第一話 精霊樹の街


僕たちが所属する『冒険商人』は、アグドラファンの冒険者ギルドで依頼を受けた希少金属の輸送をするため、ミーンズの街に向かって街道を東に進んでいる。


 アグドラファンからミーンズまでは、紅炎の散策フレアウォーク号でも3週間ほどかかり、今は出発して10日目。


 ちょうど旅程の半分ほどの場所にある、カムビオンの街で中古の武具の買い付けと、食糧などの物資の買い込みを終え、停車場にある紅炎の散策(フレアウォーク)号への配達を依頼し終わったところだ。


 ベルンハルトさんと、ヴァネッサさんは、新たに受けられそうな依頼がないか、冒険者ギルドに顔を出しており、僕とエルサさんとリズィーは、自由時間を使って、街中を散策していた。


「ロルフ君、この精霊樹せいれいじゅを模したペンダントとかって可愛くない?」


 店先に並べられていた木彫りのペンダントを手に取ったエルサさんが、自分の胸元に当てて見せてくれる。


 その胸元には、僕の祖母と母が婚約指輪として使った指輪が、鎖を通して掛けられていた。


 エルサさんが、僕の婚約者なんだよなぁ……。


 いまだに実感が湧かないんだけど。


 少し彼女の方がお姉さんだけど、綺麗で、真っすぐで、優しくて、安心して背中を預けられる最高の相棒である婚約者。


 隣にいるエルサさんのことを考えていたら、自然と顔が緩んできた。


「ロルフ君、どこ見てるのかしら?」


 こちらの視線に気付いたエルサさんが、ニコニコした顔で聞いてきた。


 自分が彼女の胸元を見ていたことを思い出し、慌てて視線を逸らす。


「ち、違うんです! そういうわけではなくて! ちょっと、エルサさんが素敵だったからボーっとしてたというか、なんというか。ああ! そのペンダント買います? 買いましょう! 似合ってますよ!」


 慌てた僕に顔を寄せたエルサさんが囁く。


『ロルフ君にだったら見られても何ともないよ。だから、気にしないで』


 エルサさんの言葉に、顔が一気に火照りだす。


 いや、そういうことを言われたら、僕も男なので気にしちゃうわけであって……。


「お二人さん、熱いねぇ。精霊樹のペンダントは男女が持つと、子宝に恵まれるって品物だぜー。二つで3000ガルドにまけとくよー」


 店主が僕たちの様子を見てニヤニヤしながら、もう一つペンダントを差し出してきた。


「へぇ、子宝に恵まれるだって。買っておいて損はないかも」


 それってつまり……。


 いや、たしかに婚約者だけど、まだ、そんなことまで考えてないわけで……。


 自分としては、エルサさんを養うため、冒険者として一人前になるのが先決かなと思ってるし!


「買っていいかな?」


 いろいろと脳内で考えてた僕だったけど、笑顔のエルサさんを見たら頷くことしかできなかった。


 ずるいよ。エルサさんのその笑顔……。


 僕は、顔を火照らせながら、革袋から3000ガルド分の金貨を店主に差し出した。


「毎度ありー。お二人さんに精霊樹のご加護がありますように」


「ありがとー。はい、ロルフ君の分。で、こっちはあたしの分」


 店先を離れ、路地に移動すると、ニッコリとご機嫌な笑顔を浮かべたエルサさんが、僕の手に自分の腕を絡ませてきた。


 ここまでの旅はずっと馬車での移動だったのと、野営の準備やヴァネッサさんの修行に時間を割いたため、ゆっくりと2人ですごす時間が取れずにいる。


 その反動からか、エルサさんも僕と同じように、この自由時間を満喫してるみたいだ。


「それにしてもあの精霊樹ってすごい大きいよね。来るときも遠くから見えてたけど、街中からだとより大きく見える」


 エルサさんが指差す先には、天に向かってそびえ立つ巨大な白い木が見えた。


「精霊樹は、地中に溜まった魔素を大量に吸収して成長しているらしいです。魔素を吸収する精霊樹によって、土が浄化された土地は、木々の生育が早くなるとベルンハルトさんが言ってました」


「へぇ、そんなすごい木なんだね。精霊樹って!」


 エルサさんも驚いているが、僕も御者席に座ってた時、あの精霊樹が見えた瞬間、ベルンハルトさんにいろいろと教えてもらってびっくりした。


やっぱ外の世界ってすごい。


アグドラファンには、ない物がいっぱいある。


せっかく商人でもあるベルンハルトさんの冒険者集団に入ったのだから、もっともっと、世界中の不思議なものも見て回りたい。


「ちなみにあの精霊樹は、その葉が数万ガルド、枝が数10万ガルド、根にいたっては100万ガルドを超える額で取引されるらしいです」


「すごい! そんな高級な素材なんだ!」


「らしいですよ。葉っぱは、回復治療薬としての薬効が高いらしくて、枝は魔法を発動させるための杖の素材として取引され、根っこは瀕死の人を助ける薬剤になるとか聞きました」


「そんな高級な価格で取引されるなら、冒険者に採取の依頼とかもあるのかな?」


「まぁ、あるでしょうね。ベルンハルトさんたちも、そういった依頼がないか確認するため、冒険者ギルドに顔を出したようですし」


「そう言えば、そんな話してた気がする。たしか――」


「精霊樹のあるところには、強力な魔物が多いってことで討伐依頼が出ることが多いそうですよ。魔物にとって精霊樹の枝や葉や根は、魔素の濃い絶好の餌だそうですし。安全に採取をするため、事前に討伐依頼が出ることがあるとか言ってましたね」


「そうそう、そう言ってた! ヴァネッサさんが、あたしたちの修行にちょうどいいとか言ってたよね」


「ええ、そうですね」


 ヴァネッサさんは、修行となると、眼の色が変わる人だった。


 わりと、厳しい修行を課してくる師匠なのだけど、おかげで僕とエルサさんの連携はどんどんと深まっているし、ベルンハルトさんたちの動きにも少しだけ近づけてきた気がする。


 まぁ、まだ全然ちょっとくらいだけども。


「今回の輸送依頼は納期に余裕があるらしいので、実戦訓練もしたいって言ってましたしね。依頼が出てたら、精霊樹の森に寄って行くかもしれませんよ」


「強くなれるかな……。あたしとしては、キマイラ戦みたいなことには、なって欲しくないし」


 みんながボロボロになって、なんとか倒せた魔獣の名を口にしたエルサさんは、あの時の魔獣の強さを思い出して震えている様子だった。


 僕も、いまだに夜中にあの時の戦闘を思い出し、心臓の鼓動が早くなることがある。


 本当に紙一重の差で勝利できた戦闘だった。


「実戦訓練できる討伐依頼があるといいですね。僕もエルサさんを守れるよう、もっと強くなりたいですし」


「一緒に強くなろうね。ロルフ君」


「はい!」


 僕たちの足元で歩いているリズィーも、一緒に吠えて返事をしてくれた。


「リズィーも一緒だぞ」


「そうね。リズィー、一緒に頑張ろう」


 2人でリズィーの頭を撫でてやっていたら、お腹の鳴る音がした。


「リズィーのお腹が鳴ったということは、そろそろお昼かしら」


 リズィーを抱き上げたエルサさんが空を見上げた。


 僕も釣られて空を見上げる。


 お日様が、真上にある。


 やっぱ、昼時だな。


 このまま、飯屋さんを探して外で食べようかな。


 せっかくの自由時間だし、エルサさんも食事作りをしなくてもいいだろうし。


「ベルンハルトさんたちからは、自由行動だって言われてるから、馬車に戻らず、このまま外で食べます?」


「そうしよっか。リズィーもそれでいいかしら?」


 抱きかかえられたリズィーが元気よく吠えて応えた。


「じゃあ、飯屋さん探しましょう」


「実は、あそこの店、気になってて。精霊樹の燻製焼きって書いてあるし。さっきからいい匂いがしてて」


 精霊樹の燻製焼きってどんな料理なんだろうか……。


 たしかに、とても気になる。香草とか使ったやつかな?


 それとも本当に精霊樹の素材を使ってるとか?


 まぁ、食べてみたら分かるよね。


 お金もあるし、気になったものは試してみた方がいい。


「じゃあ、あそこにしましょう。リズィーも待ちきれないみたいだし」


 鼻の利くリズィーは、店から流れてきてる匂いに反応してよだれが垂れている。


 僕たちは、精霊樹の燻製焼きを食べようと、飯屋さんに向かい歩き出した。

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