第197話 ガバ勢とギャング道7-OKASIRA-

 王都。

 人類の生存圏が最小だった〈獣の時代〉以前から存続する、人の歴史そのもの。

 宮殿を中心とした円形の古都は、それを飾るように東西南北に配置されたひし形の大都に囲まれ、今日まで政治の心臓部として鼓動してきた。


 周辺都市のひとつ、北側の大都市ノースシティは大きな山や湖といった風光明媚かつ険峻な地形が豊富で、王侯貴族の保養地があることでも知られる。

 そのうちの一つ。黒々とした森に囲まれ、湖畔に佇む別荘に、ギルコーリオ第四王子の姿はあった。


「……は? 全員が行方不明?」


 食事の後の優雅なティータイムのさなか、彼は付き人のリンドウから、送り込んだ者たちのその後を聞いた。


「はい。全員、一人残らず消息を絶ちました。逃げたか、それとも……」


 実務的かつ機能美に満ちたメイド服姿のリンドウは、紫がかった瞳を主と自分の中間の床に落としつつ、淡々と状況を説明してくる。

 理解が追いつかないギルコーリオはそれを片手で遮り、


「えっ、ちょっと待て。あそこは……勇者の血族が住んでいるような街だよな?」

「はい。それが?」

「あそこってそんなに治安悪かったの? あの三チームが太刀打ちできないくらい?」

「治安は悪くないですが、皆凶暴で、極めて強靭です」

「えぇ……? でも僕らが行った時は、そんな様子なかったよね?」

「埋め火と同じく、迂闊に踏まなければ何事も起こらず過ごせる場所ですので」

「うず……何だって?」

「失礼しました。地雷のことです」

「何だい、東方のものかい。そういや、君はあっちの出身だったな」


 ギルコーリオは整った顔を歪めてうめいたが、やがて考えるのも面倒になった表情で、

「なんだ、そう……」とあっけなく納得した後、「ルーキにやられたのかな?」との言葉を続けた。


 リンドウは小首をかしげる仕草すら見せず、


「どうでしょう。そこそこ腕が立ちそうな少年ではありましたが、百人を跡形もなく消してしまえるような器用さはなさそうでしたが。……彼が気になりますか?」

「そりゃそうだよ。あいつを困らせるために送ったんだぞ」


 ギルコーリオは不満げに唇を尖らせた。


「確かに王子に無礼な態度はとりましたが、野良犬が目の前を横切った程度のことでしょう。王子ほどの地位のお方が相手にしては、役不足にもほどがあると思いますが」

「いや、それは違う。違うぞリンドウ」


 付き人のなだめる言葉を彼は強く否定する。指を組み、柔らかい編み藁でできた椅子の背もたれに体重を預けると、視線を窓の奥の湖へと投げた。


「ルーキは、奇妙な男だ」


 湖面に跳ね返る無数の陽光に目を細めつつ断言する。


「間違いなく野心がある。功名心と名誉欲。喉から手が出るほどにそれを求めている。王家のまわりに群がる連中と同じ……それをずっと見てきた僕が言うんだから間違いない」

「あの年ごろなら普通のことでしょう。凡人ということでは?」

「だがヤツは蹴ったぞ。僕との勝負を。リズ・ティーゲルセイバーを決して賭けなかった」

「そちらの方が大事だったということでしょう」

「本当にそう思うか?」


 ギルコーリオはぎらついた目をリンドウへと向けた。

 答えは沈黙。彼女は主の答えをただ待っていた。

 ギルコーリオは唇を湿らせ、声に力を込めた。


「いいかリンドウ。人というのはな、自分が持ってないものほど光り輝いて見えるものだ。たとえば、同じだけほしいと思えるAとBという宝があったとしよう。人がAを手に入れた途端、Aの価値はB以下になる。そして、もしBがもう手に入らないと知ったら、Bの価値は天よりも高く上り、Aの価値は地べたを這いずるだろう。人は、もう持っているものに以前ほど価値を感じんのだ。それが人だろうと物だろうと地位だろうと同じこと。“あって当然”という意識に縛られ、価値観を鈍らされるのだ」


「しかし」と、彼は椅子の手すりを握り込んだ。


「あの男は、ルーキは、間違えなかった。リズを所有しておきながら、彼女の価値を正しく維持していた。これが王都の連中なら、何とか恋人をダシにしてもう一方のお宝も手にしようと邪な考えを巡らせていたぞ、間違いなく」

「そして、そうなっていたら王子が勝っていた……」


 リンドウの確信めいた言葉に、ギルコーリオは薄笑いと苦笑いを二つ混ぜて浮かべた。

「君がいるからな」という一言を添えて。


「もう一度言うが、ヤツは野心家だ。僕と向き合っている最中ですら、一瞬たりともそうでなかった時間などない。ヤツは間違いなく……Bという宝を欲していたのだ。しかし……勝負を断って僕に背を向けたヤツには、カケラの未練もなかった。一度だけ立ち止まったのは、あそこで延々と駄々をこねる僕が、時間を無駄にしてなんか可哀想だなという憐みからだ。わかるか? ヤツは僕を憐れんで親切にしやがったんだ! 同情されるほど可哀想だったか僕!?」

「ほどほどに」

「ホントのこと言うな!」


 ギルコーリオは子供のように足で床を叩いた。


「ヤツはこれまで会ったことのないタイプの人間だ。少なくとも僕のまわりにはいなかった。誰もかれもが、僕からのおこぼれを狙っていた。だがヤツは何も拾わず、親切心だけを突っ返してきた。これは僕の経験上おかしなことだ。容認しがたい」


 そうつぶやき、しばしの黙考の後、彼は突然立ち上がる。


「よし、もう一度ルタに行こう。ヤツと直接話をするのだ」

「今からですか?」


 リンドウがわずかに眉をひそめるも、すぐさま「そうだ」という声で応える。


「恐らく、大した話は聞けないと思いますが。彼は平凡な俗人です」

「それでもかまわん。心に響く名言なら王家歴代の自叙伝に山ほど眠っている。150%脚色されたヤツがな! 僕が聞きたいのはヤツがヤツの人生観で吐く言葉、それだけだ! すぐに準備をしろリンドウ、ルタに乗り込むぞ!」


 そう叩きつけて部屋を出ようとしたギルコーリオは、ふと、扉の近くにある大きな窓に、何かがひっついていることに気づいた。


「ん……? これは、手あとか?」


 大きな手あとだ。一瞬、別荘管理人のコールマンが掃除の際に不手際を働いたのかと思ったが、それにしても大きすぎる。そして、骨のように細い。


「ああ……それは死神の手あとですね」

「えっ」


 リンドウが何事もないような顔で口にした言葉に、ギルコーリオはは目をぱちくりさせた。


「ティーゲルセイバー家が放った死神のようです。ご存じありませんか。あの家に伝わる大鎌は、死神からぶんどり、さらにその死神を捕まえて閉じ込めておくためのものだという話を」


 淡々と解説する彼女に向かって、肩をすくめる。


「……はぁ……。リンドウ。君までそんな話をするのか。ティーゲルセイバーについては色々と噂があるが、どれもでたらめに決まってるだろう。好きな男としか結婚しない運命にあるとか、無理矢理抱いたら子種を枯らされるとか……誰が信じる?」


「え、それは確実に事実ですが」

「えっ」

「王族分家のカルオン家が絶えたのはそれが原因です。署名入りの日記が今でも残っていますよ」

「…………い、いや、それはきっと偶然で……」


「死神の話もしましょうか? あの大鎌〈魔王喰い〉に封じられているのは、死神の中でも、不意に訪れる事故や病気といった突発的な死を司る神――東方では〈通り魔〉と呼ばれる剣呑な妖神で、死の理不尽さ、死の身近さを伝えるために世界を彷徨っていると言われています。そのうちの一体を返り討ちにし、監禁状態にし、今の今まで隷属させ続けているのがあの一族です」


「や、いやー、すごい勇ましい伝説だなー……はは…………」

「大方、自分たちの頭上を飛び越えて勝手に報復に走った王子に対する意趣返しでしょう。あの家はなめられることが一番嫌いですから。それでは、今日までお雇いいただき、ありがとうございました。よい終末を」


 リンドウは折り目正しくお辞儀をし、部屋からさっさと退出しようとした。


「お、おい待って!? あっさり見捨てすぎじゃないか!? 君、僕の味方だよな!? 忠誠誓ってるよな!?」


 さすがに不安に耐えきれなくなり、呼び止めるギルコーリオ。しかし、


「いえ。わたくしはもっと偉い方のご指示でここにおりますので……」

「親父か兄貴しかいねえじゃねえか! 待てリンドウ! いや待ってくださいリンドウさん! え、僕これからどうなるんだ!? 助かる方法とかないの!?」


 ギルコーリオがリンドウにしがみつくと、彼女は鬱陶しそうに眉間にしわを寄せ、


「家から出なければいいんじゃないですか。〈通り魔〉の専門は野外での不慮の死なので。二、三日もすれば諦めて帰るでしょう」

「ホントか!? わ、わかった、そうしよう。ルタ行きは取りやめる。散歩もしないよ」

「それがよろしいかと。ではわたくしも引き続き王子にお仕えします。今後ともよろしく」


 リンドウはしれっと復職した。そんな彼女にギルコーリオはおずおずと、


「あ、じゃあ……あの……本当にヤバイときは前もってこっそり教えてくれませんか。リンドウさんの立場はよくわかっているので……親父か兄貴たちには内緒で。お給料、三倍出すので……」

「たったの三倍ですか?」

「ご、五倍出しちゃおうかな! キリがいいし!」

「十倍なら助かるヒントもあげられちゃうんです」

「やったぁじゃあそれで……(泣)」


 もはやルタだのルーキだのと言っている場合ではなくなった。

 今すぐティーゲルセイバー家に詫び状と品を送らなければいけないだろう。当然ポケットマネーからだ。

 こうして王子はしばらく、ペットのマルガリータ(アヒル)の食事が羨ましくなるほどの節制生活を心がけるしかなくなったのだった。


 ※


 リンドウは別荘の中庭に出た。

 庭師が丁寧に剪定した植木はどれも整った輪郭線を持ち、幾何学的な美しさを常に保っている。


(東方とは根本的な思想から違うな)


 その景色に目を浸しながら、リンドウは胸中でひとりごちる。


 故郷――東方の庭園は、完成された形を必要としない。

 職人たちは、やがて成長すること込みで枝葉を切る。庭園の主は、それが日に日に美しい形に近づいていくのを眺めながら、散歩を楽しむのだ。


 完成された美は、それが少しでも崩れれば全体が乱れてしまう。

 しかし移り行く美は、その一時一時に価値があり、見る者の心を長く和ませてくれる。


 無理くり“理想の形”を押し付ければ、人も自然も必ず反発してくるものだ。

 草木は必ず伸び、人は十人十色。それを一つの型に押し込めるのは土台無理な話。

 本来の性質に手を加えないまま、一つの共通の目的に向かって均衡を取るのが良い。


(これを和と呼ぶ)


 どこか不自然に思えてしまう庭園に故郷のうんちくを流したリンドウは、ふと、中庭の主役であるシンボルツリーのトネリコに、一羽のカラスが止まるのを見かけた。


「あれは……」


 リンドウは中庭の奥へ入ると、備え付けられたベンチに腰を下ろし、改めてカラスへ目を向ける。

 カラスは身じろぎもせず、こちらを見つめていた。


「口寄せか。羽に赤い点が一つのワタリガラスということは、刑部ぎょうぶだな?」


 指でちょいちょいと手招きすると、カラスはその意図を理解したかのようにリンドウの横に舞い降りた。


「久しぶりに聞いた呼び名です。ここではケイブで通っているので、そちらでお願いできますか、お頭」


 カラスが人の言葉をしゃべる。別荘の使用人やギルコーリオが見れば卒倒する場面だろうが、リンドウからすればしゃべらない動物の方が限られていた。代表例としてはハシビロコウだ。ヤツらは口が堅い。もの凄く。


