第三八話 原因判明


 集落には炭焼きの窯がいくつも作られているが、どれ一つ、煙を上げている物はない。



 今までなら、忙しそうに働いていたと思われる職人やその家族たちも、やることがなく途方に暮れた様子だ。



「どうぞ、狭い家ですが」



 案内された家の中には、トッドさんの奥さんと子供が1人いて、すでに食事の準備をしてくれていた。



 僕たちは勧められた食事を頂きつつ、トッドさんから詳しい話を聞くことにした。



「冒険者ギルドの方でも聞いてきたのですが、白化現象が始まったのが1か月ほど前とか」



「ええ、1か月前、急に森の一部の木が白くなって、ボロボロと崩れるようになったんです。おかしいなって思って、領主様でもあるギルドマスターのフィード様に連絡したのですが……」



「同時にグラグ火山の溶岩が止まってしまい、それどころではなかったと」



「ええ、そうです。木炭は補助の燃料ですからね。鉱石を溶かす熱源は溶岩熱を利用している鍛冶場が大半なので、ミーンズの街としては、溶岩が止まる方が重大事だったのかと。もっと早く森に調査の人員を回してくれたら、ここまで被害は大きくならなかったはず」



 トッドさんの顔には、後回しにされた悔しさがにじみ出ている。



 優先順位が付けられたとはいえ、納得はできてないって感じか。



「何世代もかけて手入れしてきた森が、今じゃ枯れてしまい、風が吹いて倒れたら、灰にしかならない。息子に残してやれる森は消えてしまった」



 森を育てるのは何十年、何百年もかかるし、その間ずっとトッドさんたち炭焼きの職人たちが、森の手入れを続けてきたんだろう。



 彼にとって、森は子供と同じくらい大事な宝物だったんだ。



「まだ、森は残っているときいておりますので、私どもも守り切れるよう、調査を徹底したいと思っております。なので、どんな些細な情報も頂けるとありがたい」



「はい、関係あるか分かりませんが、森が枯れる前、男女の冒険者が森の中にいたのを、職人たちが見かけたと言っているのです。炭焼きの森はわたしたちが管理してるので、冒険者の人が入ってくるのは珍しいことで、皆が記憶しておりました。ただ、草色の外套を目深に被っており、身体付きだけで男女と分かるくらいで、人相までは分かりませんでしたが……」



「その人物たちが森の中で、職人の人たちに会ったのは、どれくらい前ですか?」



「森が枯れ始める前なので1カ月半くらい前だったと思います。2週間ほど、目撃されてましたが、相手がこちらの姿を見つけると、姿を隠したので、冒険者ギルドの秘密の依頼でも受けているのかと話し合っていたのですが、思えば、あの冒険者たちが、森の異変を仕込んだのでは」



 冒険者なのか、それとも冒険者っぽい格好をした人なのか、判断は付かないけど、発生時期からして、その男女の冒険者の行動は怪しさ満点だ。



「森が白化してからは、その冒険者たちの姿は見てないということですかな?」



「ええ、最後に目撃したのは森が枯れる前日で、グラグ火山の方へ駆けて行ったという情報でした。それ以降、森で会うことは今に至ってもないですね」



 前日ってなると、やっぱり怪しい。



 その人たちが、森に何かを仕込んで白化させたと見るべきかも。



「ふむ、他に白化が始まって、集落内や森で変わった点はありますかな?」



「体調不良の者が増えております。頭痛や倦怠感や疲労感を訴え、起き上がれなくなった者も多いですね。何かの疫病かと、集落の者も不安になっております」



 トッドさんの話を聞いていたヴァネッサさんが、表情を変えた。



 慌てて、テーブルの上に置かれた食事に向かい、詠唱を始め、杖を光らせる。



 いったい急にどうしたんだろう。ヴァネッサさんにしては険しい顔つきだけど。



「ナグーニャちゃん、食事はストップ。みんなも食事は食べないで!」



「なんでー? おいしいよ!」



「いいから言うこときいて」



 ヴァネッサさんは険しい顔で、みんなが食事をする手を止めさせた。



「大きな声を出してごめんなさいね。奥さん、この食事、この森の水源を使って作った物かしら?」



 ヴァネッサさんに質問されたトッドさんの奥さんは、頷くので精いっぱいだった。



 代わりにトッドさんが答えてくれた。



「この集落の水は、森の中の泉を使ってますが、ちゃんと煮沸してますよ」



「いや、これは煮沸しただけじゃ、どうにもならないわ……。集落の人の体調不良は、きっと魔素の中毒症状よ。今調べたけど、この料理、とんでもない量の魔素が入ってる。これを毎日摂取してたら、過剰に魔素を取り込んだ身体が過剰反応して、頭痛や倦怠感、疲労感を与えるのよ。いわゆる魔術師が魔力回復ポーションがぶ飲みした時に起きる魔素酔いってやつに似てる症状なの」



