第十話 トラッドという名の冒険者
夜が明けると、停車場でベルンハルトさんの操る
「よし、これで一〇頭立てに戻った。少し重いがロルフ君に慣れない雪道を運転させないで済む」
「ロルフちゃんは、エルサちゃんとイチャイチャできなくて残念そうねー」
「べ、別にそんなことは思ってませんよ!」
「ロルフ君……そうなの? あたしは寂しいんだけどなぁ」
エルサさん、そう言ってくれるのはとても嬉しいわけですが! 今の状況で、そういうこと言われたらどう反応していいか困るんです!
「ロルフの顔、真っ赤―!」
「ロルフちゃん、夜は自由に自分たちの馬車でイチャイチャしていいからねー」
「んんっ! 戯れるのはそこまでだ。そろそろ、合流地点に向かわないと遅刻することになる」
ベルンハルトさんが、手綱を持ち、馬に鞭を入れると、馬車が合流地点の門に向かって進み始める。
ここから先の街道は、運転の難しい雪道となるため、馬車の操作はベルンハルトさんに任せ、僕は同じ除雪の依頼を受けた冒険者との連絡役に専念するように言われていた。
馬車が城門に近づくと、一緒にベリアを目指す冒険者や商人の一団が見えた。
街道の除雪に参加した冒険者の数は三〇名。ベリアへ物資を運ぶ商人の馬車は五〇台というかなり大規模な輸送隊だ。
「今回は冒険商人が一緒らしいぞ。楽できそうだぜ」
「いやでも、あのデカい馬車が、雪でスタックしたら一苦労だぞ」
「青の大魔術師のヴァネッサがいるんだぜ。余裕で雪を吹き飛ばしてくれるだろ!」
「今回は、いつも以上に早くベリアに到着できそうだ。向こうも食糧の備蓄が心もとないという話だし、早く到着してやりたい」
この先の道はかなり雪が積もっているらしいけど、ヴァネッサさんの魔法や、吹き飛ばし系の魔法を付与した武器を使って僕たちも除雪をすれば、先発した輸送隊にいる父さんたちと街道上で合流できるかもしれない。
そんなことを考えていたら、馬車を停めて
「今回の輸送隊のリーダーは、私が務めさせてもらうが、異論がある者は今の時点で申し出てくれたまえ。これより先は、私に全て判断を委任してもらうことになる」
参加者からは異論が出る様子はなかった。実績十分の冒険者であり、有名な商人でもあるベルンハルトさん以上に、リーダーとして頼りになる人は、今回の参加者にいないということだ。
雪によって道幅が制限されていることもあり、慎重な判断を有することも多いことは、参加者も理解してるのだろう。
「異論はなさそうだ。では、私たち冒険商人の馬車が最前列を進み、道を開く。冒険者たちは商人たちの馬車の面倒を見てくれたまえ」
参加者が同意を示す頷きを返した。
「それと、何か不測の事態が起きたら、すぐにこのロルフに知らせるように」
屋根の上にいるベルンハルトさんに手招きされ、自分も屋根に上がった。
「あれがロルフか。かなり若いな」
「でも、すでに新種を二種類ほど見つけた登録者なんだろ?」
「らしいな。頑なにメンバーを増やさなかったベルンハルトさんたちが、新規に増やしたメンバーの一人らしいし、相当の傑物ってことだろうよ」
集まっているみんなの視線が僕に集中する。聞こえてくる話は過大な評価ばかりで、気恥ずかしさは感じるが、冒険商人の一員として、ベルンハルトさんに恥をかかせるわけにはいかない。
「ロルフです。旅の間、困ったことがあれば、どんな細かいことでも僕に連絡してください。よろしくお願いします」
挨拶は拍手を持って迎え入れてもらえた。今のところはベルンハルトさんたちのおかげで信頼してくれてるんだろう。あとは旅の間に、自分がちゃんと役目を全うするだけだ。
「では、出発する!」
ベルンハルトさんが御者席に戻ると、馬車は人の歩く速度でゆっくりと城門をくぐり抜けていく。僕はベルンハルトさんの馬車の横に並ぶと、後方の様子を見ながら徒歩で歩き始めた。
輸送隊はベルンハルトさんの馬車に付き従い、一台、また一台と城門をくぐり抜けて進み始める。
そんな様子を見ながら歩いていた僕に、馬車から出てきたナグ―ニャとリズィーが近寄ってきた。
「ロルフ、ナグーニャもリズィーと一緒に歩いていくー!」
「わふ」
そう言えば、今日は朝の散歩がまだできてなかったっけ。隊列が整うまではゆっくり進むって言ってたし、しばらく二人が歩くくらいはいいか。
「いいけど、気を付けてね。この辺りは雪もほとんどないけど、もう少し進んだら街道に雪が見えてくるはずだし」
「はーい! 分かってるー! リズィー、競争だよー!」
「わふ、わふ!」
大人の狼と見間違えるほどの大きさになったリズィーが、勢いよく駆けていく。すぐにナグーニャは置いてきぼりにされてしまった。
「リズィー早すぎだよー! 待ってー!」
リズィーと競争するナグーニャを目で追って歩いていたら、背後から声が掛けられた。
「ロルフ君って言ったな。ちょっといいか?」
振り返ると、声の主は三〇代のベテランっぽい冒険者だった。
「はい、なんでしょう! 何か問題でも起きましたか?」
「いやいや、問題が発生したわけじゃないんだ。とりあえず、問題が起きる前にちゃんと挨拶をしておこうと思ってな。オレはトラッドだ。よろしく頼む」
トラッドと名乗った冒険者と、並んで歩きながら握手を交わす。