「そちらの首尾はどうなりましたか」


 ケイブが聞いてくる。何の件かはたずねる必要もない。


「万事うまくいったよ。王子にはティーゲルセイバーのあることないこと吹き込んでおいたから、しばらくは大人しくしてよう。ついでに給金も十倍に吊り上げておいた」

「えげつないですね、さすがに。こっちの稼ぎが泣けてくるほどだ」


「何を言う。色々と面倒な手を尽くして、波風立てずにきっちり王子とゴロツキの縁を切り、無駄金の流れもせき止めてやったんだ。当然の報酬さ。今回、我々は汗をかいて働いた。王家はこれまで脂汗をかかされ、今、王子は冷や汗をかいている。みんな同じだ。三方一両損ってやつだろ?」

「一方だけボコボコすぎる気がするんですがそれは」

「いいんだよ。それくらいしてやらんと、甘ったれたお坊ちゃんにはわからん。ところで、どうした? 口寄せなんて大げさな術を使うのは久しぶりじゃないか」


 リンドウはワタリガラスの足から丁寧に土を払い、メイド服の膝の上に載せてやった。カラスは行儀よく足をたたんで座り、心地よさそうに目を細める。


「ルタだけで納まる話ならまだしも、王都がらみですからね。中央と開拓地の関係が微妙なのはよくご存じでしょう」


 ケイブの声に一抹の緊張が混ざり込んだ。が、リンドウは変わらずのんびりとした口調で、


「ああ。腕の立つヤツは軒並み開拓地方面に出ていってしまったからな。残っているのは業突く張りと、えた臭いの因習ばかりだ。王都の武力は張子の虎も同然――まあこれは言い過ぎかもしれんが、権威が失われかけている危機感は王族にもちゃんとある。今回、ギルコーリオ王子を“強め”にたしなめるよう依頼が来たのも、辺境と中央に余計な軋轢を生まないための彼らなりの気配りだろうよ」

「しかしその状況に甘んじる王族ではない。違いますか?」


 現場指揮官らしい冷えた声が、リンドウの表情をわずかに揺らした。


「そうだな。時流に飲み込まれずに浮かびあがってくる執念があるからこそ、今も王家は続いている。だがそう身構えるな。今の大開拓事業をストップさせることなど彼らも望んでいないし、今さら手綱を締めようにも馬はとっくに騎手を置いて原野を駆け巡っている。強引なことはできんよ」


 一笑に付してから、ふと空を見上げ、


「そうだな……もし、今、復権のための一手があるとすれば、走者、だろうな」

「引退した走者が、その名声を元に王都で事業を始める話はよく聞きますが、それを使って?」

「いや、彼らではない。王都が手にしたいのは物理的な武力だ。引退済みの走者では、たとえまだ若くとも日進月歩の最前線には勝てん。何しろ、くたばるまで前に進み続ける生き物だ」


 もう走者でも勇者でもないローズやレジー先生がルタに居るのは、王都にいても腐っていくだけだと知っているからだ。ガチ勢に関しては、そもそも開拓最前線から離れるという意識すら持ち合わせていないだろう。王都に出戻ってくるのは基本的に俗物だ。


 つまり、今求められているのは――。


「王都直属の走者。それもガチ勢に匹敵する力量の、な」

「……いささか夢物語が過ぎるのでは?」


 ケイブの生真面目な返答に、リンドウは噴き出した。


「信じるな信じるな、こんな与太話。あれらは人の里で生まれ、魔境でざぶざぶ洗われて出来上がった人間サイズの魔界だ。その時点で王都からの制御など受け付けん。だが……王都には開拓地の未知の技術が次々に運び込まれてきている。その中にもしかすると……と考える者は、決して皆無ではないようだ」

「なるほど。可能性はある、と」

「聖堂教会の山犬の中にも人外はいるからな。何が起こるかはわたしにもわからん」


 リンドウは投げやりに肩をすくめた。

 辺境には不思議なことが山ほどあるが、王都の精神状態も実に複雑怪奇だ。どんな歪んだアイデアが飛び出てくるかは、その時になってみないとわからない。


「話は変わるが、そちらの様子はどうだ。みな、元気でやっているか」


 一通りの連絡事項を終えたリンドウは、世間話でも始めるようにそう振った。日々これ戦争の辺境と違い、王都では一旦ことが収まれば、世の中はウソのように静まり返って暇になる。


「ええ。元気にやってますよ。ちょうどここに一人――」


 カラスから別の声が聞こえてくる。


「どもっす師匠」

「お、サクラ姫も一緒とは珍しいな。元気でやってるか」


 リンドウはわずかに居住まいを正した。サクラが苦々しい声で言ってくる。


「姫はやめてくださいっすよマジで……」

「そうか? 可愛いじゃないか」

「没落して主従が逆転した後の敬称なんて、アワレすぎてない方がましっすよ」

「講談の題材としては売れそうな話だが。ていうか、知り合いの女流演者に渡したら実際売れた」

「は!? 何やってんすかアンタ!?」


 リンドウはカラスの胸のあたりを撫でてやりながら笑う。


「お家再興を目指す、うら若き武家の姫君の奮闘劇だ。普通に大衆受けするだろ? 大人も楽しめるようにHPえっちぽいんと豊富な淫猥妖怪変化を竿役として用意してやったぞ。ああ安心しろ。せめてもの情けとして、全員女の妖怪ということにしておいた」

「何が情けだ余計にこじれた客が来るだろうが!」


「今のところ一番人気は、妖怪タコ入道の娘の“おくと”との絡みだそうだ。まあ、姫のいろんなところを一番激しく出入りする話だからな。客側で勝手に盛り上がって“薄本”とかいうのも出ているらしい。ハハ、もまえらいい加減にしる」

「いい加減にするのはアンタだルルォ!? 国元に帰れなくなったらどうすんすか!?」

「大丈夫だ、問題ない。念のため主人公の名前はハザクラという偽名にしておいた」

「ほぼ一致しんてんだよなぁ! 下手したらどっかでそれもう名乗ったかもなあ!?」


 真顔のカラスから聞こえてくるガミガミとうるさい声に、リンドウは「フフッ」と笑い、


「刑部。サクラはずいぶんにぎやかな子になったな?」

「ええ。ルタに放り込んだ時にはもっと陰気でこすっからい娘でしたが、ここ最近で色々あったようです。想い人ができたりとか」

「はああ!? 何だこの忍者! 兄弟子だからって人のプライベートをべらべらと……!」

「ほう! そいつはめでたいな。で、名は何という?」

「ルーキです」

「おいィィィィ!? 何普通にしゃべってんすかあああ!? 汚いな忍者さすがきたない!」


 サクラの絶叫を聞きながら、リンドウは眉をひそめる。


「ルーキだと? それはまさか、RTA走者のルーキか?」


 カラスの向こう側が息を呑むように沈黙した。


「は……? 何で知ってるんすか? まさかあのガバ、王都でも女にコナかけてたっすか!?」


 心当たりでもありそうな物言いに思わず噴き出すリンドウ。


「いや……ハハ、いや違う。女ではない。だが、そうか。サクラもルーキか。相当な人たらしらしいな、ヤツは」

「……まあ……そうすね。厄介なことに……」

「しかし、そこがいいんだろ?」

「な……なんすか師匠。この話まだ続くんすか?」


 いつになく女の子らしいサクラの態度に、リンドウはクスリと笑い、


「だって、想い人がいるのに変態メス妖怪に何度も快楽堕ちさせられる姫の新刊を思いついたから、よく聞き取りして本国に台本送らなきゃと思って」

「死ねす!」


 その絶叫で術が解けたか、目をぱちくりさせたワタリガラスが一声こちらに鳴いて飛び立っていく。

 楽しい部下との通信は終わり、この後王子の面倒を見る予定もしばらくない。

 十倍の給金が楽しみではあるものの、人の世の動きほど刺激があるわけでもない。


「まあいいさ」


 退屈も仕事のうち。そう割り切ったリンドウは静かに深呼吸し、庭園の緑を体に染み込ませた。

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