「森の泉の水が、高濃度の魔素によって汚染されていると?」



「そうみたい。でも、自然にこんな量の魔素は集まらないわ」



「人為的に汚染されたと?」



「分からないわ。白化現象と関係してるのかもしれないし」



 二人の話を聞いていたトッドさんが、青い顔をしているのが見えた。



「こ、このまま、泉の水を使い続けると命に関わりますかね?」



「大丈夫とは言えないわね。とりあえず、泉を調べさせてもらわないと」



「すぐにご案内します!」



 僕たちは食事をやめ、トッドさんについて、水源にしている森の中の泉に向かった。



 泉に到着すると、ヴァネッサさんが、詠唱を始め、杖を光らせた。



 魔法が効果を発揮すると泉の水は真っ赤に染まる。




「これは酷い……。こんな高濃度の魔素なんて……。小動物が飲んだら、一発で魔物化するわよ。魔素を浄化できる人間だから、魔素酔いで済んでるけど……。悪いけど、この水源は使えないわ。いったん街に避難した方がいいわね」



 真っ赤に染まった水を見たトッドさんが、無言で頷いた。



 こんなのを見せられたら、頷くしかないよな。



 禍々しい色をした水を飲料や食事に使ってたわけだし。



 いい気分はしない。



「トッド殿、フィード殿へは、私が書状にして説明するから、すぐに街へ移動する用意をさせてくれたまえ。ヴァネッサたちは、引き続きここを調べててくれ」



「あ、うん。調べておくわね」



「すぐに集落の者へ伝えます!」



 トッドさんは、ベルンハルトさんと一緒に来た道を大急ぎで戻っていった。



「なんで、こんな高濃度の魔素に汚染された水が……」



 真っ赤に染まった泉を見ていたらヴァネッサさんが、首をひねる。



 そのヴァネッサさんの近くにいたリズィーは、また地面をクンクンと嗅ぎまわっていた。



 地面に何かあるんだろうか?



 この炭焼きの森に来た時から、やたらとリズィーが地面を嗅いでるよな。



「ロルフ君、どうしたの?」



「あ、いえ、リズィーが地面をやたらと嗅いでるんで、気になる匂いがあるのかなと思って」



「リズィーは鼻が利くし、案外、地面が汚染されてたりして。ほら、泉に溜まってるってことは、雨とかで地面に染みこんだ水が汚染されたってことでしょ?」



 エルサさんの言葉を聞いたヴァネッサさんが、こちらを振り返る。



「エルサちゃん、今なんて?」



「雨が降ったら、水が地面に染みこんで、泉の水が汚染されて――」



「それよ! 地面!」



 ヴァネッサさんが、詠唱を始め、杖を光らすと、周囲の地面が真っ赤に染まった。



 嘘だろ! この地面全体が汚染されてるってことか⁉ 



 しかも真っ赤ってことは相当な汚染度ってことだよね。



「ロルフちゃん、これは自然現象ではありえないわ……。地面がこんな濃度の魔素に汚染されてるなんて、書物で読んだ大いなる獣がいたとされる創世戦争時代くらいしかないわよ」



 半端じゃなく高濃度の魔素で汚染された土壌があるってことは――。



 白化現象の原因は。



「土壌が汚染されてるから、木が白化してるって話ですか⁉」



「そうよ。高濃度の魔素に汚染された水を吸い上げてた木々が、強烈な不可に耐えられず、魔物化する前に白化して自壊してるってことね……。こんなことが起きるの……。いや、起きてるんだけどさ」



 泉の周辺に生えている白化した木々に触れたヴァネッサさんが、うんうんと頷いているのが見えた。



 リズィーがやたらと地面を嗅いで回ってたのは、土中の魔素が気になったからということか。



 鼻も利くけど、魔物の気配にも敏感だし、そっちに反応してたのか。

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