第133話 ガバ勢と覇王の騎士団

 ずんぐりむっくりの白っぽい胴体。あちこちから生えた鋭い棘。

 どう見てもサボテンだ。


「なんでサボテンがこんなところに生えてんだ?」


 薄暗い屋根裏部屋の中、ルーキはそうっと近づいた。サクラもついてくる。

 そうしてみて初めて、奇妙なことに――すでに存在自体が奇妙ではあったが――気づく。


 サボテンの表面が、やけに金属っぽいのだ。


「ンゴ……」

『!?』


 ルーキは思わずサクラと顔を見合わせていた。

 サボテンがしゃべった、ように聞こえた。


「んごおおおお……。すぴいいいいい……」

「い、いびき……!?」

「ガバ兄さん、離れるっす! これサボテンじゃないっすよ!」


 サクラに引っ張られ、ルーキはサボテンから距離を取った。その時の足音に反応したかのように、「ハッ!?」と、サボテンの上の部分が突然揺れる。


 そして、ルーキとサクラが唖然とする中で、周囲を見回すように体の一部をくねらせ、やがて正面にいるこちらと向かい合って“言った”。


「……! おお! おお、よかった。ようやく誰か来てくれたか」

「キエァアアアアアアア!?」

「しゃべったァァァァ!?」


 思わず抱き着く二人を前に、サボテンはよっこらしょと身を起こした。


「おや? そこの白サインを見て立ち止まってくれたのではなかったのかな?」

「な……!」


 それは人だった。サボテンに見えていたのは、サボテンそっくりの鎧だ。厚みのある肉質から、幾何学的に配置された棘まで、極めて精巧に模造されている。


「ガッハハハ! ワガハイは覇王騎士団のバムフリート。火採りの季節になったので、武者修行のためにアノールベルを目指しているのだが、この先のガーゴイルでちと困っておってなあ……。どうにか助太刀してもらえぬかと、サインを書いて待っておったのよ」


 バムフリートは問わず語りに告白し、床に書かれている白い線を頭部の動きで示した。

 サボテンの異様さと屋根裏の薄暗さで見向きもしなかったが、何かの文字のようだ。


「おや、白サインを見るのは初めてかな? これはオーランにおいて、手助けがほしい時に書いておく一種の伝言だ。これさえ残しておけば、ホレ、ワガハイのように待っている途中で寝てしまっても、通りかかった相手に要件が伝わるというわけだ、ガッハハハ!」


 いくら亡者兵士が梯子を登ってこられないと言っても、敵地のど真ん中で居眠りできるあたり、最低でも変人というラインがルーキの中で引かれる。


「さて、その話を戻すが、ほら、あれだ……ガーゴイルというのは元が石像だろう? つまり覇王騎士団伝統の、相手に抱き着く戦法が使えなくてな……。技を封じられたまま一人で戦うのもどうかと思うし、どう切り抜けるか悩んでおったのだ」

「オナモミみたいなやつっすね……」

「覇王とか名乗っておきながらそんなんが伝統でいいのか……」


 あのトゲトゲに抱き着かれたら、確かにものすごく痛そうではあるが……。


「誰かに助太刀を頼もうかと思っても、ここに来るのはせっかちな走者ばかりで人の話を聞いてくれん! だが、貴公らはそうでもないようだな。そこで一つ、頼みがあるのだが……」

「おう新入り、待たせたな」


 バムフリートの台詞を、梯子を上ってきたレイ親父の声が遮った。続いて到着したシルドを見て、サボテンが大きく身を震わせる。


「おお! 貴公のパーティであったか! 久しいな!」

「覇王樹の鎧……。やあ、君か……」


 シルドがどこか寝ぼけたような声で応じる。さっきまでの明瞭さはない。


「そうであったなら話は早い。今、そこの若い御仁にも頼もうとしていたところなのだが、今回も共闘を願いたい。いかがかな?」

「ああ……うん……こちらからも頼むよ」

「おお、そうか! ガッハハハ! これは重畳、重畳!」


 バムフリートはすぐ脇に立てかけてあった大剣を手にして立ち上がる。ツヴァイハンダーだ。刃の根本にはリカッソと呼ばれる第二の柄があり、ここを握ることで、いわゆる薙刀グレイブのように扱うこともできる意外に器用な武器だった。


「ヤツと話をしていたのか」


 とんとん拍子に進む事態についていけずにいるルーキに、サグルマが声をかけてきた。


「ええ、一応……。あのサボテンの人は、こっちのこと知ってるんですか?」

「ああ。顔馴染みだ。〈ピルグリム〉の俺らにとっちゃチャートの一部で、ここにいてくれねえと困る相手だよ。初見じゃなかなか驚く格好をしてるだろ」

「驚きましたよ。床からサボテンが生えてるんだから。あのヘンテコな鎧は一体?」

「ナリは奇天烈だが、覇王騎士団はオーランきっての精鋭部隊だ。今じゃ生き残りも数少ないだろうに、暇さえあればこうして各地を巡って腕を磨いている」


 どうやらオーラン固有の戦闘集団だったようだ。道理で、人間以外の種族もごった煮されているルタの街でも見たことがないわけだ。あんな格好、一度見れば忘れるわけがない。


「連中は太陽を強く信仰していてな。修行の旅の途中で命を落とすことも恐れず、日の光の元で本物のサボテンように座って死ぬらしい。そうすることで、太陽の御許に行けるということだそうだ」

「見かけによらず武人っすねえ……」

「でも、伝統技は抱き着きなんだよな……」


 ルーキは一瞬、巨大な悪のドラゴンに立ち向かう覇王騎士団が全員で竜にくっつく様子を想像して、やめた。マジでオナモミにしか見えず、どんな吟遊詩人もコーラを噴かずに聴衆にその話を聞かせることはできそうにない。


「まあ、誰しも苦手な相手はいるってことだ。さあ行くぞ。一つ目の許可証はすぐそこだ」


 シルドとバムフリートを先頭に、パーティは屋根裏の戸口から外へ出た。


 母屋の屋根の上だった。

 いつの間にか傾いていた日の光が、黒っぽい屋根瓦を赤く染めている。

 屋根の反対側には鐘を吊るした尖塔が見えた。この入口は、あの鐘楼への通用口でもあったようだ。


「こ、これは……」


 ルーキは目を丸くする。

 広い屋根の縁を、普通では考えられないほどの膨大な数のガーゴイルが囲っている。

 単なる装飾でないことは、先のバムフリートの発言からわかっていた。


「来るぞ!」と誰かが叫ぶと同時に、無数の石像のうちの一つが跳んだ。


 せいぜい子供ほどの大きさしかなかったそれは、宙にいるうちに数倍に膨れ上がり、屋根に着地して礼拝堂を震わせた時には、身の丈数メートルの屈強な魔物に変じている。


 ――ギエエエエエエエエ!


 怪鳥のような咆哮を放ち、巨大な尾をこちらに向けて振り放ってきた。

 その先端は、両刃の斧そっくりだ。


「よけろォ!」


 レイ親父の一声で、一門がわーっと散る。


 空気を分厚く切り裂く音がルーキのすぐ近くを通過した。突風で腕の薄皮が波打つ。とても人間には受けきれないパワーだ。

 こいつが、アノールベルへの番人!


「尻尾に気をつけろ!」

「後ろはダメだ。正面取れ、正面!」


 誰かがそう叫んだ時、ガーゴイルは勢いをつけるように大きく首を回し、すでに口の両端から零れ落ちていた業火を一気に吐きだした。


「熱ゥい!」

「熱いッシュ!」

「正面はダメだあかんこれじゃ死ぬぅ!」


 逃げ惑う一門を、ガーゴイルの叩き潰す拳が襲いかけた。何とかゴロゴロ転がって距離を取ろうとする。前も後ろも至近距離も隙が無い。


(だったら、ここは!)


 ルーキが愛用のグラップルクローに手を添えた瞬間。


「とぉぉぉぉぉう!」

「バムフリートさん!?」


 ルーキは一つ知った。

 オーランでは、サボテンが空を飛ぶ。


 それほどの跳躍力。見てくれはともかくとして、確かに身体能力は精鋭部隊だ。

 重さを感じさせない軽やかさで躍りかかったバムフリートは、ガーゴイルの頭にびたっとくっつく。


 そして。


「ハッ!? し、しまった、ついクセで飛びついてしまったが、我が騎士団伝統の奥義はこいつには通じないんだった!」

「ズコー!」


 ルーキは昭和しそうになったが、


「ええんやで」

「これはな、誰でもそうなるんや」

「古いチャート染みついて……むせガバる」


 逆にガバ勢たちは一斉に暖かい理解を示した。


 ガバ勢RTA心得一つ。ガバと和解せよ。ガバは己の成長の余地である。

 そんな大文字が、彼らの背後に燦然と輝いた……ように見えた。


「はーつっかえ! 一門マジつっかえ! その同類もつっかえ! ガバ兄さん辞めたらこのパーティ!」


 ちゃんとツッコんでくれるのはサクラだけだ。


 しかし、棘の痛みはなくとも、飛びつかれるのは不愉快であったらしい。ガーゴイルが身をよじってバムフリートを振り落とそうとする。

 ヤツの注意がそれた。


「チャーンス!」


 走者たちの一転攻勢!


 ――ギャオオオオオオオウ!


