第三〇話 新たな仲間
「あらー、二人でデートだったのかしらねー」
「かしらねー」
ナグーニャを膝の上に抱えたヴァネッサさんから、何か追求したそうな視線を受けたが、そこは流すことにした。
「いえいえ、ちょっと2人で街を散策してただけですよ。ね、エルサさん!」
「え? あ、うん。そうですよ。散策です、散策」
チラリとエルサさんの方に視線を向けたヴァネッサさんが、ニヤニヤした顔をした。
「エルサちゃん、ちょっと、髪が濡れてるわね。あらあら? どうしてかしら――」
「なんでもないですよ。さぁ、夕食の支度をしないとー。貨物室へ食材取りに行かなきゃ。ナグーニャちゃん、手伝ってね」
「あい! おしごとするー! リズィー、おしごといくよー!」
ヴァネッサさんの膝の上を降りたナグーニャは、小さく吠えて応えたリズィーと一緒に貨物室の扉を開けた。その後をエルサさんが追っていく。
「まぁ、婚約してるしね。何してもいいけど」
「してませんって!」
「ヴァネッサ、ロルフ君たちをからかうのは、そこまでだ!」
「はいはい、分かりました。分かりました」
ヴァネッサさんは、ベルンハルトさんに諫められると、肩を竦めた。
「話は変わるが、そろそろ、我々はオルデンの街をたとうと思う。さすがにそろそろ出発しないと、ミーンズへの輸送依頼にも支障が出そうだ。それにラポの件は、君たち2人の聴き取り調査を最後の証拠として、あとの手続きはグウィード殿に任せた」
「すべての引継ぎが終わったということですね」
「ああ、そうだ。私が買い取った精霊樹の根は、ラポの犯罪が王都で確定するまで返金されないが、まぁ、当座の資金には困っていないのでなんとかなるだろう」
3億ガルド……すぐに返ってこないんだ。
でも、大丈夫ってことは、ベルンハルトさんたちの資産っていったいどれくらいなんだろうか……。
聞くのが怖すぎるんだけど。
「とりあえず、これは今回の依頼に対するロルフ君たちの取り分だ」
囚われた人たちの生活再建のための資金として、エルサさんと二人で素材を詰めた背嚢が一つテーブルの上に置かれた。
「これは、囚われた人のために――」
「それは、カムビオンの街の冒険者ギルドが負担してくれることになった。ラポに動きを気取られた賠償だそうだ。なので、この素材はロルフ君たちの物とする」
「でも、それじゃあ、ベルンハルトさんたちが――」
「大丈夫、わたしたちは、もう片方をもらうわ」
エルサさんが詰めた方の分か! なら、山分けだし、僕たちだけもらう心苦しさはないや。
「だったら、ありがたくもらいます」
「ああ、そうしてくれ」
素材合成とか試してみたい物もあるし、また旅の途中で確認してみるかな。
何はともあれ、無事に依頼達成できてよかった。
「それで、あとはナグーニャの件なんだが……ここではちょっと話しにくいので外でいいかね?」
僕も密かに気になってた話なんだよな……。
ナグーニャをどうするべきかの話。
頷くと、ベルンハルトさんたちと居室の外に出た。
「ナグーニャが孤児だって件ですよね?」
「ああ、そうだ。君もグウィード殿から聞かされたとは思っていたよ」
「とりあえず、砦に囚われてた人の中で、ナグーニャの面倒を見たいって人もいるんだけど、ナグーニャ自身がね……」
ヴァネッサさんがチラリと馬車の方へ視線を向ける。
ナグーニャは、僕らに付いてくるつもりなんだよなぁ。
お手伝いもしっかりするし、オルデンの街に来てからは、自分が役に立つってことを示そうとしてる。
その姿を見ていると、ここでお別れするってことを伝えるのは、心が痛む。
「リズィーもナグーニャを気に入ってますしね……」
街中ということもあり、リズィーのお散歩は、ヴァネッサさんとナグーニャの仕事になっていた。
「私としては、生命の安全を保障できない冒険者稼業に、幼い彼女を巻き込みたくはないというのが正直な気持ちだ。もっと言えば、戦力にならない者を連れて行くことは、冒険者集団のリーダーとして認め難いと思っている」
腕を組んだベルンハルトさんは、視線を馬車から外し、空を見上げている。
ベルンハルトさんの意見は、冒険者として当たり前の判断だ。
常に死と隣り合わせの依頼を受けることになる。
そんな生活をする場所に、ナグーニャのような小さな子を加えるわけにはいかないよね。
けど、ナグーニャはきっと泣いちゃうんだろうな……。
彼女が依頼してくれたおかげで、僕は冒険者になった意味を思い出したわけだし、別れなければならないのは分かっているけど、とてもつらい気持ちになる。
「そう……ですよね。僕たちと一緒に来ない方が、彼女のためですもんね」
「そうねぇ。こればっかりは、わたしもベルちゃんに無茶は言えないわ」
ヴァネッサさんもナグーニャをとても可愛がっているし、僕以上に別れが辛いんだろう。きっとエルサさんも同じくらい辛いと思ってるはずだ。
「このあと、ナグーニャ自身にきちんと我々の気持ちを伝え、お別れをしようと思う。面倒を見てくれる人とはすでに話がついているからね」
ベルンハルトさんもまた、ナグーニャのことを嫌いではないので、苦渋に満ちた顔で言葉を絞り出している。
「分かりました。最後は、笑って送り出してあげましょう」
「そうね。そうしてあげた方がいいわね」
「そうしよう」
僕たちは、話し合いを終えると馬車の中に戻り、ナグーニャとの最後の夕食を終えた。
そして、片付けが終わると、みんなで集まり、ナグーニャにお別れを告げることになった。
「ナグーニャ」
「あい! ベルンハルト、ナグーニャにおしごと? なんでもがんばるー!」
「いいや、違うんだ。今日は、ナグーニャにお別れを言わねばならないんだ」
「おわかれ? なんで? ナグーニャ、なにもわるいことしてないよ」
真剣なベルンハルトさんの顔を見たナグーニャが、何かを察したのか、次々に僕たちの顔を見ていった。
「ヴァネッサ、ロルフ、エルサ、ナグーニャ、なにもわるいことしてないよ! してないから!」
「ああ、ナグーニャがいい子だというのは、私もよく知っているし、みんなもよく知っている。そうではなくて、我々はオルデンの街を出て、次の目的地であるミーンズの街に向かうことになったのだ」
「じゃあ、いこう! ナグーニャもいっしょについていくよ。みんなといっしょに行く! しゅっぱつのじゅんびー!」
ベルンハルトさんは、ナグーニャの肩を両手で抱くと、首を振った。
「ナグーニャは、オルデンの街に残るんだ。生活の面倒を見てくれる人を頼んである。その人たちと一緒に暮らすんだ。いいね」
ベルンハルトさんの言葉を聞いたナグーニャの瞳に大粒の涙が浮かぶ。
「なんで! ナグーニャはみんなといっしょにいく! おしごともちゃんとするし、いい子にするし、おてつだいもするし、だから、みんなといっしょ! いっしょがいい! 置いてかないで!」
大粒の涙が床に零れ落ちるたび、心がきゅっと締め付けられる。
「私たちは商人でもあるが、冒険者だ。危険な依頼も受ける。怖い魔物とも戦うし、暗いダンジョンにだって入る。そんな場所へ行く、私たちとナグーニャは一緒にはいられない。分かってくれたまえ」
ベルンハルトさんに抱き着いたナグーニャは、大声で泣きながら、首をイヤイヤと振る。
「ヤダ、ヤダ、ヤダ、ぜったいいっしょに行く! ナグーニャを置いていかないで! おねがいだからっ!」
「ナグーニャちゃん、ベルちゃんは、ナグーニャちゃんのことを思って、お別れを言ってくれてるの。分かるわね?」
「イヤ、イヤ、イヤァアア! みんなといっしょに行けないのはイヤァ! ナグーニャはあしでまといにならないからぁー! いっしょに行くー!」
駄々をこねるようにベルンハルトさんにしがみつき、大泣きをしてナグーニャは叫んでいる。
「ナグーニャ……僕からもお願いだ。君を連れて行けば、身の安全を守れないかもしれない。そんなことになれば、ここにいるみんなが悲しむんだ。だから、この街で安全に暮らして欲しい」
僕も心の痛みを押し殺し、彼女の安全を願って、街に留まるよう伝える。
「ロルフは、ナグーニャきらいなの⁉」
「そうじゃないよ! そうじゃないから、安全に生活して欲しんだ」
「みんながいないのなんて、イヤ。ひとりぼっちはイヤ。イヤなの。イヤァ!」
ナグ―ニャの悲痛な叫びに、説得しようとしたみんなが、息をのんで黙ってしまった。
そんな空気を打ち消すように、エルサさんが口を開いた。
「だったら、一緒に行こう。街に残って、一人寂しく暮らすくらいなら、危険な目に遭ったり、怖い思いしたりしても、みんなと一緒に行こうよ。それが、ナグーニャちゃんの決意だよね?」
黙って話を聞いていたエルサさんが、ベルンハルトさんに抱き着いて泣き叫んでいたナグーニャに自分の手を差し出した。
「エ、エルサさん⁉」
「エルサ君、何を言って――」
「エルサちゃん⁉」
エルサさんの発言を聞いた僕たちは驚いてしまい、思考停止に陥った。
「ひとりぼっちは寂しいよ。苦しくても、怖くても、痛いことがあったとしても、みんなと一緒に居られるなら、あたしはそっちを選ぶ。だから、あたしはナグーニャちゃんに手を差し出したよ」
エルサさんの表情は本気のようで、発言を翻す気はない様子だった。
ひとりぼっちは寂しいか……。
エルサさんの言葉で、祖母を失った後、たった1人で冒険者生活してた時の記憶が蘇ってきた。
ほとんど誰とも喋ることもなく、ただ生きるためだけに日々を暮らしてたあの時は、何もかもが色褪せた世界だ。
翻ってみると、今の僕にはエルサさんもいるし、ベルンハルトさんやヴァネッサさん、リズィーもいる。
おかげで、いつも誰かが居てくれるのが当たり前になった。
囚われてた人の中に、ナグーニャの面倒を見てくれる人はいるって話だけど、僕たちがここで別れて去ると、彼女は寂しさをずっと抱えて暮らすことになるのかな……。
そう思うと、エルサさんの意見に賛成したくなる。
「ナグーニャ、みんなといたい! いっしょにいたい! ずっと、いっしょにいたい! あしでまといにならないから! なんでもおてつだいするから! わがままも言わないから! だから、ナグーニャをいっしょに連れてって! 連れてってよぉ! おねがい!」
エルサさんの手を取ったナグーニャは、涙でべしょべしょになった顔を隠そうとせず、連れてって欲しいと懇願をした。
そこまでの覚悟で、僕たちと一緒に旅をしたいって言うなら……。
僕もナグーニャの手を取るしかないか。やっぱ、ひとりぼっちは寂しすぎるよな。
「ベルンハルトさん、すみません。僕は前言を撤回し、エルサさんとナグーニャの意思を尊重します。入ったばかりの僕が意見を言うのはおこがましいですけど。どうか、ナグーニャを一緒に連れてってあげてください!」
エルサさんとナグーニャの手の上に、自分の手を重ねる。
「ロ、ロルフ! あーがと! あーがとなの!」
「ロルフ君! 君はナグーニャの命を背負えるのかね!」
「分かりません。でも、仲間の命は、自分の力の限り、守ってみせるつもりです!」
ベルンハルトさんが、僕の返答を聞いて顔をしかめた。
リーダーであるベルンハルトさんは、僕以上にみんなのことと、ナグーニャのことを考えて提案をしてくれているのを知っている。
それが、リーダーを務める者のやるべき仕事だって、僕に見せてくれていることも知っている。
でも、今の僕はナグーニャの気持ちに沿ってあげたい。それが、たとえ愚かしい選択だとしても、今は沿ってあげたかった。
「ベルンハルト、ヴァネッサ、ナグーニャを置いていかないで!」
ぽろぽろと落ち続ける大粒の涙を見ていたヴァネッサさんが、大きなため息を吐く。
「ふぅー、ダメなのよね……。わたしは、これ以上、反対できないわ。ベルちゃん、ごめん」
ヴァネッサさんも、ナグーニャの気持ちに応え、その頭を撫でてあげた。
「わたしもベルちゃんと出会うまでは、ひとりぼっちだったからね。ひとりぼっちの寂しさは身に染みてるの。だから、ひとりぼっちはイヤって言われたら、放り出せないわ」
「ヴァネッサ! あーがと、あーがとなの!」
頭を掻いて、考え込むベルンハルトさんも、大きな息を吐くと、ナグーニャの肩に手を置いた。
「怖いことは信じられないほど、いっぱい起きるかもしれない。大きな怪我をすることもある。最悪、命を失うこともある。それでも、ナグーニャは、私たちと一緒に来る気はあるのかね?」
ベルンハルトさんの問いに、袖で涙を拭ったナグーニャは、大きな声で答えた。
「あい! それでも、ナグーニャはみんなと一緒に旅をしたいです!」
迷いのない答えを示したナグーニャの肩をベルンハルトさんは、ポンポンと叩いた。
「はぁ……。で、あれば、世話を頼んだ人に断りを入れて来なければならない。私はちょっと出てくるから、明日の朝にきちんと出発できるように準備をしておくように!」
「ベルンハルトー! あーがと! あーがとね! ナグーニャ、がんばる! いっしょうけんめい、おしごとする!」
こらえきれなかった涙が再び、ナグーニャの瞳からこぼれ出し、抱き着いたベルンハルトさんの衣服を濡らしていった。
「よかったね。ナグーニャちゃん」
「これから一緒に頑張ろう。ナグーニャ」
「うちの一員となったからには、お仕事はいっぱいあるから、遊んでる暇はないわよ」
「あい! おしごと、がんばる!」
これで、きっとよかったんだと思う。
未来はどうなるか分からないけど、みんなで力を合わせれば、きっと上手くいくはずだ。
それから、ベルンハルトさんは、世話を頼んでいた人たちに事情を話して、ナグーニャを連れて行くことを了承してもらったそうだ。
けれど、成人してない幼い子を冒険者にはできないので、ベルンハルトさんが養育者となり、養女という形で『冒険商人』の仲間になってもらうことになった。
こうして、僕たちは精霊樹に関する事件を解決し、獣人の幼い女の子であるナグーニャを新たな仲間に加え、本来の依頼である鍛冶の街ミーンズを目指して、旅を再開することにした。
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