え……ア……アナスタシア第九王女……!?)


 ミシシッピ川の船上で命を狙われ、ヤノシュに依頼されて自分たちが守ったお姫様。

 純度の高い金色の髪に、わずかな曇りもない碧眼。これがすでに上級貴族の特徴である上、よく見れば着込んでいる白銀の甲冑も、精緻な細工が施されたいかにも高級品といった風貌だ。


 しかし――。


(……いや、いや違うか……?)


 当人だ、と思ったのは一瞬のみ。最初の驚きから抜け出てみれば、確かにアナスタシア王女に匹敵する整った顔立ちであることは間違いないものの、目つきにやや鋭さがある。


 髪の長さも、あちらは流れ星の尾のようなロングヘア、こちらは動きやすそうなセミロングだ。

 あちらが庭園で一番の百合の花なら、こちらは一輪だけぽつんと咲いている高山の花といった感じ。


「名も名乗らずに気安く話しかけないでくださる?」


 おまけに返された声は棘だらけ。優しさと包容力(それと若干のゲテモノ趣味)に満ちたアナスタシアの言葉とは雲泥の差だ。これをもって他人の空似と断定する。

 もっとも、こうした手合いの方が、ルーキとしては話しかけやすかったが。


「あー、悪い。俺はルーキ。走者だ。今来たところでさ、ここの席使っていいかな」

「お好きにどうぞ。わたくしのものではありませんわ」

「ありがとナス! そうだ、それでそっちの名前は?」

「あなたに名乗る名前などありません。わたくしのことは放っておいてください」

「えぇ……」


 こっちには名乗らせておいて自分は名乗らないとは、もはや偉そうを通り越して偉いそのもの。やはり王族なのだろうか。これはあまり関わらない方がいいかと思い、すぐに配膳台の方へと向かおうとしたが、


「そういうのでいいんですよ、そういうので」

「今後とも我々とは無関係でオナシャスっす」

「いい女」

「何ですのあなたたち! かまわないでって言ったでしょう!」


 なぜかうちの女性陣に囲まれ、べたべたと触られてもてはやされていた。


 と。


「あっれ? そこにいるの新入りの子じゃん?」


 ふと、どこかで聞いたことのある声が飛び込んでくる。

 ルーキが振り向くと、そこにはかつて見た顔が二つ並んでいる。


「あっ! 蒼嵐姉貴と紅嵐姉貴!!?」


 怪獣オニヤマアラシの毛皮をかぶった走者二人。かつて、初のルート0RTAを一緒に走り、ルーキに動物の毛皮の剥ぎ取り方を教えてくれた先輩だ。


「やっぱり一門の新入り君だね」

「ご無沙汰してます紅嵐姉貴!」

「あ、リズもいる」

「お疲れ様です。蒼嵐先輩」


 ルーキに続いてリズも頭を下げた。この蒼紅姉妹はガチ勢に近いので、面識があるのだろう。


「姉貴たちも来てたんですか」


 ルーキがたずねると、二人はきょとんと顔を見合わせて笑いだし、


「ギガントバスターはわたしらのホームさ」

「呼ばれなくても毎回参加してるよ。まあ今回は指名もあったけどね」


 と説明してくる。二人は狩人の村出身だったと思い出す。よく見れば、オニヤマアラシの毛皮は他のバスターの装備と雰囲気がよく似ており、つまり彼女たちがここにいるのは至極当然というわけだ。