「ウゥワァ!」

「オフッ!」

「ボーリョク……!」


 が、暴れるガーゴイルの激しい動きに巻き込まれ、跳ね返される。

 大型モンスターの脅威は、ブレス攻撃でも器用な尻尾の攻撃でもない。単純に大暴れして体をぶつけられるのが一番怖い。


 誰もが迂闊に近づけなくなる中、ルーキは声を張り上げる。


「サクラ、やるぞ!」

「しゃーないっすねえ、兄さんは右!」

「おまえは左!」


 確かめるように声をかけあい、二人は左右に分かれて走り出す。

 ガーゴイルのむかって右側に回り込んだルーキは、すぐさま頭部めがけてグラップルクローを射出。嘴のある悪魔の顔面を見事にキャッチする。


 ――グガッ!?


 ガーゴイルがこちらを向いた瞬間に合わせ、反対側から走り込む影がある。サクラだ。


「食らえッ!」


 死角から頭部めがけて跳ね飛んだ彼女が、脇差の一撃で相手を怯ませる。見えない方向から攻撃された者がする反応は一つ。痛みのある方へと向き直る、だ。


 その間隙をついてルーキはワイヤーを緊急回収。続く操作で奇襲突撃用のコンポジットアクションを実行させる。


 体が一気にガーゴイルの横っ面へとぶっ飛んでいき、サクラの斬光と合わせてバツの字を描くようにニテ剣を叩き込んだ。


 ――グオオオオオ!!


 攻撃が通った。特にニテ剣の一撃が動く石像に大きな傷を刻む。


「おらあああ!」


 直後。ずうん、と屋根を揺さぶる振動が、着地したルーキの足元を走り抜けていった。

 レイ親父がガーゴイルの尻尾を踏みつけている。

 それだけで、巨大な石像のモンスターは身動きができなくなった。


「シルド、やれ!」

「ええ、親父。希少なテールウエポン一つ、いただきです」


 間髪入れずに屋根の傾斜を滑って肉薄したシルドが、ニテ剣でガーゴイルの尻尾を切り飛ばした。


 ――ギャアアアアアアア!


 落ちた瞬間から生物的な動き失い、立派な両刃斧のポールウエポンと化す。それはトロフィーの一つである珍しい武器に該当するものだ。これでこの戦いの必須条件はクリア。

 回収を見届けた親父が叫ぶ。


「みんな躍れー!」


 一門は一斉に飛びかかった。


「おっ、(背後が)開いてんじゃーん!

「ホラホラホラホラ!」

「最後の一撃くれてやるよオラぁ!」


 ――グギャアアアアアアアアアア!


 尻尾を失ったガーゴイルは、ボコボコのボコっちゃん人形にされて倒れた。

 戦いは数。ド・ズルもそう言っている。


 沈むように崩れた体はみるみるうちに小さくなっていき、元の石像に戻るどころか、掌に収まるサイズの石片にまで縮小した。


「これは……?」


 近くにいたルーキはそれを拾って見つめた。

 割符のようだった。もう一つ、同じサイズのものと合わせることで、何かの形になりそうだ。


「そいつがアノールベルに入るための許可証の片割れだ」


 と、サグルマが教えてくれる。


「へえ、しゃれてますね。わざわざこんなものを用意するなんて」

「元々は正規の通行証を持たない者のための緊急用のパスで、ガーゴイル自体も鍵と一体化したセキュリティだったらしいんだが、ここを管理していたヤツがもういねえからな……。力ずくで突破するだけの試練に変わっちまった。それは親父に渡しとけよ?」

「はい」


 ルーキはレイ親父たちに向き直った。

 と。


「おお、そうだ。これを渡しておかないとな」


 結局最後までオナモミだったサボテンが、レイ親父たちに向かって鎧の中から何かを取り出すところだった。


「共に艱難辛苦を乗り越えた戦友に太陽の加護あれ、運命のサンシャイン!」


 腕を掲げ、何やら定型句めいた言葉を発した後にシルドに渡したのは、陽光色のコインだ。


「これは感謝の印であると同時に、我らが信仰する太陽神への供物だ。祭壇を見つけたら供えておくといい。多く捧げれば捧げるほど、かの加護も強まるだろう……と、貴公には耳タコであったな。ガッハハハ!」


 豪快に笑うと、「では、ワガハイはこれで失礼する」と言い残し、バムフリートは鐘楼台の方へと歩いていった。


「俺たちはあっちに用はねえ。次の許可証を取りに行くぞ」


 レイ親父の声に従い、一門は元の道を戻り出した。


「罪を告白なさい、アッハッハッハァ↑」

「知らん知らん、ガッハッハッハッハ!」


 何だか鐘楼の方が騒がしかったが、楽しそうだったので別によし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る