第230話 ガバ勢とはぐれ一門純情破
ルーキたちがまじまじと見つめる中、金庫の横のパネルに文字が現れた。
《ウェルコメ》
「何だこれ? 金庫が言ってるのか?」
《ノーコメモアリヤ》
「何か変なヤツだな……」
ルーキが顔をしかめていると、仲間たちの一部に息を呑む気配がある。シキ、スベ、ワワ、そしてロコの四人。ルーキを含めたその他のメンバーが皆怪訝そうにしているところに、彼らの中から「これは……」とつぶやく声が押し出された。
「この金庫について、我々は知っている」
「シキさん?」
たずねるルーキに、シキの横で何度もうなずくスベが応じる。
「署長が、セレモニーの前の雑談でべらべらしゃべってやがったんだ。最新式の金庫を導入したって。デンシロックだとか、文字案内付きだとか言ってた」
「これに間違いないですぅ」
「これは僕たちRTA研究所が作ったものじゃないよ。それは保証する」
こちらがまだ到着していなかった時間帯の話らしい。ケイブによると、こちらは到着が遅れていたらしいので、聞きそびれていたのだ。
「そして、我々はこれを開ける番号も聞いているんだ」
「えっ。マジですか」
ルーキが目を丸くするとシキはうなずき、
「恐らくは調子に乗って口を滑らせたのだろうが……しかし、金庫がこんな特殊な場所にあることを考えると、あの子なりの保険だったのかもしれない。万が一、自分に何かあった時に、あの場にいた誰かにこれを開けてほしいという」
「まさか……あの署長が?」
下水路の倉庫で霧散したはずの綺麗な署長のイメージが、都合よく復活してくる。
ありえるのか。そんなことが。しかし、シキから薫陶を受けたらしいことを考えると、無意識にでもそうした手を打ってくる可能性は、なくはない。
人は血統ではなく、育つ環境によって決まる。リズ・ティーゲルセイバーが勇者の家に生まれたから強いのではなく、勇者の家で育ったから強いように。
日々の何気ない一つ一つの積み重ねが、その人を作り、強みを作る。
――オレを作ってくれた
署長は確かにそう言ったのだ。
「なら、ここには何か重要な切り札が?」
「信じよう」
シキが金庫の操作パネルに顔を寄せた。
《ヨクゾココマデキタ》
《サア パスワード ヲ ニュウリョク スルノデス!》
道具が持ち主に似るというのが本当なら、この金庫は署長の性格そのものだった。
偉そうなメッセージの下に1から9までの番号が振られたボタンが並び、どうやらこれを押してロックを解除するものらしい。
「ほ、他の人がいてよかったですぅ。実はあたし、署長の話よく聞いてなくてぇ……」
ワワが恐縮するように頭に手をやりながら、そんなことを告白した。するとロコとスベも苦笑いを浮かべ、
「ぼ、僕は緊張して人の話とか全然聞こえてなかったから……」
「へっ、心配すんな、オレもうろ覚えだ。全然興味なかったからな、あんな自慢話。シキさんがいてくれて助かったぜ」
「あの子の言葉だからね。どんなことだろうとちゃんと聞いてるさ」
シキは薄く笑いながらしみじみとそう言い、
「さあ、彼からの贈り物受け取ろう」
迷わぬ手つきでパスワードを入力した。
4864。
ブブーッ!!
《チガイマス》
……………………。
………………………………。
『………………………………』
「シ……シキさん?」
ルーキが恐る恐る呼びかけると、彼は少し照れ笑いし、
「……おっと打ち間違えたね。4862で金庫が開くよ」
ブブーッ!!
《チガイマス》
《バカジャネーノ》
「…………」
「…………」
『…………』
全員が固まった。
……………………………………。
…………………………………………。
………………………………………………。
長い長い沈黙と停滞の後、シキが再び手を伸ばす。
「思い出した、4682があの子が残したメッセージだ」
ブブーッ!!
《チガイマス》
《ファッ!?》
《クゥーン……》
『……………………………………………………』
「おお、そうだそうだ。やっと思い出したよ。4864でファイナルアンサーさ」
ブブーッ!!
《チガイマス》
《チョットマッテ》
《ナニコレ?》
《ジョウダンハヨシテクレ》
…………………………………………………………………………。
「今度こそ思い出した。4862こそが真の答えだ」
ブブーッ!!
《チガイマス》
《ウセヤロ?》
《ヤベェヨ……ヤベェヨ……》
《ダレカタスケテ!》
「だ、大丈夫。任せてもらおう」
《ホントォ?》
「486…………。いや……違うな。確かに……4684、これで――」
ブブーッ!!
《チガイマス》
《ヤッパリチガッテルジャナイカ!》
《コレガナカナカムズカシイネンナ……》
シキの動きは完全に止まった。
「ま、待て待て待て。オレが思い出した!」
石化した彼の背後から、スベが慌ててフォローする。
「6482だ。これで間違いねえよ。シキさんはちょっと順番を間違えただけで、別に署長の話なんかこれっぽっちも聞いてなかったってわけじゃあ……」
ブブーッ!!
《チガイマス》
《ヤメロォー》
《ダカラチガウツッテンジャネエカヨ》
《アカンコレジャナカミガシヌゥ》
「4648! そうそう4648だったよな!?」
ブブーッ!!
《チガイマス》
《ウッソダロオマエ!?》
《ダイジョウブデスカ コンナニジカンカカッテ》
《ケッコウヤバイトオモウンデスケド》
「う、うるせえ金庫だな! 大丈夫だって安心しろよ!」
《ウソダゾ ゼッタイダイジョウブジャナイゾ》
「あのぉ、もしかして4846だったかもぉ……?」
ワワがおずおずと発言すると、スベは脂汗の浮いた顔をぱっと輝かせ、
「おーそうだそうだ! そっちだったわ! いやーそっちかよハハハ――」
ブブーッ!!
《チガイマス》
「4682! 4682! こうだろ!? こうだよな!?」
ブブーッ!!
《チガイマス》
「うがああああ!」
とうとうスベも停止した。ワワもうつむいたまま何も言わなくなる。
誰も。誰一人として、署長の言葉を覚えていなかった。完全にスルーしていた。そういうことだった。
ルーキは救いはないかと仲間を見回し、そしてまだ一人、署長が話した現場にいつつ金庫に立ち向かっていない人物に目を止める。
ロコ。
彼は緊張して話を聞けていなかったと告白している。しかしもう、頼れる相手がいない。間違いでもなんでもいい。番号の一つでも覚えていてくれれば――。
こちらの視線を受けて、ロコがぎくりと顔を歪める。
ケイブもリンドウも、期待するように彼を見つめていた。
無言の意志に絡めとられるように、ロコはゆっくりと金庫に近づく。
《ンンン~……ンンンン~♪》
金庫が突然音楽を奏で始めた。
流れが変わったような、しかしまだ弱いような、けれど何か可能性を予感させるそんな旋律。
(これは……やってくれるのかロコ!?)
ルーキが見守る中、彼は、なぜか極めて申し訳なさそうに、自らの罪の現場に出向く犯人のように、数字の書かれたボタンに手を伸ばす。
「え……?」
しかし、なぜかすぐにはボタンを押さず、あらぬ方向を指さした。
「…………その…………途中で……気づいたんだけど……言い出せなくて…………ほんと……ごめんなさい」
本当に、本当に申し訳なさそうに。
金庫の側面。
隣に他の箱が置かれて、立ち位置によっては見えない角度のそこに、こんな走り書きが。
…………“8462”
ピーッ。カチャッ。
《セイカイ》
《アーアーアーアーアアアアーアアアアーアーアアアアー》
金庫から流れるBGMが荘厳な転調を果たした。
溜め込まれた暗黒を打ち払う可能性の光が世に満ちる。それを祝福するかのごとき音。そのための楽譜。そのための右手。
同時に、
《コウシンカショヲノコスセンクシャノカガミ》
《コウシンカショ》
《ブラッディシールド》
《ガバユエニワレアリ》
《ゴリンジュウデス》
《カンゼンハイボク》
《ゼンゼンチガウ》
《ゴルシ》
《ナンカカイトケ》
《ユメデオワラセタイ》
金庫が怒涛のメッセージで煽ってくる。
解除に挑んだロコ以外の全員が声もなくその場に倒れ込んだ。
大ベテランから若手まですべての警官がこの金庫に敗北したのだ。しかも金庫横に書かれた正解にすら気づかない大マヌケっぷりが、あの署長にすら負けたような気分にさせた……。
※
金庫の扉は開いたものの、中身を確かめるには床に転がった彼らが邪魔で、誰も近づけない。
ルーキたちはしばし、いまだに流れ続けている金庫のクソリプとBGMに忍従するしかなかった。
と。
(え……?)
ルーキは見てしまった。
床にぶっ倒れたシキとスベから、見慣れたもの、しかしそこにあるはずがないもの――青い靄が立ち上ってくるのを。
(こ、これは…………まさか!?)
それは一門の証。ガバオーラ。
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