第101話 ガバ勢と破壊の化身
(ソーラ……だと……!?)
ルーキは限界まで見開いた目で委員長に問いかけた。
彼女はこちらの口に当てた手をゆっくりと離しながら、玉の汗を張りつけた顔でうなずく。
他の仲間たちはすでに知らされたようだ。サクラもサマヨエルもカークも、全員が息も漏らさぬように自分の口を強く押さえている。
ルーキはさっき見た異様な怪物の姿を思い出した。
竜のように鱗に覆われた肌。鱗一枚一枚が、恐らくこちらの手のひらからはみ出すサイズ。腕は四本、脚は二本、と見ていいか。ただ、それらを蜘蛛の足のように広げて天井に張りついていることを考えると、いずれも器用に動かせることは疑いようもない。
顔立ちは、竜と悪魔を合わせたような凶相。顔の両脇まで裂けた口には、恐ろしく鋭い牙がずらりと並ぶ。
大きさがサイクロプスやギガンテスら巨人とほぼ同等なのは、まだ救いのある方なのか。だが、あれと戦うことを考えるとやはり脅威でしかない。
(あれがソーラ……。すでに復活していたってのか……!)
神殿内にモンスターの姿が少なかったのもそのためか。すでに復活していたのなら、これ以上祈りを捧げる必要はない。
後は、気の向くままに暴威を振るってもらうだけ……しかし。
(何を、やってるんだ……?)
ルーキは物陰から顔を出さず、空気の身じろぎだけでソーラの動向を探る。
不気味にのどを鳴らしているだけで、伝説の破壊精霊は一切動きを見せていない。
まるで、何かを待っているような……。
その時だ。
「第二十一次遠征だぞ、在り得るか!? あー、やってらんねえ! ぼく悪くないもん運が悪いんだもん!」
不意に祭壇の間の入り口から聞こえてきた声に、ルーキは思わず整備通路から転げ落ちそうになった。
「ほこからから長かったですねえ……」
「わーいゴールら……」
「わたし何で生きてるんだろ……」
口々に言い合っている人影を見て、唖然とする。
(――レイ親父!)
レイ親父、サグルマ、タムラーにサマヨエルを加えたガバ勢筆頭パーティ。モンスターにマークされまくっていた雪原をどうにか潜り抜け、ついにここにたどり着いたらしい。
二十一次遠征という愚痴からもその苦労がうかがえる。
しかし、よりによってこのタイミングで到着してしまうとは!
ゴオォォォ……。
(ん……? 何だ?)
ソーラのうなり声にわずかな変化が生じる。
(ま、まさか、親父を待っていたのか……!?)
さすがにそれは妄想もいいところだったが、レイ親父のパーティがソーラを刺激したのは確かなようだ。すぐ脇で巨大な物体が蠢く気配が、ルーキの腹の底に尋常ではない重さの緊張感を押し込んで来る。
そういえば、レイ親父のステータス表には、「魔王から奇襲されるレベル」の運の悪さが特記されている。まさか、それでここが生きるというのか。
「だがこれでようやく終わりだぜ。おい案内人、さっさと祭壇にタッチしちまってくんな!」
「はーい……。ああ、終わったぁ……」
「ええぞ! ええぞ!」
「のらぁ!」
親パーティに囃し立てられながらあちらのサマヨエルが祭壇に触れ、安堵の息をもらす。
パーティ全員が気を緩めるのが、遠目にもわかった。
と同時に、すぐ横のソーラの筋肉が、めりめりと音を立て始める。
ルーキは息を呑んだ。
(間違いない。ソーラは、親父を奇襲するつもりだ……!!)
魔王が走者をヒキョウにも奇襲するなど聞いたこともないが、相手がレイ親父ならマイナス的な意味で何が起こっても不思議ではない。
(どうする……!?)
ルーキは青い顔で仲間たちを振り返る。
様子を見ていたリズやサクラも同じ結論に達したのか、緊張に見開いた目を向け返してきた。
ここで奇襲を阻止するのはたやすい。
「上から来るぞ、気をつけろ!」と、そう呼びかければ、レイ親父はすぐに反応してくれるだろう。
だが、その後はどうする?
ソーラは激昂してこちらに突っ込んで来るかもしれない。そうなった場合、至近距離にいるこちらに逃げ場があるかどうかは怪しい。
それだけではない。この後、ソーラと戦うことができるかも問題だ。
二パーティ、総勢六名。
一門最大戦力であるレイ親父はともかく、他のメンバーは正面から破壊精霊と対決できるかどうか。とてもその状況がイメージできない。押し潰されてしまう。きっと。
……だが、もし、その前に有利な態勢を作れたらどうなる?
不意に意外な言葉が自身の頭を過ぎ去り、ルーキを身じろぎさせた。
もし、ソーラにダメージを与えた状態で戦闘を開始できたら。そうすれば、格段に戦いやすくなるのではないか? 委員長やサグルマも、何とか戦えるようになるのではないか?
