第一九話 精霊樹の森
遠くから見ていた時は、ここまで木々が密生した森だとは思わなかったけど、森の中に入ったら意外と光が差し込まないみたいだ。
精霊樹の作り出した森の中に初めて入った僕は、御者席に座って地図と周囲の地形を照らし合わせながら、手綱を握るベルンハルトさんを道案内している。
冒険者ギルドから、地図こそ提供されているけど、目標物を見落とすと迷子になりそうな森だよな。しっかりと道案内をしないと。
馬車はゆっくりとした速度で、石畳で舗装されていない腐葉土の地面を進む。
この道は、冒険者ギルドの人たちが、貴族の私兵に見つからないよう、精霊樹の森を偵察するための道だ。
最低限の整備はされているが、そこまで速度が出せる道ではない。
「リズィー、魔物の匂いは?」
隣に一緒にいるリズィーが鼻をヒクヒクと動かすと、前方に向かって唸り声をあげる。
「前方、敵です!」
「馬たちの息遣いに、魔物たちが引き寄せられたのか。ヴァネッサ、エルサ君、ロルフ君、戦闘用意!」
「はいはい、お任せー」
「いつでもいけます!」
馬車の屋根に陣取っていた二人が、杖と弓を手に取って戦闘態勢に入る。
戦闘力のないナグーニャは、一番頑丈で安全な場所である居室の中に居てもらっているため、僕たちは戦うことに専念ができた。
「僕が前衛に出ます。ベルンハルトさんは、そのまま進んでください」
「ああ、頼む。リズィーもロルフ君の手伝いを!」
リズィーが吠えると、完全装備の僕と一緒に、ゆっくり進む馬車の御者席から地面に降りた。
「リズィー、一人で行かないでくれよ!」
吠えて応えたリズィーとともに、走って馬車の前に出る。
敵はなんだ? 暗くて見えにくいが……。
暗闇の向こうに赤い眼が光ってる⁉ 犬? いや、もっと大きい個体だ!
「グルぅううう!」
唸り声、赤い眼、犬よりも大きな体躯。こいつってたしか!
アグドラファンの街で買っておいた最新版の魔物図鑑にあった魔物の名が浮かぶ。
「ブラッティウルフです! 群れだ! 一〇頭はいます!」
暗闇の奥から姿を現したのは、赤い目と赤黒い体毛を持つ、大きな狼の魔物だった。
「足を止めちゃえば、どうってことないわよ」
ヴァネッサさんの杖が光ったかと思うと、ブラッティウルフたちのいる地面に霜柱ができる。
魔法によって発生した霜柱に触れたブラッティウルフの足が凍り付いた。
「足さえ止まれば!」
弓を構えたエルサさんが、馬車の屋根の上から動きを止めたブラッティウルフの眼を矢で貫く。
「ロルフちゃん、エルサちゃん、あとはやってしまいなさい! これも修行だからねー。よろしくー」
「「はい!」」
守護者の剣を抜いた僕は、動きを止めたブラッティウルフに狙いを定め、剣を振り抜く。
切れ味鋭い守護者の剣は、魔物の頑丈な骨も丈夫な皮も抵抗なく両断した。
「ロルフ君、右奥のやつは任せて!」
「任せます!」
剣の間合いから遠い敵は、高所にいるエルサさんの弓に任せるとして、僕は近いやつからドンドンと倒していくか!
「うぉおおおおーーん」
「うぉーーーん」
「うぉーーん」
動けないブラッティウルフたちが、仲間に危機を伝えるため、次々に鳴き声を上げる。
「ロルフ君、きっと今の鳴き声で新手が来るぞ!」
「ですね。もう、来てます!」
足元が凍って動けないブラッティウルフたちとは別に、森の奥から新たな個体が一〇頭ほど駆け出してくるのが見える。
「ロルフちゃん、前言撤回。足もと凍ってるやつは、わたしが処理するから、ロルフちゃんに、アレを任せるわよ。移動が続いてて、剣の稽古もあまりできてないし、いい修行相手になるわね。エルサちゃんも手伝ってあげてー」
「「はい」」
馬車の近くにいる動けない魔物はヴァネッサさんに任せ、僕は新たに現れたブラッティウルフたちの前に進む。
「ぐるぅうう!」
一緒に付いてきたリズィーが威嚇の声をあげる。
こちらを取り囲むようにブラッティウルフたちが足を止めた。
「リズィー、炎を出していいよ!」
大きく息を吸ったリズィーが口を大きく開けると、眩い光と一緒に炎が吐き出されていく。
その炎は、リズィーがキマイラの魔結晶を飲み込んだことで得た力だった。
「ぎゃうん」
リズィーの炎に怯んだブラッティウルフたちに駆け寄り、すれ違いざまに剣を振り抜く。
魔物に攻撃の機会を与えないよう、続けて剣を薙いだ。首を失った2頭のブラッティウルフが地に伏せる。
「ロルフ君、うしろ!」
「分かってます!」
弓を構えたエルサさんが、そのまま矢を放つと、半歩だけ身体をズラした。
「きゅぅうん」
飛びかかろうとしたブラッティウルフの鼻面に矢が突き立ち、地面を転がっていく。
「残念!」
矢を受けて転がったブラッティウルフの胸に剣を突き立て、とどめを刺す。
「あと、7頭か」
こちらが容易に倒せないと察したブラッティウルフたちが、リズィーを狙い始めた。
「リズィー!」
狙われたと思ったリズィーは、再び大きく息を吸うと、口から炎を吐き出し、飛びかかろうとした魔物たちを火だるまにした。
「あとは、任せろ!」
剣を握り直すと、毛皮に引火した火を消そうとして地面を転がるブラッティウルフたちの首を次々に刎ね飛ばして絶命させた。
「ふぅー、やっぱまだ魔物との戦闘は緊張する」
「お疲れさま、ロルフ君! かっこよかったよ! さすがだね!」
馬車の上にいるエルサさんから褒めてもらえて、照れる気持ちと、誇らしい気持ちが同時に湧きあがった。
ちょっとは、かっこいいところをエルサさんに見せられたかな。
いくら婚約してるとはいえ、やっぱり自分の成長してるところを見せられないと、愛想をつかされちゃうかもしれないし、頑張らないと!
エルサさんの声援に応えると、血振りした剣を鞘に納め、周囲の安全をたしかめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます