第三六話 依頼


「ロルフ君、なにかすごいことになってるみたいだね」



「何が原因で起きたのかが、分からないのがこわいですよね。解消されるのかも分からないわけですし」



「たいへんー。みんな、こまってる?」



「困ってそうね。鍛冶屋は鍛冶場が使えないし、炭焼き職人は炭を作れないし、武具屋は仕入れができないし、冒険者は目当ての武具が手に入らないし、材料を売りに来た人は売れないし、街の商業活動が全部停滞してそうね」



 やっぱ、そうなるよね。鍛冶の街って言われてて、それを目当てに集まってきてた人たちがほとんどなわけで。



「とりあえず、荷物を降ろすのが先ですね。ベルンハルトも戻ってくるでしょうし。さっきの話はベルンハルトさんが戻ってきたら、どうするか考えることにしましょう」



「そうね。ロルフちゃんの意見に賛成。まず、荷物ね」



「にもつー」



 僕たちは、荷下ろしの再開をすると、しばらくしてベルンハルトさんが運搬用の荷馬車を引いて戻ってきた。



「やはり、大変なことになっているようだな。管理事務所の者が、このミーンズで今は起きていることを教えてくれた」



 もどってきたベルンハルトさんも、街の事態を把握したらしい。



「僕たちも隣にいた商人の人から街の状況を聞きました。森がものすごい勢いで白化していってて、街の近くにまで流れた溶岩が止まったって話で、ミーンズの街の経済活動が停滞しているそうです」



「確実に何かが起きていると見て間違いない……。情報収集も兼ねて冒険者ギルドに急ぐとしよう」



「きっと、わたしらに面倒な依頼が来るわよー」



「それは分からん。とりあえず、依頼の達成と情報収集が先決だ」



「じゃあ、すぐに荷物を積みますね!」



 僕はエルサさんと一緒に鉱石の入った木箱を、運搬用の荷車に載せていく。



 ナグーニャはベルンハルトさんたちと一緒に売却予定の装備を慎重に載せてくれた。



 そうして、僕らは一路、ミーンズの街の冒険者ギルドを目指すことにした。



「やっぱり、鍛冶屋や武具屋はしまってるところばっかりだね」



「鍛冶屋が作れないと、仕入れができなくなってるわけだし、武具屋も商品の補充ができないと店を開けられないんだろうね」



 エルサさんと並んで歩きながら、街の様子をたしかめるが、しまっている店が多く活気が見られない。



 炭焼きの職人らしい人や、鍛冶師っぽい人が、仕事がないのか、街中をブラブラと歩いている姿が多かった。



「おい! そこの鍛冶師! お前ら森に何か仕込んだんだろっ! お前らのせいで、オレら炭焼き職人が苦労して整備した森が白化してるんだぞっ! クソがっ!」



「ああぁん! いいがかりを付けるな! そっちこそ、何か細工して溶岩の湧き出しを止めただろ! そうすれば、自分ところの炭をもっと使ってもらえるとでも思ったんだろ!」



「んなわけねえだろうがっ! 炭作りをなめんな!」



「そっちこそ、鍛冶師の仕事を舐めるな!」



 炭焼き職人と鍛冶師が一触即発のにらみ合いを始める。



 周囲の人たちが慌てて止めに入るが、ギスギスした空気がその場を支配した。



 お互いに現状を擦り付け合ってるって感じがする。



 原因が分からないから、怒りのぶつけ先が見当たらなくて、しょうがなく当たり散らしてる感じなんだろうな。



「溶岩や森があんなになるまでは、炭焼き職人は鍛冶師の作った道具で木の手入れをして、鍛冶師は炭焼き職人の木炭を使って鍛造作業を行ってたが、今じゃいがみ合いか」



「鍛冶の街と言われたミーンズの街ももう終わりかねぇ……」



「このままの状況が続くなら、近いうちに廃業するやつもいっぱい出るだろうよ」



「あたしも、別の街で働き口を見つけないといけないかねぇ。本当になんでこうなったのか」



 街の人も、鍛冶師と炭焼き職人との間にこんな空気が続いたら、大騒動になりそうだって思ってるみたいだ。



 冒険者の人たちはどうしてるんだろうか?



 街中に冒険者の姿があまり見かけられないのは、依頼を受けて外に出てたりする時間だからかな。



 原因究明するため、多くの冒険者が投入されてるといいなぁ。



 それと、僕らも何かお手伝いできることがあれば、手を貸してあげたい。



 初めて訪れたミーンズの街の本来の姿を知りたいしね。



 街のただならぬ雰囲気を感じながら、ベルンハルトさんの運転する運搬用の荷馬車の後に続いて歩いていると、前方にミーンズの街の冒険者ギルドが見えてきた。



 出払っているのか、ギルドの前には、冒険者の数はそこまでいないみたいだった。



 冒険者ギルドの横にある受け取り場に、ベルンハルトさんが運搬用の荷馬車を停めると、中から職員の男性が走り出してきた。



「冒険商人のベルンハルト殿ご一行ですね!」



「ああ、アグドラファンの街の冒険者ギルドから依頼された品を持ち込んだ。受け取ってくれたまえ」



 ベルンハルトさんが、納品書をギルドの職員に手渡す。



 受け取った職員は、中身も確認せずに、ベルンハルトさんの手を引いた。



「すみませんが、ギルドマスター様がお待ちになっております! こっち依頼の処理はしておきますので、皆様、二階へお越しください!」



 職員の男性が奥に声をかけると、別の職員が飛び出してくる。



「ささ、荷物は職員に任せて」



「事態は深刻そうねー」



「ですね」



「分かった。すぐに行こう。とりあえず、荷物は冒険者ギルドが責任を持って、管理しておいてくれたまえ。売却用の装備品も置いてあるのでね」



「承知しました。ちゃんと、監視を付けておきます」



 ギルドの職員に荷馬車を任せると、僕たちはギルドマスターの待つ、二階の個室へ向かった。



 個室の扉を職員が開けると、痩せた初老の男性が走り出てくる。



「おおっ! これはベルンハルト殿! いいところに来てくれましたな!」



「フィード・スワグ伯爵殿、いや、この場ではギルドマスター殿と言うべきかな?」



 走り寄ってきた初老の男性の手を握り返したベルンハルトさんが、挨拶を交わす。



 貴族の人がギルトマスターをしてるの? この街の?



「フィード様もご壮健のようね。別の依頼で寄ってみたら、ミーンズが大変なことになってるみたいね」



 ヴァネッサさんもギルドマスターさんとは顔見知りのようだ。



「ヴァネッサ殿も相変わらず、お綺麗ですな。おや、その子はベルンハルト殿との?」



 フィード様が、ヴァネッサさんの前に居たナグーニャを、ベルンハルトさんの子供と勘違いしたようだ。



「そうなのよー。ベルちゃんがどうしてもって言うからねー」



「あい! ベルンハルトの娘のナグーニャです! よろしくです!」



 二人していい連携を見せてるけど、言ってることが間違ってないんで訂正を言い出し辛い。



「フィード殿、ナグーニャは私の義理の娘ではありますが、孤児であり、未成年の彼女を仲間として連れて歩くため、便宜上の養育者になったという話です。それにヴァネッサと婚姻はしておりません」



 ベルンハルトさん自身が、冷静に事情を説明していく。



 その様子をヴァネッサさんが残念そうに見つめていた。



「ヴァネッサ、げんきだしてー。ナグーニャもがんばるからー」



「そうね。負けたらダメよねー。わたしも頑張る!」



「そうですよ。あたしも応援しますから」



「エルサちゃんはいい子ねー」



 ベルンハルトさんは確実に追い込まれている気がする。



 僕はもうエルサさんに婚約を申し出た身だから、少し気が楽だけど、ベルンハルトさんは意外とストイックだし、納得しない限り落ちないよなぁ。



 事情を説明しているベルンハルトさんの背中と、ヴァネッサさんたちを見ながら、ため息が漏れた。



「ロルフ君、どうかしたかね?」



「いえ、それよりも、この街は貴族の方がギルドマスターをされているんですね。そのような方を初めて見ましたので驚いてたんです」



 フィード様の視線がこちらに向いた。



「ああ、彼がキマイラの子かね! 噂は聞いておるよ! 十数年ぶりの新種だったからね。君はベルンハルト殿のお眼鏡に叶った人材というわけか! うんうん、よい若者だ」



 フィード様が、僕の方へ近づくと握手を求めてきた。



 差し出された手を握り返すと、貴族とは思えないほど、剣だこができた手のひらをしている感触が返ってくる。



「質問に答えさせてもらうと、私はスワグ家の婿養子だ。元平民で冒険者をしており、妻がスワグ家の一人娘であったので、婿入りして爵位を継いだのだよ。だから、貴族になったあともギルドマスターをしている」