「最近ガバ勢の方に行ってなかったけど、なんだか強そうになったんじゃない?」


 紅嵐が興味深そうにこちらを眺めながら言う。


「ホントですか。ありがとうございます!」


 二人と出会った時、こちらは入門したてだった。そこから成長している自覚はあったものの、凄腕の先輩走者から褒められて悪い気がするはずもない。

 しかし横から蒼嵐が悪戯っぽい顔を出し、


「でも、リズに比べるとまだまだだね」

「うっ……それはその……委員長が別格というか……いや頑張って追いつきますよ多分!」

「あはは、その意気その意気」


 姉妹揃って快活に笑った時だった。


「みな、くつろいでいるところ悪いが、少しだけ聞いてほしい」


 年配のバスターらしき男が、甲板に続く階段から降りてくるのが見えた。中肉中背だが、その姿は地面に打ち込まれた杭のように真っ直ぐで力強く、肌は長年野外で燻され続けたように黒い。短く刈り込んだ白髪がまぶしいほどだった。


「諸君らも知っての通り、今回のRTAは〈アジール島〉で行われる。あちらでは十年以上前からギガントの調査と開拓が続けられているが、ここ一月で状況が急激に悪化。ベテランのバスターでさえ討伐に手こずるようになっている。諸君らがいかに精鋭とはいえ単身で挑むのは危険だ。そこで、この場で四人パーティを組んでもらいたい」


 参加者たちがわずかにざわめく。しかしそれは否定的なものではなく、むしろ余興を楽しむような響きだった。


「現在の〈アジール島〉RTAに挑むには、他者との協力が絶対条件だ。急で申し訳ないが、ここでパーティを組めないような者を前線に出すわけにはいかない」

「何ですって?」


 ばん、とテーブルを叩いて立ち上がる人物がいた。よりによって、このテーブル。あの貴族の少女だ。


「わたくしは一人でも戦えます!」

「ダメだ。島ではそういう人間がことごとくやられている。たとえ優れた技量があろうとも、単独行動は認められない。もし四人未満のパーティがいたら後方支援に回ってもらう。話は以上だ、みな、ご清聴感謝する」


 取り付く島もない肩を翻し、男はホールから出ていった。

 一方、残された参加者たちは早速仲間集めを始める。あちこちで勧誘したり、取引をしたりと、まるで会食の一部のように楽しげだ。バスターというのはこうして仲間を募るのが常なのかもしれない。


「くっ……」


 ただ一人、苛立たしげに着席するなり頬杖をつき、そっぽを向いている彼女をのぞいて。


「四人揃えてきてよかったっすねえ、兄さん」


 サクラがこちらの肩に座りつつ、そううそぶいてくる。


「勝手知ったるメンバーですし、ニーナナも大丈夫でしょう」

「頼りにしていいよ」


 他の二人も口々に言い、うんうんうなずいた。


「姉貴たちは大丈夫なんですか?」


 ルーキはオニヤマアラシ姉妹にたずねる。


「うん。わたしらは平気。一緒に来た人たちがいるから」

「じゃ、そろそろ行くね。本走頑張って」


 姉妹二人が去っていく先には、ジョッキを持って騒ぐ一組の男女の姿があった。


「ハハハハ! なに? それはタイニーフェザーだぞ」

「顔パスってわけ? ナカナカヤルジャナイ!」

「すっげー見たことも聞いたこともあるような人の気がするんだけど、誰だったかな……」


 あまりにも身近すぎてなぜか思い出せない。

 そんなふうにルーキが首を傾げていると、ジョッキをぶら下げた一組の人影がテーブルに近づいてきた。


「よう、あんたたち“推薦枠”なんだろ?」


 空いている席に勝手に座ったのは、リクームみたいな髪形の若い男だった。


 年齢は二十前後。態度は少し軽いところがあったが、着ているバスター装備の馴染み具合、本人との一体感からして、一目でわかる。実力者だ。


「わたしたちもそうなの」


 一言付け加えてテーブルに手をついたのは、男と同い年くらいの女性バスターだ。こちらも戦い慣れた風格がある。


「推薦? みんな、仲介役に指名されて来てるんじゃないのか?」


 ルーキが首を傾げると、男から「そこからさらに肝入りで選ばれた人間がいるんだ。それが推薦枠って呼ばれてる」という補足が入った。


 彼は周囲をチラチラ見ながら内緒話でもするみたいに顔を近づけ、


「なあ、今回の推薦枠にレイ一門が来るって噂で聞いたんだけど、あんたたちか? レイ親父ってのはどの人だよ」


 子供のように目を輝かせながら聞いてくる。

 ルーキはすぐに状況を察した。レイ親父がその推薦枠であり、さらにその参加の情報が広まっていること。確かにあの太った商人は、レイ親父のことを〈アジール島〉側に話していたふうなことを言っていたが……。


「実はその……俺たちは確かにレイ一門なんだけど……」


 ルーキは申し訳なさも加えて実情を説明する。


「“推薦枠”じゃなくて“補欠組”なんだ。レイ親父が急に来られなくなっちゃって、代わりに新入りの俺が……」

「えっ、そうなのかよ。マジかあー。オレ、本人に会うの楽しみにしてたんだけどなー。そっかあんたら補欠かー。残念だなー」


 リクームは大げさに頭を抱えた。露骨な落胆の態度だが、悪意よりむしろ純朴さが際立っていた。根が素直で、本当にレイ親父に会いたかっただけのようだ。


「まあ、いっか。生きてればいつかは会えるだろ。ところで、そっちはもうパーティ組めてるか? もし足りないようならオレらと……」


 そこまで言ってリズたちと目が合い、「って、もういるか。はは、悪い悪い!」とからから笑った。手持ちのジョッキからグビリと一口飲み、


「実はこっちはまだ募集中でよぉ……。あと二人ほしいんだよな。どっかによさそうなヤツいなかったか?」


 そんなことを聞いてくる。いきなり現れ、遠慮なく居座ってまだまだ話す気満々なようだが、悪い気はしなかった。彼自体が、室内にぶら下げられているカンテラのように陽気だからだろう。一緒に現れた女性バスターも、いつの間にか委員長たちと談笑を始めている。


「俺も来たばっかりだから何とも言えないけど――」


 そう前置きして、ルーキはちらりと貴族の少女を見やった。すると、リクームは目を丸くして、慌てて手をぶんぶん振った。

 顔をずっと近づけて、小声で言ってくる。


「いや、あれはねえよ補欠組。おまえ、あれが誰だか知らねえのか?」

「えっ、有名人なのか?」

「あっ、そっか。その格好からすると、補欠組はバスターじゃねえのか」


 リクームはさらに声のトーンを落とし、


「いいか。あれは、オレたちバスターに、いっっっつも無茶なクエストばかり要求してくる“第三王女”の妹で、カプリツィアってお姫様だよ」

「! やっぱ王族なのか」


 道理で第九王女のアナスタシアと似ているわけだ。


「ああ。つっても、側室? か何かの序列の関係で、王都には住んでないし、第ナニ王女とは呼ばれない立場らしいけどよ。何でこんなとこにいんのかわかんねーから、何してんすかーってさっき話しかけたら、猛犬みたいに吠えられちまってよ……。普通に話しかけただけでだぜ? あんな気難しいのと一緒にいたら、ギガントと戦うどころじゃねえって」


 興が乗ってきたのか、台詞の後半は周囲にクッソ丸聞こえの声量になっている。唯一の救いは彼の態度に悪気がないことだが、そのことが、同じテーブルで不可抗力的に話を聞かされているカプリツィア本人に不機嫌オーラを我慢させる理由にはならないことは確かだった。


