第159話 ガバ勢とダンジョンメイキング
その出来事は極めて奇妙な、そして稀有な来客から始まった。
「あのう、すみません。ここでお仕事を受けてくれると聞いて……」
〈アリスが作ったブラウニー亭〉、いつもの午後。
本日の定時ジングルは「ごおーおー」「つこっ」「てうてうてう」「ばいーん」「コロ」「キノコすき」「ずがががが(new!)」などという、擬音らしき一連の何かを誰かが口真似したもので、一度聞くと何度でも聞き返したくなる中毒性の高いものだった。
「ごおーおー好き」
「どっしりゆかりネキすき」
誰かが勝手に感想を述べる中、迷い込んだ蝶が席から席へと飛び移っていく。
そんなまったりとした空気の中、彼は現れたのだ。
『!?』
マガジンマークが店のど真ん中に
超重装歩兵が持っていそうな巨大盾をキャンバスに、大きな目と鼻、そして下半分を占める牙だらけの口が描かれている。
鮮やかな緑と奇抜なデザインは、南方系の精霊信仰を連想させた。
「いらっしゃ――って、あら街ゴブリンじゃない!? 珍しいー!」
たまたま入口近くにいた受付嬢が目を丸くして驚く。
「街ゴブリン?」
特に用もなくくっついてきたサクラと一緒に、いつものようにRTA資料を読みふけっていたルーキは、その異種族の名に眉をひそめた。
ゴブリンは、人間とは異なる文明を持つこの世界の住人だ。文明圏同士の公的な交流はなく、いくつかの小競り合いのみが歴史書には記されている。
「あれってモンスターじゃ……!?」
思わず腰を浮かせたルーキを、サクラの呆れ声が押しとどめる。
「なあに緊張してんすかねえ。街ゴブリンって言ってたでしょう。普通にこの街で暮らしてるっすよ」
「そ、そうなのか? 実は俺、この街を完全に理解してるわけじゃなくて」
「まあ、数自体は少ないっすけどね。獣人とかと一緒で、特段理由がなければわざわざ人間と敵対するような種族ではないっす。その中でも、人間と交流するグループは街ゴブリンって呼ばれてるんすねえ」
「へえ……」
彼女の説明を聞きながら、入口付近で受付嬢と話をしているゴブリンを見やる。
仮面をのぞいた背丈は一メートルほど。あれで成人のサイズだ。
「あの仮面は精霊信仰のアイテムでもあり、オシャレでもあるっす。戦闘時は同じデザインの盾を持つんすよ。デカい顔っていうのは、戦場では結構視覚的効果があるんす。これは世界共通すね」
「はえー、すっごいもの知り! すごいなサクラ」
「それほどでもありますねぇ! もっと褒めろっす」
ゴブリンの肌の色は薄紫で、衣服は腰巻を中心として、飾りのついた布を腕や足に巻き付けている。
普通の街で見かければ目立つだろうが、ここは多種族が混住するルタだ。仮面なしで彼らを発見するのは至難の業だろう。
「親父さーん、この人一門に頼みがあるみたいよー」
「何だと? 小鬼が一体何の用だ?」
釣ってきたイサキを塩焼きにし、合わせて冷酒をちびちびやっていた奥の席のレイ親父が声を張り上げた。
〈アリスが作ったブラウニー亭〉はガバ一門のたまり場だが、こっそりと走者に対する個別の依頼も受け付けている。
有力なパトロンでもいない限り、こうした小口の仕事をする走者は多い。
ゴブリンは受付嬢につれられて、店の最奥の席に陣取っているレイ親父の前までやってきた。
他の走者たちも何事かと椅子を持って集まってくる。
「ええと、わたくし、ゴブリンのゴボボと言いまして……〈ドッカーニアル〉という土地で“ダンジョンコンダクター”をやっております……」
ゴボボは周囲からの目を気にしながら、おどおどと言った。
意外なほど丁寧な口調からして、ゴブリンの中でもかなり知性的なタイプらしい。
「〈ドッカーニアル〉……。親父、知ってますか?」
親父と同じテーブルで直前までダウトをやっていたサグルマが聞く。
ルーキも聞いたことがない土地だった。
レイ親父は腕を組んだまま少し考えるように天井を見上げ、
「この街の鉄道が通る土地じゃねえな。隣街の“スピードルン”の走者たちがよく走ってるところだ。土地としての名前はあるが、開拓地としての価値は、もっぱら地下の方に集中してる」
「えっ、ご存じなんですか。かなり遠いのに……」