「そ、そうでしたか。教えて頂きありがとうございます。今後ともお世話になると思いますので、ベルンハルトさんともども、お引き立てのほどを」



「若いのに礼儀ができておるな。ベルンハルト殿に仕込まれたかな?」



「いやいや、ロルフ君は出会った時から礼儀正しい青年でしたよ。それにすでに婚約者もいて、頑張らねばならん身ですからな」



 フィード様の視線がエルサさんに向く。視線に気付いたエルサさんは、小さくお辞儀をした。



「それは、頑張らねばなりませんな。あのように綺麗な伴侶を得ると、男としてひとかどの者にならねばいかん」



 エルサさんに釣り合う男になるには、まだまだ自分を高めないといけないのは、フィード様に言われなくても痛感している。



「が、頑張ります!」



「さて、紹介は終わったので、本題に入らせてもらいましょうか。来るまでにある程度のことは耳にしてきましたが、今、このミーンズでは何が起きているのです?」



「話したいことは、山のようにあるので、腰を掛けてください」



 フィード様に勧められた椅子にみんなが腰を下ろしていく。



 僕も、勧められた椅子の一つに腰を下ろした。



「すでにお聞き及びかもしれませんが、ミーンズの街は未曽有の危機に陥っています。炭焼きの森は、木がものすごい勢いで白化し、枯れて炭が作れず、グラグ火山から湧き出していた溶岩は止まり、街で必要とされる鍛冶の熱源を担っていた溶岩運河は、完成して300年。初めて底を見せているのです。おかげで、街の経済活動は大いに停滞しております」



 フィード様は頭を抱えつつ、街の現状を簡潔に教えてくれた。



「グラグ火山と炭焼きの森に冒険者を派遣し、原因の調査を進めておりますが、芳しい成果は出ておりません」



 溶岩が止まって、森が白化し始めてから、1か月過ぎてるって話だったけど、本当に何の手がかりも掴めてないのか。



「そこで、高名な冒険者であるベルンハルト殿たちのお力をお借りしたいのです。溶岩が止まった件や森の白化の原因を突き止めてくれませんでしょうか!」



 急に席を立ったフィード様が、ベルンハルトさんの前に膝を突くと、頭を下げて協力を仰いできた。



「ギルドマスターであり、スワグ家の当主であるフィード様が、そのようなことをされますな。私らも、何か協力できることがあれば、手を貸そうと思っていたところです」



 さらりとベルンハルトさんが協力を申し出ていた。



 僕としてもミーンズの街の様子を見てて、できることがあれば、手を貸したいと思っていたので、異論はない。



 チラリとみんなの顔を見回したけど、ベルンハルトさんの意見に反対する人は居なさそうだった。



「おぉ! そう言ってもらえると、私も心強い!」



 顔を上げたフィード様が、ベルンハルトさんの差し出した手を握り立ち上がる。



「で、我々は、何を手伝えばよろしいかな?」



「同時進行で起きているため、グラグ火山の調査に大部分の冒険者たちを充てており、炭焼きの森の調査に人員をあまり割けておりません。ベルンハルト殿たちは、炭焼きの森の白化の原因究明を手助けして頂けると、本当に助かります」



 やっぱ、冒険者の姿が少ないなと思ったけど、多くの冒険者が街の外で調査活動に当たっているようだ。



「承知した。すぐに該当の場所へ向かわせてもらいます」



「詳しい話は、炭焼きの森の代表者である。炭焼き職人のトッドに聞いてください。彼らは街の外に生活用の集落を作っております。案内の職員を付けますので、何卒よろしくお願いします。報酬に関しては、ミーンズの街が非常事態ということもあり、後日ご相談という形になりますが――」



「報酬に関しては、こちらが手伝いを申し出てたことなので、後日の清算で問題ありません」



「申し訳ない! ベルンハルト殿の義侠心にすがる形になったことには、必ず報いさせてもらいます」



「困った時はお互い様ですよ」



「ありがたい! 本当にありがたい!」



「では、我々は早速、現場に行ってきます! フィード殿に吉報をお持ちできるよう、依頼を遂行してきます」



「頼みます!」



 会談を終え、個室を出ると、先導役のギルド職員と一緒に、ミーンズの街の郊外にある炭闇の森の集落へ僕たちは足を向けた。

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