「…………」


 カンテラの光を吸収するほどの黒い靄が彼女から発されるのを見て、ルーキとリクームは顔をひきつらせた。


「ヒエッ……。こ、この話はもうやめよう」

「あ、ああ……。やっぱ、こえーぜ。できればもっと付き合いやすいヤツがいいな。男でも女でもよ」


 リクームはすぐ笑顔に戻ると、「じゃ、引き続き仲間集めに行ってくるわ!」と言い残し、相方と連れ立って一緒に人ごみへ突き進んでいった。


 少しばかり配慮が苦手そうだが、明るいヤツだった。恐らく、いい仲間が見つかるだろう。


 その後、早々にパーティを結成し終えたルーキたちが、船内の料理を遠慮なくぱくついていると、しばらくして再びあのベテランバスターが姿を見せた。

 その頃には参加者たちのパーティ分けも終わっており、会場は四人の集団ばかりになっていた。あの推薦枠の男も無事、残り二名のメンバーを見つけたようだ。


 ベテランバスターはそれらを見回し、満足したようにうなずいてみせたが、ふと、こちらに歩いてきて言う。


「ここは……まだ三人のようだが」

『えっ』


 ルーキたちは目を丸くする。思わずお互いの顔を見合わせ数を確認。席を外している者はなく、四人ちゃんといる。


「バスニャーはパーティの頭数には入れない。伝統的にそうなっている」


 彼はニーナナを見て、そんな奇妙なことを言った。

 どうやら小さい子供的な存在は、一人とは数えないようだ。


「わたし強いよ」


 ニーナナがむっとした声で反抗するも、ベテランバスターは驚く仕草も、侮る様子もなく、ただ実直に否定を重ねた。


「実力は関係ない。バスターとバスニャーは独立した勢力だから、いざという時にパーティ内で判断が割れないように別々に組むことになっているんだ。あと一人探してくれ」

「あ、あと一人?」


 ルーキは慌てて周囲を見回した。

 もうどこもパーティを組み終わっていて、余っている人などいない。


「あ」


 いや、いる。目で確かめるまでもなく、同じテーブルの端でじっと動かない人影が一つ。


 カプリツィア姫。


 ルーキは彼女に目を向けようとして――素知らぬ顔で壁となって立ちふさがる仲間三人に視界を遮られた。


「何で急にそこにいるんだよ!?」

「え、何のことですか?」

「サクラたまたまここにいたかっただけっすけどー?」


 白々しい言い訳をするリズとサクラを横にどかし、テーブルの上に載っているニーナナを肩車して通路を確保すると、ルーキはカプリツィアに近づいた。


「な、なあ……」


 呼びかけると、ぴくりと肩が動き、頬杖をつく姿勢を動かさないまま、目だけでこちらを睨んでくる。それだけで、いかに彼女が不機嫌かが伝わってくる、完璧なボディランゲージ。彼女に声をかけた者は多くいたが、すべて、この態度に退けられた。


「これ無理ゾ」

 肩車されているニーナナがぼそりと言って、ルーキの後頭部に体を預けてくる。おかげで彼女の長い髪が頭からかぶさり、東方に伝わる連獅子レン=ジシの豪華版みたいになる。


「だけど、このままじゃお互い、後方支援に回されちまう」


 ルーキはニーナナと王族の少女に言い聞かせるつもりで発言した。改めてカプリツィアを見つめ、呼びかける。


「俺は一門を代表してここに来てる。RTAもできずに帰るわけにはいかない。どうしてもあと一人仲間が必要なんだ。そっちはどうなんだ。後方支援でもいいのか?」


 カプリツィアは形の良い眉を小さく持ち上げ、


「よくありませんわ。わたくしにだって背負っているものがあります。けれど、誰かの手を借りるつもりもありません」


 つんとすました声が返ってくる。しかしルーキは動じなかった。なぜかこういう気が強くて厄介な相手に慣れている。相手の言い分を気にせず、図々しくこちらの意見を述べるのが一番だ。「だったら、なおのこと」という一言でこっちの話に巻き込む。


「ここはフリでも何でもいいから手を組もうぜ。こんなしょっぱなのガバでつまづいている場合じゃない。目的の達成、完走こそ最優先だ。そうだろ?」

「それは……」


 少女の頑なな眼差しがわずかに揺れた、その時。


 船が岩場に乗り上げたような大激震が、ルーキたちを襲った。

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