ゴボボは驚きを示したが、レイ親父は面倒くさそうに手を振って、「んなことはどうでもいいんだよ。で、どういう用向きだ?」と話を促す。
「おっしゃる通り〈ドッカーニアル〉は地上よりも地下の方が住みやすく、生活資源なんかも豊富で、わたくしどもは人間の開拓民としょっちゅう土地の取り合いをしています。その指導的存在こそ我らが
店内がざわめいた。
「何だと? メチャクチャ敵側じゃねえか!」
「街ゴブリンじゃねえのかよ騙された!」
「オウよくこの場所に来られたな。覚悟はできてんだろうな」
「ま、待ってください! 話を最後まで聞いてください!」
ゴボボは必死に手のひらを向け、気色ばむ全方位を押しとどめる。
「わたくしたちダンジョンコンダクターは、土地を取り返しに来る走者たちを、ダンジョンを作って迎え撃つのが仕事です。〈ドッカーニアル〉はタコ足状に広がっていて、そのうちの一本がわたくしの担当です。今、侵攻部隊が開拓地から人間を追い払ってますので、わたくしの仕事はその後ということになります」
「やっぱりな(レ)」
「正体表したね」
「絞首、斬首、銃殺、釜茹で……好きなのを選んでねウフフ。ンヒーッ!(強力ブレス)」
「しかしわたくしはそれを引退しようと考えているのです!」
椅子ごとじわりと――というか、ガッタンと――距離を詰めてきた走者たちに、ゴボボは最速で釈明の一声を放った。
「実はわたくし、ダンジョンコンダクターの才能が皆無でして……。いつも走者たちに攻め込まれては迷王様への接近を許す体たらく。仲間からもゴブリンのゴボボじゃなくガバリンのガババだと笑われる有様でして」
『oh……』
走者たちに若干同情的な空気が広がる。ガバ勢というだけで世間から侮られる経験は、一門なら誰もが味わう屈辱だ。
「そこで、仕事を辞めて田舎で暮らそうと思っているのですが、最後に一度くらい、一花咲かせたい。走者を撃退できるダンジョンを作りたい。そう考え、思い切って走者の方に知恵を借りに参上した次第です……」
言い切った彼に対し、真っ先に口を開いたのは当事者であるレイ親父だった。
「んなことして、俺らに何の得があるってんだ? よその街の走者とはいえ、RTAを邪魔してやる理由なんか何もねえぜ。おまえに肩入れする理由もだ」
「まず第一に、ダンジョン建設費用の残りと、わたくしの退職金を全部差し上げます。ダンジョンコンダクターは人気職なので、結構な額になります」
「どんくらいだよ」と聞くレイ親父に「このくらいで……」と話すゴボボを尻目に、ルーキはサグルマにひそひそ声でたずねる。
「ゴブリンのお金って使えるんですか?」
「場所によって、だな。飯屋街の〈ゴブリン・バット亭〉に行けば普通に使える。アワビのロースでっていう、とか、支店を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット、とか普通にうまあじだぞ」
「食べもの以外の名前が長すぎて不安になりますね……」
そんな内緒話を「なるほど。金額はわかった。で?」というレイ親父の一言が打ち切り、ゴボボが商談を再開する。
「それから、わたくしが担当している区域を放棄します。そうすれば、そこにゴブリンが進攻してくることはなくなります」
「それはおめえをここでぶった斬っても同じことじゃねえのか?」
親父はテーブルに立てかけてあった大太刀“邪刀・宵”をチラリと見やる。
「ヒッ! それは違います! わたくしが倒れれば、後任がやってきます。しかし、わたくしが進攻する価値なしと上に報告書を提出すれば、迷王様もここに人材と金をかけるのは無駄と判断して、以降手を出すことはなくなるでしょう!」
「ふーむ……なるほどな」
「どうしますか、親父」
考え込むレイ親父にサグルマが問いかける。
「ゴボボが辞めたら、どっちみち走者にとって付け込みやすいコースはなくなりますが……」
「それなら、コース自体を潰せるこの状況は悪い話じゃねえか……」
「住んでる開拓民たちも助かるでしょう。全体の被害を縮小できますから……」
「よし、いいだろ。やってやらあ」
何度かの小声でやり取りの後、レイ親父をぽんと膝を打った。
ゴボボはぱっと顔を――いや声を輝かせ、
「本当ですか!? ありがとうございます! では、早速〈ドッカーニアル〉まで一緒に来てください! 具体的なお話はそこでまた、ということで……」
「んじゃあ行くか。分け前がほしいやつは適当についてこい」
すぐさま席を立った一門数名を引き連れ、店を出ていこうとするレイ親父を、ルーキは慌てて呼び止める。
「ほ、本気ですか親父? それって走者と戦うってことですよね? 魔王側になるってことですよね……!?」
すると彼はニヤリと笑い、
「新入り、おめえまだ走者の何たるかがよくわかってねえようだな。いい機会だ、俺が教えてやるからついてこい。あくしろよ!」
「ほよっ!?」
その存在に比べて意外なほど小さくて柔らかい手に腕を引っ張られ、ルーキは変なにやけ顔を浮かべながら駅へと向かった。
「は?」
威圧的な声を上げ、小さな影もついてくる。
※
そして一門は早々と〈ドッカーニアル〉地下ダンジョンに到着する。
「ここは指令室です」とゴボボが説明する室内は、剥き出しの岩壁に囲われつつも、純粋なゴブリン種族由来のものとは思えないほど不可思議な技術で作られた機材が所狭しと置かれていた。
「これは魔導モニター。ダンジョン各所に生えている“目力男”が見たものをここに映してくれます」
ゴボボが、壁に掛けられた大きな板を誇らしく説明する。
〈アーマードフロンティア〉でも見かけた大型モニターだ。
画面は十六分割されており、現在はなんの変哲もない岩の洞窟が映っている。
いざ走者が攻め込んできた時は、ここから戦況の全体像を把握できるのだろう。極めて有効かつ高技術のアイテムだった。
「そしてこれが、ダンジョンに配置できるオブジェクトのカタログです。予算内でできる限り難しいダンジョンを作ってください」
そう言って渡されたカタログは全部で三冊もあり、仕掛けるオブジェクト、配置するモンスター、エリア環境についてそれぞれ書かれている。
「ほお……なるほどねえ」
「うわあ、やらしいですね。これはやらしい……」
レイ親父たちは早速カタログをのぞきこんでわいわい話し合っている。
今回は走者と敵対するというイレギュラーにも関わらず、極めてマイペースだ。
そんな一門を見つつ、ルーキはゴボボに質問を投げかけた。
「これまで、どんなダンジョンを作ってきたんだ?」
すると彼は少し困ったように仮面を傾け、
「そうですね……。たとえば、入口に全予算をつぎ込んだレンタルドラゴンをたくさん置いたり、高レベルのパズルで足止めしたり……」
「えっ、それってかなり有効なんじゃ……」
「そんなんじゃ甘えよ」
ルーキとゴボボの会話に割り込んできたのは、みんなで顔を寄せ合ってカタログ熟読中のレイ親父だ。
「んなことしても走者は必ず抜け道を探し出すし、強い敵の弱点も発見する。そうなりゃ、序盤で経験値を稼がれまくって一気にゴールだ。走者のずる賢さをナメんな」
「そ、そうなんです。実際そうなりました。さすがは親父様。よくわかってらっしゃる……」
「ガバ兄さんはよくわかってない子みたいっすねえ」
「お姉さん許して!」
サクラに小突かれるルーキには隙しかなかった。
確かに、困難なルートでもどうにかしてしまうのが走者だ。敵が厄介ならば素直に迂回する。かの〈十倍ウォーク〉もそうした環境下で生まれた。
「でもそれなら、どうやって難しいルートを作ればいいんですか?」
いきなり思考を行き詰まらせ、レイ親父に質問を投げかけるルーキ。
「まずな、新入り。難しさを目指すのが間違いだ。それは走者にとって何の障害にもなんねえ。クリアした時に達成感が“あっちまう”からな。そういうのは逆にガチ勢を呼び込む要因になる」
「え、難しさを目指さないって、じゃあ一体……」
「どういうことでしょう、親父様」
「決まってんだろ」
レイ親父は、もう必要ないとばかりにカタログをぱたんと閉じ、きょとんとするルーキとゴボボにニヤリと笑ってみせた。
「クソ・フルコースだ」
言い方が絶望的に汚かった。
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