銀等級の徽章も付けてるし、ベテラン冒険者っぽいから、冒険者たちのまとめ役っぽい感じの人だろう。旅の間に起こる冒険者間の問題は、彼を通じて報告が上がってくる感じになりそうだ。
「トラッドさんですね。困り事、相談事があればすぐに言ってください」
「ああ、頼む。若いとは聞いてたが、本当に若いな。オレが、お前の歳の時は先輩冒険者に噛みついてたクソガキだったぞ」
「僕もつい最近までは、本当にどうしようもない子供でしたから。でも、今はベルンハルトさんとヴァネッサさんに鍛えてもらってますので、こうして落ち着いてお話をできてます」
「普通、お前くらいの歳なら、新種を見つけて倒したことを周囲に大っぴらに吹聴して増長するんだがな」
僕の返答を聞いたトラッドさんは、感心したように頷いていた。
単独で倒してたら僕も増長してたかもしれないけど、みんなの力で倒した結果、代表として名前が載せてもらえただけだ。実力も経験も足りてないのは自分が一番理解してる。
「まだまだ、人に誇れるほどの実績も経験もありませんので」
「ふーん、なかなか謙虚なやつだな。言葉に嫌味もないし、本気でそう思ってるんだろうな。気に入った」
トレッドさんが、背中を軽く叩いてガハハと豪快に笑った。
気に入ってもらえてよかった。これから先の雪道では、他の冒険者たちの協力も必要になってくるだろうし、僕としてもトレッドさんと気軽に意思疎通できる間柄になっておきたいと思っている。
「それにしても、やっぱ冒険商人の一員ってなると、相当儲かるのか? お前も自前の馬車持ってるって話らしいじゃねえか?」
トレッドさんの視線が、ベルンハルトさんの馬車の後部に連結されてる僕の馬車に向く。
ミーンズで買った馬車に関しては、他の冒険者の妬みを買わないよう、借金で購入したことにしておくようにと言われている。魔物図鑑に新種の魔物を登録して多少は名前が売れたとはいえ、個人としての冒険者の等級は銀にすら至っていない駆け出し冒険者だ。
そんな僕が自前で馬車を持ってると言えば、気分を害する人も出るのは理解できる。
努めて冷静な態度を崩さないよう、用意してある返答を返した。
「借金ですよ。借金。ベルンハルトさんにお金を借りて買った馬車です。だから、頑張って働かないといけないんです」
「やっぱそうだよなー。お前も大変だな。借金は辛いよな。借金は……。オレもこの依頼を早いところ達成して、借金返さないと……」
トレッドさんの気持ちは痛いほど分かる。僕もアグドラファンにいた頃は、毎日借金の返済のことで頭がいっぱいだった。寝てても借金のことを考えてたと思う。そう思うと、今の生活は本当に恵まれたものだ。
「お互いに仕事を頑張っていきましょうか」
「ああ、だな」
トラッドさんは豪快に笑うと、仲間の様子を見てくると言って、馬車から離れていった。代わりに馬車の運転に集中していたベルンハルトさんが話しかけてくる。
「彼はこの辺りの冒険者の人望が厚い好人物だろうな。でなければ、癖の強い冒険者たちが頼りにはしないはずだ。彼とうまく話し合って問題を解決すれば大きなトラブルにはならんだろう」
「はい、自分もそう思いました。僕とトレッドさんが緊密に連携して、ベルンハルトさんの指示を皆に通達するのが一番いいかと」
「その通り。私は判断と指示をするが、行き渡らせるのはロルフ君の役目だからな。頼んだぞ」
「はい! 頑張ります。それにしても、トレッドさんは銀等級ですけど、除雪の依頼はお金も安いし、拘束期間も長いのに、よく受けましたよね?」
歩きながら、ふと思った疑問をベルンハルトさんにぶつけてみた。
「冒険者ギルドで聞いた話だが、この周辺だと、今は除雪の依頼しかないらしい。魔物も深い雪で動きが鈍いらしいし、そもそも街道を行き交う馬車の護衛依頼もないのだ。ただ、南に向かう依頼なら、それなりにあるそうだが……。実は、あの宿場町モートンにいた冒険者たちは、ベリアの街に活動の拠点を構えてる人が多いのだよ」
そうか、トレッドさんたちは活動の拠点にしてるベリアの街に帰るついでに依頼を受けたということか。それなら、多少安くて、拘束期間が長くても受ける意味はあるってことだ。
「そうだったんですか。じゃあ、なるべく早く到着できるように頑張らないといけませんね」
「ああ、そういった事情もあるから、なるべく彼らの拘束期間を短くしてやりたい。安全を最優先にして慎重に進むつもりだが、我々もロルフ君のご両親を追っているわけだし、速度が上げられそうなところは上げるつもりだ」
「了解しました!」
「お散歩終わり―。さむーい。お耳とれちゃうよー」
ベルンハルトさんとの話が終わった頃合いに、散歩を終えたリズィーとナグーニャが馬車の近くに戻ってきた。
「ナグーニャもリズィーも風邪を引かないよう、早く馬車の中で暖まりな」
「あーい! あーがと! リズィー戻ろう」
「わふう」
ぶるぶると身体に着いた雪を払ったリズィーが、ナグーニャと一緒に馬車の中に戻っていった。それからは、後続の輸送隊の様子を見つつ、馬車と一緒に黙々と北に歩き続けた。
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