ルーキは無意識的に、腰に差したショートソードに触れていた。
あんなバケモノに通用する武器などない――違う。ここにある。
自分をソーラの武器だと思い込まされているこの剣なら、通じる。
そもそも、ソーラの武器を回収したのは、その後の戦いを楽にするという以上に、この瞬間のためでもあった。
万が一ソーラが復活していた場合に、必殺の武器として用いる。
そのための武具。あとそのための能力転写。
ソーラの力は、ソーラ自身をも滅ぼすのだ。
一つのプロセスがルーキの中で組み上がっていく。
(もし、これが成功すれば……素の状態より圧倒的に有利な状態で戦える……!)
だが、できるのか?
本当にそうなるのか?
この計画は、すべてが上手くいくことを前提にしている。
一つでもミスれば、逆にこちらが不利な状況に追い込まれる。その時はもう戦える状態ではなくなる。
完全な賭けだ。相手を撃滅するか、それともこちらが撃滅されるか。安定性などカケラもない一か八かの大勝負。
そんなことを、今この瞬間だけで、一人で、決めてしまっていいのか?
しかし……このRTAは、何かが上手くいく保証などどこにもない危険な領域に、とっくの昔に入っているのだ。
(必ずうまくいく……いかせるしか、ねえだろが!!)
ルーキは仲間の顔を一つ一つ確かめるように見つめ、眉間にぐっと力を込めた。
物陰に隠れたまま、ソーラを指さす。仲間たちが凝然とそれを見つめる中、指先をレイ親父たちへと動かす。
そして次に、自分を指さし、ソーラへと動かす。
その意図を読み取った仲間たちの顔に強烈な緊張がみなぎった。
ルーキのサインが示したものは、ただ一つ。
(レイ親父を奇襲するソーラを、俺たちがさらに奇襲する!!)
つまりレイ親父たちには囮になってもらう。
その隙にソーラの武器化したショートソードを背中に突き込めれば、いかに破壊精霊といえど動きは鈍るはずだ。その後の戦いで有利な時間を作れる。
ただし、この作戦はレイ親父たちが初撃でやられてしまうことを考慮しない。つまり、親父たちには無傷でソーラの奇襲を乗り切ってもらう。
レイ親父が手傷を負ってしまうようなら、作戦は完全に破綻。撤退以外に道はなくなる。
しかしこれが、ルーキが思いつける唯一の勝ち筋。
勝利から逆算したご都合主義の方程式だ。しかし、絵空事とは思っていない。
なぜなら、レイ親父はロングダリーナ台地で二十回もソーラ鳥に運ばれて、なおピンピンしているからだ。普通なら心が折れるか、大ケガをしてリタイアしている。サグルマにしてもタムラーにしても。
誰もそうなってないってことは、今回も大丈夫ってことだ!
それなら後は、自分が上手くできるかどうかの問題!
ルーキは作戦の可否を問うようにリズとサクラを見つめた。二人は、即座のうなずきをもって返答した。
(決行するッ……!!)
ルーキは覚悟を決めて通路の端に寄った。
ソーラが飛び降りる瞬間に、こちらも背中からそれを追う。
インパクトのタイミングは、ソーラの攻撃と同時。何人も攻撃と防御を同時に行うことはできない。必ずダメージを与えられる……はずだ。
祭壇の間では、用を済ませたサグルマとタムラーが出口へと向かい始めていた。サマヨエルがそれに続き、レイ親父はまだこの淫祠に対して悪態をついている。
「親父ー、行きますぜー」
サグルマが呼ぶ。
「おう。すぐ行く」
親父が祭壇に背を向ける。
無防備な背中が露わになる。
瞬間。ソーラの体が、天井から剥がれるようにして落ちた。
(今ッッッ!!!)
ルーキは跳んだ。
ルーキだけではない。大鎌を構えたリズも、脇差を抜いたサクラも、ムーフェンシアの剣を掲げたカークも、一瞬たりとも遅れることなくそれに続いていた。
そして――。
それだけでもなかった。
「!?」
ルーキは見た。
祭壇の間の天井のあらゆる物陰から、こちらとまったく同じタイミングで、流星雨のごとく躍り出る無数の影を。
「!!!???」
一人や二人ではない。もっと多くの影――もっと多くの走者たちが、一斉にソーラ目がけて飛びかかっていった!
それは、グレートソードを下段に突き出したプリムだった。
それは、イケメン風バッドボディを従えたマリーセトスだった。
それは、剣を携えたフルーケたちだった。
それは、フライングショルダータックルで飛ぶビルだった。
それは、後ろ向きのフライングボディアタックで飛び出した市長だった。
それは、それぞれの得物を構えた名も知らぬ屈強な走者たちだった。
全員が、この瞬間を狙っていた!!!
――グオオオオオオオオオ!!!
「なんじゃそりゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
ソーラから奇襲を受けたレイ親父が、悲鳴を上げながら祭壇の間の壁までぶっ飛ばされていく。
だが、同時にルーキたちもソーラの背中に到達した。
「食らいやがれソオラアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
数多の武器が、ソーラの背中へと突き立つ。
――グオオオオルルウオオオオオオオアアアアアアアアアア!!!!
身をよじる破壊精霊の、恐ろしいほどの鳴動が空間を揺らがした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます