第二九話 混浴

 オルデンの街に着いてから3日間、ラポの件について、グウィード様から聴き取り調査があり、見聞きしたことや、実際に襲われた時のことを喋らせてもらった。



 囚われていた人たちは、グウィード様の屋敷内に仮の宿舎を用意してもらい、そこで生活再建に向け、いろいろと動き出している。



 囚われていた人の大半は、カムビオンの街の人で、領主であるラポが犯罪者として裁かれ、身分を剥奪されるのであれば、帰還する意思を示した。



 その領主ラポは、領内の危機を放置した罪で、グウィード様から国王へ告発され、檻車に入れられて王都に送られたそうだ。



 別件の領民の監禁や強制使役での罪でも告発が控えており、家は断絶し、彼自身の命で罪を償うことが予想されている。



 一方、精霊樹が崩壊した森は、カムビオンの街とオルデンの街の冒険者ギルドが協力し、森に残った魔物討伐が進められていると聞いた。



 このまま、森の中の魔物討伐が進めば、精霊樹という餌がなくなったこともあり、農村を襲う強力な魔物は出現しなくなると思われる。



 いろんなことが一気に起きた精霊樹事件だったけれど、なんとか良い方向に向かって動き出してくれたと思いたい。



「ロルフ君、ロルフ君! あれってもしかして――」



 考え事をしながら歩いていた僕に、エルサさんが話しかけてくる。



 僕たちは今、聴き取り調査が終わり、休養という形で、オルデンの街を散策中だった。



「温泉ですね。ミーンズの街が近くにあるグラグ火山もうっすらと視界の先に見えますし、この辺も湧出してるって聞きました」



 エルサさんが指差しているのは、街に設置された温泉場の一つだった。



 前を歩いていたエルサさんが、僕の横にきて耳打ちをする。



『あのさ、ロルフ君にお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?』



「僕にできることなら、なんでもしますけど? お願いってなんです?」



『一緒に温泉入ってくれないかな? だめ?』



 は、はい⁉ え? なにか聞き間違えたかな⁉ 一緒に温泉に入ってと聞こえた気がするけど、幻聴かっ!



 ありえないエルサさんからの申し出を聞いて、挙動不審者のように視線が定まらなくなる。



『あ、あのね。ほら、あたし、力のせいで手袋をはめたままじゃないと入浴できないし、でも、目立つし。でもでも、温泉って入ってみたいなって思って、協力してくれないかな?』



 そ、そういうことか。びっくりした。はっ! でも、一緒に入るってことじゃん⁉ 婚約してるとはいえ、そんなことしていいわけがっ!



『ロルフ君、あの看板に湯あみ着の着用者のみ混浴可って書いてあるよ』



 挙動不審者になった僕の耳元でエルサさんが、看板を指差して囁いてくる。



 エルサさんがそこまでして、温泉に入りたいなら、手伝ってあげたいけど。手袋をしてるのをみんなから見えないようにすればいいのかな?



「エ、エルサさん、僕はエルサさんの手袋が見えないようにすればいいんですか?」



『うん、それでいいよ。お願いできるかな?』



 お願いされたら、断るわけにはいかないよね。うん、しょうがない。エルサさんのお願いだし。



「じゃ、じゃあ、行きますか」



「うん、いこ」



 エルサさんがニコリと微笑むと、僕の手を引いてくれた。





「エルサさん、準備できました?」



「うん、できたよ」



「じゃ、じゃあ、行きましょうか」



 更衣室から出てきたエルサさんの手袋が見えないようガードするため前に立つ。



「腕、組んだ方がタオルで隠せるかも」



「ひゃ、はい! どうぞ!」



 湯あみ着こそ着てるものの、薄着のエルサさんが近くにいると思うと、いつも以上に心臓の鼓動が早くなる。



 腕を絡めてきたエルサさんの肌が、僕の手に触れた。



『緊張しなくてもいいよ。ロルフ君。お願い聞いてくれてありがとうね』



「ひゃ、はい! こちらこそ、ありがとうございます!」



 周囲の人の視線が、変な声をあげた僕の方に集まった。



「な、なんでもないですよ。アハハ、なんでもないです! エルサさん、行きましょう!」



 腕を絡めたエルサさんは、手元が隠れるようにタオルを被せた。



「うん、行こう。行こう」



 浴場に入ると、街の人や湯治客の人が、いくつもある岩の浴槽で思い思いに過ごしているのが見えた。



「すごいね。外の景色もきれい……」



「エルサさん、あそこなら、あんまり人目にも触れないで入れそうですよ」



 僕が指差した先の岩の浴槽は、上の方に作られ、奥まったところにあった。



「そうだね。あそこなら、あんまり人目にもつかないかな」



 二人で一緒に移動して、湯をかけて身体を綺麗にすると、浴槽に浸かる。



 温かいお湯が、身体の疲れを癒してくれる。



「エルサさん、大丈夫?」



「うん、ロルフ君のおかげで、みんなから変な目で見られずにすんでる」



 エルサさんの破壊スキルの発動を抑える手袋って、汚れもしないし、水に濡れることもないし、臭いがすることもないんだよなぁ。



 破壊されないから、魔導具なのかなと思ったりするけど、詳しいことはエルサさんも知らないって話だし。



 湯の中に浸かっている手袋を見て、首を傾げていると、エルサさんがこっちを向いた。



「ロルフ君、どこ見てる?」



 湯あみ着がお湯に浸かったことで、肌が薄く透けていた。



「へ⁉ いや、そうじゃなくて⁉」



「そうじゃないって? どういうこと?」



「あ、いや、違うんですって!」



 これ以上見てると、嫌われちゃいそうだから、背中を向けなきゃ!



 僕は慌てて、エルサさんから視線を外し、外の景色を見る。



 その僕の背中にエルサさんが抱き着いて囁いてきた。



『あのね、ロルフ君。あたしが、あの力を人に向かって使おうとした時さ。止めてくれたよね』



「は、はい。エルサさんには、絶対にそうして欲しくないって、思ったから全力で止めました。もし、あの場を切り抜けられたとしても、お父さんの件もあって、ずっとエルサさんの心の傷になると思いました」



 エルサさんの抱き着く力が強くなり、背中に胸が当たるのを感じる。



『ありがと。でも、あたしはロルフ君が、この世界から居なくなる方がもっと傷つくから、危ない時は力を人に使うのも厭わないつもり。ごめんね。あたしがわがまま言ってるのは分かってるから』



 そこまでして、僕のことをエルサさんは守りたいって思ってくれてるんだ……。



 だったら、僕はエルサさんを心配させないで済むよう、もっと強く、もっと賢くなって、どんな困難な状況でも生きてエルサさんのもとに戻れる男にならないと。



「僕が、絶対にエルサさんの力を人に使わせませんよ。それだけの実力を持てるよう、頑張ります! だから、僕を信じてください!」



 エルサさんの抱き着く力が一段と増し、背中越しに涙を堪える声が聞こえた。



「前も言いましたけど、僕はエルサさんを残して死んだりしないですよ!」



『ロルフ君……ロルフ君……ありがと……ありがとう』



 それからしばらく2人とも無言で温かい湯を楽しみ、身体を癒すと、ベルンハルトさんたちの待つ停車場に戻った。

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