第五〇話 鳥の魔物
「どうしたリズィー」
吠えている方を見たら、そこにはエルサさんと、ベルンハルトさんの姿があった。
「エルサさん! ベルンハルトさん!」
「ロルフ君! 無事だって思ってた!」
半泣きのエルサさんが、こちらに駆け寄ってくると、思いっきり飛び込んできた。
僕は彼女を抱きとめる。
「ロルフ君! ロルフ君だ! ロルフくーん!」
エルサさんが喜んでくれるのはありがたいんだけど、胸が顔に当たりまして。
ちょっと苦しくはあるんですけどね。でも、エルサさんも無事でよかった。
ベルンハルトさんと合流できたんだ。よかった。よかった。
「エルサさん、前が見えないです」
「あ、ごめん! 嬉しくてつい」
「エルサ、ロルフとイチャイチャ」
「ナグーニャちゃん、からかったらダメよー。あの子たちは婚約してるから大丈夫なの」
「そうだった。ロルフ、エルサ、こんやくしてる。イチャイチャしてもいい」
いや、そう言われるとしにくいんで、そろそろやめときます。
「エルサさん、みんな見てるから……」
「ごめん、ごめん。今降りるね」
抱き止めていたエルサさんを地面に降ろした。
詠唱しながら、杖を光らせたヴァネッサさんが、エルサさんとベルンハルトさんにも魔素除けの防護魔法をかけた。
「ベルちゃんもお疲れー。いろいろときつい遺跡ね。さすが創世戦争時代の遺跡ってところかしら」
「ふむ、通路にいた魔物も骸骨系ばかりだったので、死者の墓所という気はするが……。それにしても魔素が酷い」
「わたしもそれが気になっている。普通のダンジョンとは比べ物にならないくらいの濃度よ。ここの魔素が遺跡の通路を伝って、炭焼きの森を白化させてた気がするの」
「空気穴みたいなところから、魔素が漏れ出したためということか」
「ええ、そんな感じね。でも、それが起きたのは1カ月ほど前ってことよ。それまではなんら問題なかったわけだし」
「森の白化現象と、溶岩の止まったのとは因果関係があるというわけか」
ベルンハルトさんたちが見ている先には、地下から湧き出すように溶岩が噴き出している。
「ベルンハルトさん、進んできた方角的にグラグ火山に近いと思うんですけど、ここはどこだと思います?」
自分では、すでに方向感覚と距離感が掴めず、ヴァネッサさんと話していたベルンハルトさんに今の現在地を尋ねてみた。
「ふむ、落とし穴で私も方向感覚が掴めずにいるが、歩いた距離からすると、グラグ火山のふもとか溶岩運河への噴出口に近いかもしれない」
「でも、もしかして、ここは地底湖だったとか? ああ、溶岩溜まりね。ほら、あそこみて」
ヴァネッサさんが、上の方を指差した先には、大きめの穴が見えた。
穴の周囲は焦げた後とかあるし、溶岩があそこまで溜まってた可能性はたしかに高いよなぁ。
「あれが溶岩運河に繋がる噴出口だと、ヴァネッサは言いたいのかね?」
「ええ、何らかの要因で溶岩の位置がさがり、溶岩溜まりの底にあったこの場所や遺跡が露出したことで魔素が漏れ出して森が白化していったという筋書きが一番無理なくしっくりくるわね」
「ふむ……。ミーンズの街に起きた様々なことの原因は、溶岩の湧出量が減ったということか」
でも、グラグ火山は活動してるわけだし、そう簡単に湧出量って減るものなのかな。
「ロルフ君、あそこに何かあるみたいだよ」
「石碑ですかね? 台座にも見えますけど、ちょっと見てきますね」
「ロルフ君、単独で動くのは危ない。先ほどの罠の件もあるし、私も行こう。足元には十分気を付けてくれたまえ」
ベルンハルトさんが、先行するように前に出ると、2人で台座に近づいていく。
溶岩が近くなったことで、金属の鎧は熱を持ち、肌がやけつくような感覚になった。
「あちち、金属製は熱を貯め込みますね」
「こういう場所では、非金属製の鎧の方がいいかもしれないな。だが、私も相当熱を浴びているので、熱い」
ベルンハルトさんは、モフモフの毛皮が、こもった熱の放射を妨げていそう。
あんまり長くはいられないかもしれない。急いで調べよう。
台座にたどり着くと、そこには金属の板が置かれていた。
アグドラファンの墓所の入口にあったのと似た金属製の銘板だ。
「神語ですね」
「ああ、拾い読みすると『火の獣、討伐、封印、守護者、鞘』と刻まれている。文章になっているが、私には単語しか読めんな」
「火の獣ってなんですかね?」
「分からん……。守護者は、剣を持つロルフ君というだろうか? 鞘も持っているわけだし」
「昔、火の獣をドワイリス様が討伐して封じたという意味にも思えますね」
「なるほど、創世戦争時代の魔物を封じた場所か……。その線はありえるな」
銘板を見ていたら、地面が急に揺れ出した。
「地震ですか?」
「火山活動かもしれん! 溶岩に飲み込まれないよう、この場を離れた方がよさそうだ!」
「ベルちゃーん後ろ!」
「ロルフ君、後ろ!」
エルサさんたちが僕たちの後ろを指差して叫んでいる。
「すぐにそっちに戻ります!」
「急ごう!」
台座から離れようとした時、背中に熱風を感じた。
あまりの熱さを振り返ると、溶岩の湧出していた場所に、巨大な鳥の魔物がいるのが見えた。
「魔物!」
「ケェエエエ!」
羽を広げた鳥の魔物は、炎のように揺らめく羽をはばたかせた。
周囲の空気が熱を帯び、炎の竜巻になったかと思うと、僕たちの方へ向かって進んできた。
「遮蔽せよ!」
エルサさんたちの方へ向かいながら、盾に付与された魔法を低減する障壁を発動させる。
不可視の障壁が、こちらに迫ってくる炎の竜巻を防ぐ。
ピシピシと嫌な音がしたら、障壁がバラバラになって砕け散った音がした。
「土よ!」
今度は地面から土の壁を作り出す魔法を発動させ、炎の竜巻が向かってくるのを止める。
「くっ! 削られる!」
炎の竜巻は土の壁を削り続け、すぐに壁が薄くなった。
「ロルフ君、ベルンハルトさん、矢が行きます!」
エルサさんの声に反応し、炎の竜巻への射線を空ける。通り抜けた凍結を付与された矢は、炎の竜巻に当たると、周囲に熱風を巻き散らして消え去った。
「ふぅ、エルサさんありがとう!」
「油断しないで、鳥の魔物がこっち見てるわよ! ナグーニャちゃんは、通路まで下がって! 隠れなさい!」
「あい! 下がるね! あっ! リズィーそっちいっちゃだめー!」
ナグーニャの声に振り返ると、敵意をむき出しにしたリズィーが、鳥の魔物へ向かって駆け出していくのが見えた。
「リズィー、危ないから戻ってくれ!」
リズィーは鳥の魔物に対し、口から炎を吐き出して攻撃をした。
珍しくリズィーが僕たちの言うことを聞かない。
なんで、あんなにあの魔物へ敵意をむき出しにするんだろうか?
鳥の魔物は、リズィーの炎を食らっても、熱がるそぶりも見せず、先ほどと同じように羽根をはばたかせると、炎の竜巻を作り出した。
「リズィー、こっちに!」
炎の竜巻を見たリズィーは、僕の声に応え、足もとに駆け寄ってくる。
「遮蔽せよ! 土よ!」
不可視の障壁と土の壁を作り出し、迫る炎の竜巻の威力を弱める。
エルサさんの凍結の矢が当たり、弱っていた炎の竜巻は熱風を周囲に解き放って消えた。
「キェエエエ!」
鳥の魔物は炎の竜巻を消されたことにいら立ったのか、羽根をはばたかせ、空中に飛び上がると、僕たちの上空に飛んできて制止した。
羽ばたいていることで、炎をまとった羽毛がヒラヒラとこちらへ降ってくる。
「ロルフ君、様子が変だ! 羽毛は避けたたまえ!」
ベルンハルトさんの発した警告を受け、リズィーを抱えると、炎をまとった羽毛を避けるため全速力で駆けた。
炎をまとった羽毛が地面に触れると、連続して爆発が起きる。
溶岩が固まってできた地面が抉られてる。
あの爆発を受けると相当なダメージになるよな。
上空を旋回し始めた鳥の魔物は、はばたくと新たな羽毛を落とし始めた。
「ロルフ君、通路まで下がる。私が敵を引き付けるから、リズィーを連れて先に行きたまえ!」
「すみません! 頼みます!」
なおも上空の鳥の魔物に敵意を見せるリズィーを抱え、一目散にエルサさんたちが逃げ込んだ通路に向かい駆ける。
背後では、羽毛が地面に触れて爆発する音が連続して聞こえた。
「ロルフ君、こっち! 早く!」
「ベルちゃんも早く!」
「はやくー、うしろきてるー!」
分かってるけど、足はこれ以上、速くならないよ!
力を振り絞って駆け抜けると、通路に飛び込む。
少し遅れて、ベルンハルトさんも通路に飛び込んできた。
すぐに通路の柱の影へ全員が隠れた。
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